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Vol.7
妻木範行教授の「逸れる道、続ける道」後編 今は基礎研究と臨床応用が近づいて 2023.10.27

今回は、iPS細胞ができてからの話です。前回までのお話は以下リンク先からご覧いただけます。

挑戦しようとiPS細胞研究所へ
「軟骨をあきらめない」研究室で

山中伸弥先生がiPS細胞※1を報告されたのが2006年です。新聞とかテレビとかでも大々的に報道されました。要するに普通の細胞がES細胞みたいに若返るというか、皮膚の細胞を受精卵に近い細胞まで巻き戻せて、そこからどんな細胞でも作れる。素人目にもすごくて。その一方で、ずっと軟骨を治したい、作りたいと思った時に一つ考えたのが皮膚の細胞を軟骨に変えるということでした。皮膚の細胞をES細胞にできるんだったら、皮膚の細胞を軟骨にするのもできるだろうと思って、独立准教授になる2007年から皮膚の細胞を直接(じかに)軟骨に変える研究を始めたんです。それをテーマに応募したCREST研究費を獲得できたのが追い風になりました。4年ぐらいかけてそれができて、論文にしました。iPS細胞の技術を応用して、皮膚細胞を軟骨に変換することができたので、その業績もあって開設したばかりの京大のCiRA(iPS細胞研究所)の教授に採用されました。

40歳過ぎまで整形外科所属で臨床と研究を両方やってました。CiRAに行ったのが2011年だったのですが、研究に専念ということで、かなり悩みました。研究だけで通用するのかと。ただ、それまでやってた軟骨発生の基礎研究でiPS細胞から軟骨をつくり、再生できるかどうか、挑戦しようと。最初は教授とスタッフ2名(教官と研究員)、技術員1名、そして大学院生。臨床応用するところで、研究費をたくさんとれるようになって、研究員と技術員のポジションを増やすことができました。それで大学院生も増えて20名くらいになり、それが今に続いてます。当時から研究室のスローガンは「軟骨をあきらめない」※2です。それまで軟骨が治らないということで整形外科医としてはあきらめてた疾患に対して、あきらめないという気持ちで。ワクワクしてました。大学院生も一緒にやってたんですけど、一緒にワクワクしてたと思います。

CiRAに行ってからは、皮膚の細胞をさらに効率よく軟骨にするのとiPS細胞を軟骨にするのと両方やってて、トライアンドエラーでした。阪大の独立准教授のときもそうで、研究室の人が皮膚の細胞に導入する因子のいろんな組み合わせを試してくれました。遺伝子導入に使うレトロウイルスは、293T細胞由来のPlat-Eという細胞にコンストラクトをトランスフェクションして※3作るんですけど、そこで導入効率のいいウイルスを作るには、やっぱりちゃんとプロトコールどおり(土日にもかかったりするんですけど、ちゃんと出てきて)サボらずに培養して、いいウイルスを作るのが大事になってきます。そこをきっちりやってくれました。

CiRAは日本はもちろん世界的にも最高の研究環境です。共用の実験機器や動物実験施設に加え、事務方のサポート、広報・知財のサポートが充実していました。山中先生が同じ建物におられる、というのが緊張というか意識のどこかにあった気がします。幸いに軟骨再生の臨床応用を課題とした大型のAMED研究費を早々に獲得でき、チームを作ってこの環境の中で臨床開発できたのは研究室員とともに得難い経験を積めました。AMEDに提出した計画通りに進まないことや、不測の事態が何回か起きましたが、意外にも僕よりも研究室員の方が落ち着いていて助けられました。

CiRA賞の表彰式(令和4年1月5日)にて山中伸弥所長と

CiRAには10年間在籍しました。この間にiPS細胞から軟骨を作る方法を開発し、そのiPS細胞由来軟骨を膝関節軟骨損傷の患者さんに移植して再生する臨床応用を実現することができました。これが評価され、CiRA賞を頂きました。

  • ※1 皮膚の線維芽細胞に4つの転写因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)を発現させれば、線維芽細胞が初期化されて皮膚細胞の性質が完全に消去され、多能性幹細胞となる。
  • ※2 2017年に日本軟骨代謝学会を主宰したときにテーマを考えないといけなくて「軟骨をあきらめない」にした。研究室の皆さんにも好評。
  • ※3 目的の遺伝子を組み込んだ発現ベクターをPlat-E細胞に導入し、皮膚の細胞やiPS細胞に効率よく感染するウイルスを作る。
基礎研究の幹に臨床応用の枝が

臨床応用として、やはり1つ大きかったのが、iPS細胞が出来たことです。それまでiPS細胞を研究したことが全然なかったのですが、発生過程で軟骨が出来るところ(発生)を研究してたので、その知識を使ったらiPS細胞から軟骨がきっと作れるんじゃないかと思って。iPS細胞の分化段階は胚盤胞の内部細胞塊のステージですから。

軟骨が出来たら、それを痛んだところに移植すれば治せますよね。なので軟骨を作ることができたとき、臨床応用しようと思いました。92年からずっと臨床の役に立たない方向で研究をしてきて、iPS細胞が2006年に報告されて、臨床応用の方に逸れたというか。基礎研究の幹に臨床応用の枝ができました。逸れる道と続ける道というか、外から見たら枝の方が太く見えると思うのですが(実際、研究費も枝の方がたくさん獲得できるのですが)基礎研究をずっとしてますので、学生さんにはそこにも目を向けてもらいたいです。

研究を始めた1990年頃は、基礎研究と臨床応用が離れてたと思うのですが、双方のレベルが上がり、今は近づいてきました。創薬の分野でも分子標的治療薬といって、分子レベルで病態がわかれば、そこをターゲットにして本当に効く薬が作れるというのが分かってきました。だから今は基礎研究の成果が臨床にすぐに役に立つという場面が、昔に比べれば遥かに出て来てるのだろうなと思います。

いつまでもサイエンスを止めない
実用化のさらに先に

サイエンスをやり続けないと最先端からとり残されます。臨床応用をやりだした途端、そこでサイエンスの進歩が止まります。だから実用化は、いつまでも自分のところで抱え込まないで、早く企業と連携して。企業が引き受けてくれるのならそれがいいです。そして、自分のところでは、基礎研究を続けてさらに先に進んでいって、というのが理想だと思っています。40億年前に生命が誕生してから進化して、今生きてるマウスとかヒトといった生物が、どういうふうに受精卵から発生してくるのかを明らかにしていくということですね。その途中、途中で臨床応用にアウトプットするという感じが理想ですかね。

実用化するには、やっぱり大手企業が興味持ってくれたらいいです。今年、旭化成株式会社さんと軟骨再生医科学共同研究講座を開設し、一緒にやってます。大学院生への当研究室のアピールですけど、基礎研究からその臨床応用、さらに社会実装までカバーしているので、いろんな経験ができると思います。

リモートでも共同研究して

ちなみに、僕は今は実際に実験することはほとんどありませんが、コロナ禍の時にできた時間を利用してLinuxとかRとPythonのプログラミングの勉強をしました。目的はシングルセルRNA-seq※1とかのドライの解析ができるように勉強を始めて、なんとか使えるように頑張ってます。共同研究先のドライ解析をしている先生と話ができるように、自分もある程度できないと。最初うちのラボに導入するときに共同研究していただいて、椎間板の再生の論文※2を去年出すことができました。教えていただきながら導入して、その後の同種移植による関節再生の論文の時※3もそういう解析をしたんですけど、その時は自分のラボだけでできるようになってました。

共同研究先は、東京理科大の先生と理研の先生でした。でも実際には、お会いしていないです。メールとかウェブ会議でしかお会いしたことがなくて。コロナが始まってからそういう共同研究が始まったんです。実際にお会いしてないので、そういう意味では、本当に存在した人なのかとお互い思ってたりして(笑)。信頼、信用することとされることの両方が大事で、それは真摯に対応することでリモートでも築けると思います。

母校に恩返しを
「ここ穏やかです」とか言われるそうで

京大にいたときは、このまま京大にいると思いましたけど、CiRAは研究所なんで、学生教育があまりなく、研究の競争が激しいですね。そこでがんばっていこうと思ってましたけど(阪大の)生化学の教授選考のお話をいただいて、なんか戻りたくなりました。阪大の教授選考では、貢献、恩返しをすることを言いました。最後に母校に帰ってこれてよかったかなと。

京都大学CiRAの時のほとんどの研究室員の方たちと一緒に阪大に移ってきました。なので阪大の研究室員メンバーは京大の時とほとんど同じです。うちのラボに居る人は穏やかで、違うラボから来た人や第3者からは「ここ穏やかです」とか言われるそうです。いや、僕も穏やかであってほしいと思うんです。そういう意味では、あんまりガツガツしていないような気がします。ガツガツしたらもっといいデータが出てたのかもしれないです。わかんないです。

でも、仕事の間は仕事に集中してプロフェッショナルに徹してくれています。技術員の方はちゃんと勤務時間が決まってます。仕事が終わったらサッと帰ると。そういう気持ちで働かれてるんだと思うんです。大学院生や、研究員、教官は裁量労働制だと思いますけど、そういう裁量労働制の人もコアな時間(9時〜17時)をきっちりやって、17時来たらパッと帰るという。比較的そういうラボだと思います。臨床応用してるので培養とか、どうしても土日もあるので、技術員の方にもシフト組んでいただいてます。土日は、出てきたら平日代休取って、用事がなければ休み。それは気をつけています。

研究者それぞれにとっては、それぞれのキャリアなので、それぞれに成功することが大事だと思います。でも、そのためには論文を書き、業績を挙げていくことが必要です。それは、自分1人ではできないので、研究室のメンバーに協力してもらって、自分がファーストの論文を書いていくのですが、協調できるような環境とか人間関係が大事だなと思います。その中で、気持ちよく各人が力を発揮してほしいなと思います。学生さんだったり教官だったりそれぞれがキャリアアップ、プロモーションを目指してるわけです。一方、技術員の方は、技術を身に付けるという意味でのキャリアアップがあり、決して論文を目標にしてるわけではないです。そういう方と両方いることが大事だと思います。互いに尊重し合う関係で研究室の運営をしないといけないなと思ってます。

選択肢は入学してからでも広い

学生さんの卒業後の進路については、将来何になりたいかですよね。研究でキャリアアップしていきたいのか、臨床応用にかかわる仕事につきたいのか。臨床応用のところでの仕事というかポジションはあると思います。多分最初は何も知らないので(自分が進みたい方向もわからないと思うんですけど)、それを知っていく中でどう自分が進みたい方向をみつけるか。 自分に向いたところに進めばいいと思います。まぁそういう意味で、うちは基礎研究も臨床応用も両方ありますので、選択肢は入学してからでも広いのがアピールです。

プロジェクトとしては、軟骨の基礎研究、関節の再生、成長軟骨の創薬の3つです。そのどれかをやってもらってます。1人で2つ関わってる人や3つとも関わってる人もいます。臨床応用だけではなく基礎研究がベースになってやってるので、基礎研究は大事だと言ってます。その上で何をするかって。

整形外科医としての臨床と、研究者としてのサイエンス。どちらにも逸れる道と続ける道があって、それらがつながり、いい循環を生んでいるようです。臨床応用に興味のある方は特に(基礎研究に興味のある方も)以下のサイトも参考に、研究室を訪ねてみてください。

(上野・木藤)

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