春である。
あまりにいい天気なので息子を誘って散歩にいく。
息子に新クラスのあれこれを聞きだしながら、歩道を歩く。タンポポが狂い咲いている。ツツジも咲いてきた。
息子はシンガポール育ちなので、日本人にとって常識的な草花の名前をほとんど知らない。 ツツジとサツキの違いを話しながら歩く。

レンゲ畑にいく。40年も前、春が来るたびに、近所のレンゲ畑で祖母と花冠を作った。もうその祖母もいない。レンゲはいつまでたっても可憐に美しい。

息子:「この花、おじいちゃんに持っていく♪」

おじいちゃんまで?××県は遠いよ??

息子:「違うよ、おかーさんの方の死んだおじいちゃん。写真に飾るの^^」

息子は時々、神様からの授かりものみたいなことをいう。春爛漫の花畑の中で、なぜ死んだ祖父へ花束をあげようと思うのか、私にはわからない。
私の父は去年の春を迎える前に亡くなった。息子は日本の春を祖父と過ごしたことは数えるほどしかない。

美しいものを死者と共有しようと思う9歳の息子の頭の中を、一度覗いてみたいと思う。
彼はこの一言をきっと忘れてしまうだろう。しかし母たる私は、死ぬまで忘れないだろう。

レンゲの花束を小瓶に入れて、父の写真の前に飾る。
いつまでも、世界が美しくいられるように、祈りながら。