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細胞分裂時に染色体の分配を制御する鍵となるしくみを解明

がんやダウン症の原因の一つ、ゲノム不安定性の謎を解き新しい抗がん剤の開発に期待

原著論文 J. Cell Biol. 218(12):4042-4062 (2019)
論文タイトル CDK1-mediated CENP-C phosphorylation modulates CENP-A binding and mitotic kinetochore localization
研究室サイト 染色体生物学研究室〈深川 竜郎 教授〉
概要

大阪大学大学院生命機能研究科大学院生の渡邉励人さん(博士後期課程)・原昌稔助教・深川竜郎教授らの研究グループは、染色体が細胞に伝達される際に重要な働きを担うキネトコア(動原体)上(染色体のくびれ付近)に形成されるたんぱく質複合体構造のこと。現在、100種類程度のタンパク質で構造が形成されると考えられている。キネトコアの機能不全によって、染色体分配が正常に起きなくなり、染色体異常が生じる。染色体異常は、がんやダウン症などの病気の原因となることが知られている。">の形成に必要なCENP-C微小管結合タンパク質とも結合するので、紡錘体微小管とセントロメアをつなぐ因子である。今回の研究では、CENP-Cと染色体のセントロメア領域に結合を制御するメカニズムを発見した。">というタンパク質と染色体との結合メカニズムを世界で初めて明らかにしました。

染色体の伝達の過程では、キネトコア(動原体)と呼ばれる巨大タンパク質複合体が染色体上のセントロメア領域に形成されます。そのキネトコアに紡錘体という分裂装置が結合して染色体は次世代の細胞への均等な分配にいたります。したがって、この過程にはキネトコアの形成が必須です。これまで、キネトコアの形成にはCENP-Cと呼ばれるタンパク質が染色体と結合することが重要と考えられていましたが、どのようなメカニズムでCENP-Cが染色体と結合するのかは不明でした。

今回、研究グループは、ヒトやニワトリの細胞を使った細胞内条件(in vivo)と試験管内の実験(in vitro)において、CENP-Cは、細胞分裂時にリン酸化修飾を受け、このリン酸化がCENP-Cと染色体との結合に重要であるという、新しい分子メカニズムを発見しました(図1)。細胞分裂・染色体分配の制御は、ゲノム不安性が原因で起こる各種疾病(がん、ダウン症など)の原因解明や抗がん剤などの開発に重要です。今回のCENP-Cのリン酸化は、抗がん剤の新規標的になる可能性を秘めており、今後の研究の展開によって、新しい抗がん剤の開発が期待されます。

研究の背景

生物のすべての遺伝情報(ゲノム)は、染色体と呼ばれる構造体に包まれ、次世代の細胞に伝達されていきます。染色体の正確な伝達は、生命を維持する上で必須です。染色体の伝達に何らかの原因により問題(エラー)がおきると、染色体構造にも異常が生じます。引き起こされた染色体異常は、がんやダウン症を始め、多くの病気の原因になることが知られています。したがって、染色体が正確に次世代の細胞へ伝達されるしくみを解明することは、生命を維持するための基本原理の理解につながります。それと同時に、染色体異常が原因で起こる病気の発症機構の解明にも貢献します。

染色体の伝達は、細胞の両極から伸びた紡錘体微小管(紡錘糸)が染色体上のセントロメア領域(染色体のへそ、くびれのような部分)に形成されたキネトコア構造を捉え、娘細胞と呼ばれる次世代の細胞へ染色体を分けることによって行われます(図2)。したがって、染色体が正確に娘細胞へ伝達されるしくみを知るためには、キネトコア構造が形成されるしくみを詳細に理解しなければなりません。

これまで、機能的なキネトコア構造が形成されるためには、CENP-Cと呼ばれるタンパク質が染色体上のセントロメア領域と結合することは重要だと言われていました。しかし、どのようなメカニズムでCENP-Cとセントロメアが結合するのかそのメカニズムは不明でした。研究グループは、そのメカニズムを解明することを目指して研究を開始しました。

本研究の成果

研究グループは、はじめにCENP-Cとセントロメアの結合が細胞分裂する時期に特異的におこることに注目しました。CENP-Cは細胞分裂期にリン酸化修飾を受けるので、CENP-Cのセントロメア結合領域付近でリン酸化を受けている領域がないかを探索した結果、セントロメア結合領域にリン酸化を受ける配列を見つけることができました。その配列がリン酸化を受けないように変異を入れたCENP-Cでは、セントロメアに局在しないことがわかりました。

このことを確かめる為に、試験管内でセントロメア領域を再構成して、リン酸化したCENP-Cとリン酸化されていないCENP-Cとの結合実験を行い、リン酸化により結合が促進することを確かめました。

最後に、ヒトやニワトリ細胞でこのリン酸化の意義を確認した結果、CENP-Cのリン酸化が、セントロメアとの結合を介してCENP-Cの機能に重要であることも証明しました。

研究成果のポイント
  • 遺伝情報の乗り物である、染色体が細胞分裂時に正しく分配されるためには、特有の装置、キネトコア(動原体)が染色体上に正確に作られる必要があるが、今回その鍵となるしくみを解明。
  • 細胞分裂時、染色体上でキネトコアが作られるためには、CENP-Cと呼ばれるタンパク質が染色体上に結合することが必須と知られていたがその仕組み自体は不明だった。今回、CENP-C がリン酸化を受けることを発見し、そのリン酸化がCENP-Cと染色体の結合に重要であることを示した。
  • がんやダウン症は、染色体の分配異常に起因するゲノム不安定性の結果おこることが知られており、それらの病態の原因解明につながる成果として期待。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

がんやダウン症を始め、染色体の伝達異常が原因となる疾患は多く知られています。その原因の解明には、染色体の正確な伝達メカニズムを理解することが不可欠です。がん化した細胞での異常な染色体分配を制御するために、セントロメアに存在するたんぱく質の活性をコントロールすることで、がん細胞での分裂を抑制しようとする研究が行われています。今回、CENP-Cのリン酸化という新しいターゲットが発見されたことは、今後の薬剤開発に向けても重要な知見と考えられます。成果は、直接の薬剤開発研究ではありませんが、本知見を活用して、将来的には新しい抗がん剤の開発が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2019年11月1日(金)0時(日本時間)に米国科学誌「Journal of Cell Biology」(オンライン)に掲載されました。

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)及び文科省科学研究費補助金新学術領域研究「染色体OS」の一環として行われました。

図1.CENP-Cと染色体の結合機構
CENP-CにはCENP-Cモチーフと呼ばれる染色体(セントロメア)結合領域が存在するが、その領域近傍の配列が細胞分裂する時期にリン酸化されることを発見。このリン酸化が、CENP-C結合領域と染色体との結合を促進させることが判明した。

図2.染色体が次世代の細胞へ伝わるしくみ
全ゲノム情報は染色体という構造体に含まれる。細胞分裂期に、紡錘体微小管(紡錘糸)が染色体上のキネトコアとくっついて、次世代の細胞へゲノム情報を伝達する。紡錘糸の付着するキネトコアのできる領域をセントロメアとよぶ。

用語解説
  1. 染色体
    生物の細胞内に含まれるDNAを主成分とした自己増殖性のある小体。細胞内の遺伝情報を担うDNAおよびヒストンなどのタンパク質分子が結合した巨大な糸状分子を指す。核をもつ細胞(真核生物)では染色糸は短縮して塩基性色素によく染まり、光学顕微鏡で観察可能な小体に発達する。
  2. キネトコア(動原体)
    紡錘糸が結合するために、セントロメア上(染色体のくびれ付近)に形成されるたんぱく質複合体構造のこと。現在、100種類程度のタンパク質で構造が形成されると考えられている。キネトコアの機能不全によって、染色体分配が正常に起きなくなり、染色体異常が生じる。染色体異常は、がんやダウン症などの病気の原因となることが知られている。
  3. CENP-C
    構成的にセントロメアに存在するタンパク質で、多様なセントロメア構成因子と結合してセントロメア形成に重要な働きを担うと考えらている。染色体のセントロメア領域に結合するのと同時に、紡錘体微小管結合タンパク質とも結合するので、紡錘体微小管とセントロメアをつなぐ因子である。今回の研究では、CENP-Cと染色体のセントロメア領域に結合を制御するメカニズムを発見した。
  4. タンパク質リン酸化
    タンパク質のリン酸化は、生物に存在する重要な調節機構であり、キナーゼと呼ばれる酵素によって行われる。リン酸化はタンパク質のセリン、トレオニン、そしてチロシンの残基に起こる。リン酸化の調節の例として、Cdk1キナーゼによって細胞周期の進行が制御される例は有名である。
  5. ゲノム不安定性
    染色体構造や染色体数の異常を含むゲノム全体の不安定性のこと。がんの原因となることが近年明らかになってきている。紡錘体の染色体への結合不全等の分裂期の異常や、DNA修復や複製異常等の分裂期前の欠損による構造異常等、原因は様々である。
  6. セントロメア
    染色体のほぼ中央にあるくびれた部分。細胞分裂の際、染色体分配に重要な染色体領域であり、紡錘糸が結合するキネトコアとよばれる構造体が形成される領域である。
  7. 紡錘体
    細胞の分裂期、有糸分裂の中期から終期にかけて現れ、染色体の極への移動に関与する繊維性の構造。各繊維を紡錘体微小管あるいは紡錘糸と呼ぶ。両極と赤道面に並ぶ染色体とを結ぶものと、両極間を結ぶものとからなり、紡錘形をなす。
原著論文 J. Cell Biol. 218(12):4042-4062 (2019)
論文タイトル CDK1-mediated CENP-C phosphorylation modulates CENP-A binding and mitotic kinetochore localization
著者

Reito Watanabe (1), Masatoshi Hara (1), Ei-Ichi Okumura (2), Solène Hervé (3), Daniele Fachinetti (3), Mariko Ariyoshi (1), Tatsuo Fukagawa (1)

  1. Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University, Osaka, Japan.
  2. Laboratory of Cell and Developmental Biology, Graduate School of Bioscience, Tokyo Institute of Technology, Yokohama, Japan.
  3. Institute Curie, Paris Sciences et Lettres Research University, Centre national de la recherche scientifique, UMR 144, Paris, France.
PubMed 31676716

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