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天然変性タンパク質が核内ストレス体の「るつぼ機能」を制御

細胞内の「新型温度センサー」を発見!

原著論文 Molecular Cell (2026)
論文タイトル Thermo-sensing mechanisms of splicing control by nuclear stress bodies
研究室サイト RNA生体機能研究室〈廣瀬 哲郎 教授〉
概要

大阪大学大学院生命機能研究科の上野剛志さん(研究当時:同理学研究科博士課程・日本学術振興会特別研究員 (DC2) 現:日本学術振興会特別研究員(PD))、二宮賢介特任講師、谷口一郎特任助教(常勤)、廣瀬哲郎教授(同理学研究科、先導的学際研究機構兼任)の研究グループは、国立がん研究センター研究所の足達俊吾部門長、北海道大学遺伝子病制御研究所の野田展生教授との共同研究によって、細胞内で温度を感知する新たな「温度センサー」を発見し、その情報が遺伝子発現制御へと変換される一連の仕組みを明らかにしました。
ヒト細胞は熱ストレスを受けると、核内に核内ストレス体(nSB)と呼ばれる膜のないオルガネラ(非膜オルガネラ)を形成します。nSBは熱ストレスから回復する過程で標的遺伝子の発現をRNAスプライシングの段階で制御することが知られていました。この過程では、熱ストレス時に脱リン酸化された不活性型スプライシング制御因子SRSFがnSB内に集積し、温度が正常に戻ったストレス回復期になると、SRSFのリン酸化酵素CLK1が取り込まれて、SRSFをnSB内で効率よくリン酸化し、再活性化します。このように、nSBはSRSFのリン酸化の酵素と基質を濃縮することで反応を促進する「るつぼ」として機能することが知られていました。しかし温度変化がどのようにCLK1のnSBへの集積を制御し、この「るつぼ機能」を作動させるのかは明らかになっていませんでした。
今回、研究グループは、CLK1が熱ストレス回復期にのみnSBへ集積する仕組みを解析し、CLK1のSer341リン酸化がこの局在制御の鍵であることを見出しました。さらに、このリン酸化状態がPP1(Protein Phosphatase 1)による脱リン酸化とRIOK2 (RIO Kinase 2) によるリン酸化によって制御されることを明らかにしました。
さらに、全体が特定の決まった立体構造をとらない天然変性タンパク質で、PP1の阻害因子であるPPP1R2が温度を感知する新たな「温度センサー」であることを発見しました。PPP1R2は高温条件でPP1から解離し、温度低下に伴って再結合することが判明しました。この可逆的な結合変化によってPP1活性が温度依存的に変化し、CLK1リン酸化状態の制御を介してnSBの「るつぼ」機能の切り替えを実現していることが示されました。
本研究は、天然変性タンパク質が温度変化を直接感知するセンサーとして機能することを初めて明らかにした成果であり、非膜オルガネラの機能制御への理解を深めるとともに、細胞の環境応答機構の理解に新たな視点をもたらします。

研究の背景

生物は熱、紫外線、浸透圧などの環境ストレスに適応するため、多様な遺伝子発現制御機構を進化させてきました。ストレス応答に関わる遺伝子の転写活性化に加え、RNAスプライシング制御も迅速な適応に重要な役割を果たしています。また細胞内には、環境変化に応じた相分離現象によって一過的に形成される非膜オルガネラが数多く知られており、それらは特定の生化学反応を促進する「るつぼ」、因子を係留して働きを抑制する「スポンジ」、遺伝子発現を統合制御する「ハブ」といった作用様式で機能していることが提唱されていました。
ヒト細胞では、熱ストレスを受けると長鎖非コードRNAであるHSATIII RNAが転写され、これを足場として核内ストレス体(nSB)が形成されます。nSBは多数のRNA結合タンパク質やスプライシング制御因子を集積し、熱ストレスからの回復過程において数百種類以上の遺伝子をスプライシングの段階で制御することがわかっていました。
これまでの研究から、熱ストレス時にnSB内に係留した基質のSRSFに対し、熱ストレス回復期になるとそのリン酸化酵素CLK1がnSBへ集積することがわかっていました。これにより、nSBは、温度特異的に基質と酵素が高度に濃縮した「るつぼ」を形成することで、SRSFを迅速にリン酸化し、温度変化に速やかに応答したスプライシング制御を実現していることが示されていました。しかし、CLK1がなぜ回復期にのみnSBへ集積できるのか、その温度依存的な制御機構は不明でした。

本研究の成果

研究グループは、CLK1の温度依存的な局在制御機構の解明を目指しました。まず、CLK1の341番目のセリン残基(Ser341)のリン酸化がnSBへの局在と、それによって実現されるnSBの「るつぼ機能」に必須であることを発見しました。さらなる解析の結果、熱ストレス時には脱リン酸化酵素PP1がCLK1 Ser341を脱リン酸化することでCLK1のnSBへの局在を抑制し、熱ストレス回復時にはリン酸化酵素RIOK2がSer341を再リン酸化することでCLK1のnSBへの局在を促進することが明らかになりました。
さらに研究チームは、実際に温度を感知するタンパク質として、PP1の抑制サブユニットで全長に渡って天然変性領域からなるPPP1R2を同定しました。解析の結果、PPP1R2は特定の立体構造をとらない、柔軟な性質を生かして、可逆的な温度センサーとして機能することがわかりました。つまり、PPP1R2はこれまで知られているチャネルタンパク質などの温度センサーとは全く異なる機序で働く新型の温度センサーであることが明らかになりました。37℃ではPPP1R2はPP1に結合して活性を抑制する一方、42℃では結合が弱まりPP1から解離することを発見しました。細胞内および試験管内再構成実験により、この温度依存的な解離によってPP1活性が上昇し、CLK1が熱ストレス時特異的に脱リン酸化されることを明らかにしました。
一方でRIOK2は高温条件でも活性を保持しており、温度低下後には速やかにCLK1を再リン酸化することがわかりました。研究グループは、PPP1R2・PP1・RIOK2・CLK1のみを用いた再構成実験により、温度変化に応じてPP1とRIOK2の活性バランスが変動してCLK1リン酸化状態が切り替わることを示しました。さらに、この3つのタンパク質とCLK1だけで温度依存的なリン酸化制御を試験管内で再現できることを実証しました。
このように、PPP1R2が可逆的な温度センサーとして機能し、CLK1のリン酸化と局在を制御することで、nSBの「るつぼ機能」を制御することを明らかにしました(図1)。

研究成果のポイント
  • ヒト細胞において熱ストレス応答を担う非膜オルガネラ「核内ストレス体」の温度感知機構を解明
  • 特定の立体構造をもたない天然変性タンパク質PPP1R2が、温度変化を可逆的に感知する新型の「温度センサー」として機能することを新たに発見
  • この働きにより、リン酸化酵素CLK1が温度依存的に核内ストレス体へ局在し、核内ストレス体が「るつぼ」として機能する仕組みを解明
  • 細胞が環境変化に適応する仕組みやストレス関連疾患の研究発展に期待
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、ヒト細胞が環境変化を感知して遺伝子発現を制御する仕組みの理解を大きく前進させる成果です。また、非膜オルガネラの機能制御原理の解明を通じて、ストレス応答異常に関連するがんなどさまざまな疾患の病態理解や創薬研究への応用が期待されます。さらに、天然変性タンパク質が環境変化を直接感知する分子として機能するという新たな概念を提示する成果でもあり、温度変化に応答した分子スイッチの開発などへの応用も期待されます。

研究者のコメント

「るつぼ機構」は数ある非膜オルガネラの作動機構の1つですが、その実体解明はほとんど進んでいません。本研究で明らかになったリン酸化による酵素の局在制御は、「るつぼ機構」を実現するための要となる機構で、さらにそれを制御する温度センサーの同定は、「るつぼ機構」の全貌理解に向けた大きな一歩です。(廣瀬 哲郎)

特記事項

本研究成果は、2026年7月17日(金)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Molecular Cell」(オンライン)に掲載されました。

なお、本研究は、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CREST「細胞内現象の時空間ダイナミクス」研究領域 研究課題名「RNAによる非膜性構造体の形成と作動原理の確立」(課題番号:JPMJCR20E6 研究代表者:廣瀬哲郎)をはじめとし、日本学術振興会特別研究員事業 (JP25KJ1741)、日本学術振興会科学研究費補助金基盤(A)(JP26H02368)、学術変革領域(A)「非ドメイン生物学(JP21H05276)」「撹乱RNA(JP26H01575)」、AMED次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業(RNA標的創薬技術開発)の一環として行われました。

図1. 天然変性タンパク質PPP1R2は温度センサーとして働き、CLK1のリン酸化と核内ストレス体 (nSB) への局在化を制御します。その結果、nSBによるスプライシング制御が温度依存的に調節されます。

用語解説
  1. 温度センサー
    温度変化を感知し、その情報を細胞内の生化学反応へ変換する分子。本研究ではPPP1R2が温度依存的にPP1との結合状態を変化させることで、温度センサーとして機能することを明らかにした。
  2. 核内ストレス体
    nuclear stress body; nSB。熱ストレスを受けた細胞の核内に形成される非膜オルガネラ。長鎖非コードRNAであるHSATIII RNAを足場として形成され、スプライシング制御因子などを集積することで、熱ストレス応答に関わる遺伝子発現を調節する。
  3. 非膜オルガネラ
    細胞内で特定の分子が集まって形成される構造体のうち、生体膜で囲まれていないもの。近年、多くの非膜オルガネラが相分離によって形成されることが明らかとなり、遺伝子発現制御や疾患との関連が注目されている。
  4. スプライシング
    遺伝子から転写された前駆体RNA(pre-mRNA)から不要な配列(イントロン)を除去し、必要な配列(エクソン)をつなぎ合わせて成熟mRNAを作る過程。同じ遺伝子から複数種類のタンパク質を産生する仕組みとしても重要である。近年、異常なスプライシング産物が疾患発症の原因となることも多数報告されている。
  5. SRSF
    RNAスプライシングを制御する代表的なタンパク質。リン酸化状態の変化によって働きや細胞内での局在が変化し、環境変化に応じた遺伝子発現の調節に重要な役割を果たす。
  6. リン酸化
    タンパク質にリン酸基が付加される化学修飾。タンパク質の活性や局在、相互作用を変化させることで、細胞内シグナル伝達や遺伝子発現制御に重要な役割を果たす。
  7. 天然変性タンパク質
    決まった立体構造をもたず、柔軟な状態で存在するタンパク質。その柔軟性を生かしてさまざまな分子と相互作用し、タンパク質の適切な立体構造の維持をはじめ、多様な生命現象に関わっている。本研究では、天然変性タンパク質であるPPP1R2が「温度センサー」として機能し、温度変化に応じてタンパク質間相互作用を可逆的に変化させることを明らかにした。
  8. 再構成実験
    細胞内で働く分子を精製し、試験管内で組み合わせることで生命現象を再現する実験手法。本研究では、PPP1R2、PP1、RIOK2、CLK1のみを用いて温度依存的なCLK1リン酸化制御を再現し、温度感知機構の分子基盤を明らかにした。
原著論文 Molecular Cell (2026)
論文タイトル Thermo-sensing mechanisms of splicing control by nuclear stress bodies
著者

Tsuyoshi Ueno (1, 2), Shungo Adachi (3), Ichiro Taniguchi (1), Nobuo N. Noda (4, 5), Kensuke Ninomiya (1) Tetsuro Hirose (1, 2, 6)


  1. Graduate School of Frontier Biosciences, The University of Osaka, Suita 565-0871, Japan
  2. Graduate School of Science, The University of Osaka, Toyonaka 560-0043, Japan
  3. Department of Proteomics, National Cancer Center Research Institute, Tokyo 104-0045, Japan
  4. Institute for Genetic Medicine, Hokkaido University, Sapporo 060-0815, Japan
  5. Institute of Microbial Chemistry, Tokyo 141-0021, Japan
  6. Institute for Open and Transdisciplinary Research Initiatives, The University of Osaka, Suita 565-0871, Japan
PubMed 42462707

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