RNAの“取り出しにくさ”を手がかりに細胞内RNAを捉える
―細胞内RNAを抽出されやすさで分けて調べる新手法―
| 原著論文 | RNA (2026) |
|---|---|
| 論文タイトル | SERIPH: A Two-Step Extraction Protocol for Selective Enrichment of Semi-Extractable RNAs |
| 研究室サイト | RNA生体機能研究室〈廣瀬 哲郎 教授〉 |
概要
大阪大学大学院生命機能研究科の藤原奈央子助教、廣瀬哲郎教授(大学院理学研究科、先導的学際研究機構兼任)らの研究グループは、従来のRNA抽出法では十分に回収されにくい「難抽出性RNA (semi-extractable RNA)」を選択的に濃縮する新しいRNA抽出法「SERIPH(Semi-Extractable RNA isolation from the InterPHase)」を開発しました。
RNAは生命現象を制御する重要な分子であり、次世代シーケンスなどの網羅的解析によって、細胞内RNAの全体像が調べられてきました。しかし、細胞の中にあるRNAのすべてが同じように取り出せるわけではありません。研究グループの先行研究から、広く用いられているAGPC試薬を用いたRNA抽出では、一部のRNAが水層に移らず、界面に残りやすいことが分かっていました。このような取り出しにくいRNA、すなわち「難抽出性RNA」には、非膜オルガネラ形成に関わるノンコーディングRNAなど、重要な働きを持つRNAが含まれています。そのため、これらのRNAを詳しく調べることは重要な課題でした。
研究グループはこれまでにRNA抽出法を改良し、加熱などの処理を加えることで、難抽出性RNAも回収できるようにしてきました。しかし、その方法では、もともと取り出しやすいRNAも一緒に回収されてしまいます。そのため、少量の難抽出性RNAのシグナルが埋もれやすく、難抽出性RNAだけを詳しく調べることは困難でした。
今回開発したSERIPHでは、まず取り出しやすいRNAを回収し、その後、界面に残ったRNAを改めて取り出します。RNA-seq解析の結果、SERIPHによって、取り出しやすいRNAと難抽出性RNAを分けて回収し、難抽出性RNAを選択的に集められることが分かりました。
本成果は、RNAの「難抽出性」という新しい視点から細胞内RNAを調べる方法を提供するものであり、RNAの働き、細胞のストレス応答、疾患に関わるRNA制御の理解に役立つことが期待されます。
研究の背景
RNAは、タンパク質を作るための情報を伝えるだけでなく、細胞の中でさまざまな生命現象を制御する重要な分子です。近年では、次世代シーケンサーを用いたRNA-seq解析により、細胞内にどのようなRNAが存在しているのかを網羅的に調べることができるようになりました。
しかし、こうした解析は、細胞から取り出されたRNAをもとに行われます。そのため、RNA抽出の過程で十分に回収されないRNAがあれば、それらは解析から見落とされてしまう可能性があります。研究グループはこれまでに、広く用いられているAGPC試薬を用いたRNA抽出では、一部のRNAが水層に移らず、タンパク質などが集まる界面に残りやすいことを明らかにしてきました。このようなRNAは「難抽出性RNA」と呼ばれます。
難抽出性RNAには、非膜オルガネラ形成に関わるRNAなど、重要な働きを持つRNAが含まれています。そのため、難抽出性RNAを効率よく取り出し、その性質や働きを詳しく調べることは、細胞内RNAの全体像を正しく理解するうえで重要な課題でした 。
これまでの改良法では、加熱などの処理を加えることで、難抽出性RNAの回収効率を高めることができました。一方で、この方法では、もともと取り出しやすいRNAも一緒に多く回収されてしまうため、量の少ない難抽出性RNAが目立たなくなり、難抽出性RNAだけを詳しく調べることは困難でした(図1)。
本研究の成果
藤原助教、廣瀬教授らの研究グループは、AGPC抽出の過程で難抽出性RNAが界面に残りやすい性質に注目し、界面を利用して難抽出性RNAを選択的に集める新しいRNA抽出法「SERIPH」を開発しました。
SERIPHでは、まず通常のAGPC抽出によって、取り出しやすいRNAを含む水層を回収します。次に、残された界面を洗浄し、加熱を伴う改良AGPC抽出を行うことで、界面に残っていた難抽出性RNAを改めて回収します。この二段階の操作により、取り出しやすいRNAと難抽出性RNAを分けて、難抽出性RNAを選択的に集めることが可能になりました(図2)。
実際にRNA-seq解析を行ったところ、SERIPHによって、これまで知られていた難抽出性RNAを効率よく濃縮できることが確認されました。また、従来法では見つけにくかった、弱い難抽出性を示すRNAも検出しやすくなることが分かりました。
さらに、SERIPHで濃縮されるRNAを詳しく調べたところ、イントロンと呼ばれる配列を保持した、まだ完全に成熟していないRNA分子が多く含まれることが明らかになりました。この結果は、RNAの成熟状態の違いが、RNAの「取り出しにくさ」に反映されている可能性を示しています。
これらの結果から、SERIPHは単にRNAを多く回収するための方法ではなく、RNAの物理的な性質に基づいて細胞内RNAを分けて解析するための新しい手法であることが示されました。
研究成果のポイント
- これまでのRNA抽出法では取り出しにくかった「難抽出性RNA」を選択的に集める新手法SERIPHの開発
- 従来法では見つけにくかった、弱い難抽出性を示すRNAの検出感度の向上
- RNAの抽出されやすさとRNAの成熟状態との関連の発見
- RNAの「取り出しにくさ」に着目した、新たな細胞内RNA解析法の提示
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
RNA-seqなどの網羅的解析は、生命科学や医学研究で広く使われている重要な技術です。しかし、従来のRNA抽出法で取り出しにくいRNAが存在する場合、細胞内RNAの全体像を十分に捉えられない可能性があります。
SERIPHは、これまでの抽出法では見落とされやすかった難抽出性RNAを選択的に調べるための新しい技術です。この方法により、非膜オルガネラ形成に関わるRNA、ストレス応答に関わるRNA、RNAが成熟する途中の状態にある分子などを、より詳しく解析できるようになると期待されます。
本研究成果は、RNAの働き、細胞のストレス応答、RNAが関わる細胞内構造体形成、さらに病気に関わるRNA制御の理解を深めるための基盤となるものです。将来的には、がんや神経変性疾患などに関わるRNA異常の解明や、RNAを標的とした新しい診断・治療法の開発にもつながることが期待されます。
研究者のコメント
RNA研究では、細胞から取り出したRNAを調べることが当たり前のように行われてきました。しかし、実はRNAの中には細胞内のさまざまな分子や構造に強く結びついているため、従来の方法では十分に回収できないものがあります。今回開発したSERIPHは、そのような「見えにくいRNA」を効率よく捉えるための手法です。この技術によって、これまで解析が難しかったRNAをより詳しく調べることが可能になりました。この手法を活用することで、これまで見落とされてきたRNAの性質や機能の理解が進み、RNAが細胞内で果たす多様な役割の解明につながることを期待しています。(藤原 奈央子)
特記事項
本研究成果は、2026年6月25日に国際科学誌「RNA」(オンライン)に掲載されました。
なお、本研究は、JST戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR20E6)、学術変革領域研究(A)(21H05276 388)、AMED(21479280)、日本学術振興会挑戦的研究(萌芽)(24K21933)、日本学術振興会基盤研究若手研究(24K18055)の研究費の支援によって行われました。

図1. 難抽出性RNAは従来のRNA抽出では界面に残り、改良法では抽出されやすいRNAと混在して回収される

図2. SERIPHによる難抽出性RNAの選択的濃縮
用語解説
- 難抽出性RNA(semi-extractable RNA: seRNAs)
通常のRNA抽出法では十分に回収されにくいRNAのこと。一般的なRNA抽出では、多くのRNAは水層に移りますが、一部のRNAはタンパク質などと強く結びついているため、界面に残りやすい性質を示します。こうしたRNAには、細胞内の構造づくりやストレス応答などに関わる重要なRNAが含まれると考えられています。 - 次世代シーケンス(Next generation sequencing)
DNAやRNAの配列情報を大量に、かつ高速に読み取る技術。細胞内でどのような遺伝子やRNAが働いているかを網羅的に調べるために使われます。 - AGPC試薬(Acid guanidinium thiocyanate–phenol–chloroform reagent)
細胞からRNAを取り出すために広く使われている試薬。細胞を壊し、RNA、DNA、タンパク質などを分けるために用いられます。TRIzolやTRI Reagentなどの市販試薬が代表的なAGPC試薬です。この試薬で調製した細胞溶解液はクロロホルムを添加すると分層し、この際多くのRNAは水層に回収されます。 - 界面(interphase)
AGPC試薬を用いたRNA抽出で、クロロホルム添後にできる水層と有機層の間の層のこと。タンパク質やDNAなどが多く集まる層ですが、一部のRNAもこの界面に残ることがあります。本研究では、この界面に残るRNAに注目しました。 - 非膜オルガネラ(membraneless organelles)
細胞の中に存在する、膜に囲まれていない構造体のこと。RNAやタンパク質などの分子が集まることで形成され、遺伝子発現制御やストレス応答など、さまざまな生命現象に関わります。核小体、ストレス顆粒、パラスペックルなどが代表例です。一部の非膜オルガネラ形成にはアーキテクチュラルRNAと呼ばれるRNAが必須の骨格分子として働いています。 - ノンコーディングRNA(long noncoding RNAs)
タンパク質を作る情報を持たないRNAのこと。このうち、比較的長いRNAをlong noncoding RNAと呼びます。一般に200塩基以上の長さを持つものを指しますが、最近では500塩基以上の長さを持つものをlong noncoding RNAとする考え方も提案されています。タンパク質を作らない一方で、遺伝子の働きの調節や非膜オルガネラ形成など、多様な機能を持つことが分かってきています。 - RNA-seq解析(RNA-seq analysis)
次世代シーケンサーを用いて、細胞内に存在するRNAを網羅的に調べる解析方法。どのRNAがどの程度存在しているかを調べることで、細胞の状態や遺伝子発現の変化を知ることができます。 - イントロン(intron)
遺伝子からRNAが作られた直後の未成熟なRNAに含まれる配列の一部。通常、RNAが成熟する過程で取り除かれます。イントロンが残ったRNAは、まだ完全には成熟していないRNAと考えられます。 - RNA成熟(RNA maturation)
遺伝子から作られたばかりの未成熟なRNAが、細胞内で働ける形へと加工される過程のこと。代表的な過程として、イントロンの除去、末端の加工、ポリA鎖の付加などがあります。RNA成熟の進み具合は、RNAの機能や細胞内での存在状態に関係します。
| 原著論文 | RNA (2026) |
|---|---|
| 論文タイトル | SERIPH: A Two-Step Extraction Protocol for Selective Enrichment of Semi-Extractable RNAs |
| 著者 | Naoko Fujiwara (1), Junichi Iwakiri (2), Chao Zeng (3), Daiki Kohsho (1), Kiyoshi Asai (2), Michiaki Hamada (3), and Tetsuro Hirose (1, 4)
|
| PubMed | 42350076 |
