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膵がんの先進部に集積する“老化した線維芽細胞”を同定

空間解析により、悪性化や予後不良に関わる新たな微小環境を解明

原著論文 Cell. Mol. Gastroenterol. Hepatol. (2026)
論文タイトル Spatial profiling identified senescent cancer-associated fibroblasts localized in the border region of human pancreatic ductal adenocarcinoma
研究室サイト 倍数性病態学研究室〈松本 知訓 准教授〉
概要

大阪大学大学院生命機能研究科 松本知訓准教授、微生物病研究所分子生物学分野 原英二教授、らの研究グループは、神戸大学大学院医学系研究科 原田宜幸医員、児玉裕三教授らの研究グループとの共同研究として、膵がん組織内における、細胞老化を起こしたがん関連線維芽細胞(Cancer-associated fibroblast; CAF)の特徴的な局在と、がん予後との関連を世界で初めて明らかにしました(図1)。
膵がんは極めて予後不良ながんであるとともに、腫瘍局所に豊富に存在するがん関連線維芽細胞が、膵がんの進展に重要な役割を果たすことが知られています。また、細胞老化は、炎症性因子などを分泌するSASP(senescence-associated secretory phenotype)と呼ばれる特性を介して、さまざまながんの進展に関与することが示唆されています。しかし、膵がんにおいて、細胞老化がどこでどのように誘導され、病態とどのように関わるのかについては明らかになっていませんでした。
今回、研究グループは、多様な性質を示す膵がんのCAFに着目し、膵がん手術検体を用いて、CAFの空間分布を免疫染色および空間トランスクリプトーム解析などの手法により網羅的に解析しました。その結果、細胞老化CAFが膵がん組織の腫瘍先進部に特徴的に集積していること、さらにその量が患者の予後不良と相関することを明らかにしました。
本研究成果により、細胞老化CAFを標的とした新たな膵がん治療戦略の開発につながることが期待されます。

研究の背景

膵がんは、腫瘍内の空間的位置によって多様な組織像を示すことが知られており、その組織内には豊富な癌関連線維芽細胞が存在しています。そしてCAFは、膵がんの進展や治療抵抗性に関与することが知られていました。一方で、CAFは均一な細胞集団ではなく、腫瘍促進的なものと抑制的なものが混在することが近年明らかとなっており、その多様性の理解が課題となっていました。
また、細胞老化は、さまざまな炎症性因子を分泌して周囲の細胞に影響を及ぼすことが知られており、このような性質はSASP(senescence-associated secretory phenotype)と呼ばれています。さらに、がん組織内に存在する老化細胞が、さまざまながんの病態進展に関与することも報告されています。
しかし、膵がんにおいて、どのような細胞に細胞老化が誘導されているのか、また、それらが腫瘍内のどこに存在し、病態とどのように関わっているのかについては、十分に解明されていませんでした。

本研究の成果

研究グループでは、免疫染色および空間トランスクリプトーム解析を用いることで、多様な組織像を示す膵がん組織を空間的な偏りなく解析し、腫瘍内に存在するCAFサブタイプとその分布を詳細に検討しました。その結果、代表的なCAFサブタイプである、αSMAを高発現する筋線維芽細胞様CAF(myofibroblastic CAF; myCAF)と、IL-6を高発現する炎症性CAF(inflammatory CAF; iCAF)は、それぞれ主に腫瘍中心部および腫瘍周辺部に存在することが明らかとなりました。
一方で興味深いことに、myCAFマーカーとiCAFマーカーの両方を発現するCAFが、腫瘍が浸潤・拡大する腫瘍先進部に特徴的に集積していることを発見しました(図2)。さらに詳細な遺伝子発現解析の結果、このCAF群は細胞老化の特徴を示すことが明らかとなり、細胞老化CAF(senescent CAF)として同定されました。また、細胞老化CAFの集積量が多い症例ほど、がんの進行度が高く、患者予後も不良であることが明らかとなりました(図3)。さらに、化学療法後の腫瘍では、腫瘍内部に存在するmyCAFに細胞老化が誘導され、細胞老化CAFが広範囲に拡大していることが分かりました。そして、化学療法後の腫瘍においても、細胞老化CAFの量が多い症例ほど予後不良であることが示されました。
さらに、空間トランスクリプトーム解析による詳細な遺伝子発現解析の結果、細胞老化CAFではTGFβシグナルが活性化しており、その下流でCCN2やPLAUなど、腫瘍増殖や浸潤に関与する遺伝子群が高発現していることを見出しました。以上の結果から、細胞老化CAFは膵がん組織内に均一に存在するのではなく、腫瘍先進部を中心とした特定の空間領域に偏在していること、さらにその蓄積が膵がんの進展や予後不良、さらには化学療法後の病態悪化に関与している可能性が明らかとなりました。

研究成果のポイント
  • 膵がんの“腫瘍先進部”に、老化したがん関連線維芽細胞が集積することを発見。
  • 膵がんでは、腫瘍細胞だけでなく、周囲を取り囲むがん関連線維芽細胞が病態に重要な役割を果たすことがしられていたが、がん関連線維芽細胞の“空間的な多様性”はこれまで十分に分かっていなかった。
  • 腫瘍微小環境を標的とした、膵がんに対する新たな治療戦略への展開に期待。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、膵がんにおける細胞老化CAFという新たな腫瘍促進因子の存在と、その空間的特徴が明らかとなりました。これは、腫瘍細胞そのものだけでなく、腫瘍微小環境を構成する細胞群を標的とした新たな治療戦略につながる可能性があります。
特に、細胞老化CAFやTGFβシグナル、SASP関連因子を制御することで、膵がんの進展や浸潤、治療抵抗性を抑制できる可能性が期待されます。また、化学療法によって腫瘍微小環境が変化する可能性を示したことから、今後の個別化治療や併用療法の最適化にも重要な知見を提供すると考えられます。

研究者のコメント

本研究により、細胞老化CAFが膵がんの浸潤・進展や予後不良に関与している可能性が明らかとなりました。これまで十分に理解されていなかった膵がん微小環境の一端が明らかになったことで、細胞老化CAFを標的とした新たな治療法や、患者予後を予測するバイオマーカーの開発につながることが期待されます。本研究をさらに発展させ、難治性がんの克服に向けた新しい診断・治療戦略の確立を目指して今後も研究を進めていきたいと考えています。(松本知訓)

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology」に、5月12日にオンラインで早期公開(編集前の暫定版)されており、最終版は出版社による編集・校正後に公開されます。

なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)JP25gm1710004h0002、JP25zf0127008h0002、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業JPMJFR2212、JSTムーンショット型研究開発事業JPMJMS2022、および日本学術振興会(JSPS)科研費 科学研究費補助金(S)JP25H00443 の支援を受けて実施されました。

図1. 研究の概要
膵がん組織内に広がる多様ながん関連線維芽細胞(CAF)の中で、細胞老化の性質を示す細胞老化CAFが腫瘍先進部に集積し、膵がんの進行や予後不良と関連していることを明らかにした。

図2. 空間トランスクリプトーム解析の結果
myCAFマーカーとiCAFマーカーの両方を発現する細胞老化CAFが、腫瘍の先進部付近に認められた。

図3. 細胞老化CAFの蓄積と膵がんの進行・予後
膵がんのステージが進むほど、細胞老化CAFの蓄積は増加した(左)。また、細胞老化CAFが多い患者ほど予後が不良であることと関連していた(右)。

用語解説
  1. 細胞老化
    細胞が不可逆的に増殖を停止する一方で、すぐには死滅せず、長期間体内に残存し得る状態。テロメア短縮やDNA(ゲノム)損傷の蓄積などのストレスによって誘導される。さらに、炎症性物質や増殖因子など多様な分子を分泌する性質を伴い、老化細胞が組織に蓄積すると、慢性的な炎症や組織環境の変化を介して、加齢に伴う変化や発がんなどに影響すると考えられている。
  2. がん関連線維芽細胞(CAF:Cancer-Associated Fibroblast)
    がん細胞の周囲に存在し、腫瘍微小環境を構成する主要な細胞の一つ。通常は傷の修復や組織の支持に関わる線維芽細胞が、がんの発生・進展に伴って性質を変化させて生じる。特徴の異なる複数のサブタイプが報告されており、がん細胞の増殖や浸潤を促したり、免疫細胞の働きを弱めたりするなど、腫瘍微小環境の中でがんの病態に多面的に関与することが知られている。
  3. SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype)
    老化細胞が示す、様々な物質(炎症性サイトカイン、増殖因子、分解酵素など)を分泌する特徴のこと。がん組織内の老化細胞が引き起こすSASPが、周囲の細胞や免疫環境に作用して、がんの進展や治療抵抗性に関与する可能性が報告されている。
  4. 空間トランスクリプトーム解析
    組織中の細胞の空間的な位置情報を保ったまま、多数の遺伝子の発現状態を網羅的に調べる技術。従来のシングルセル解析では捉えにくかった、がん細胞・線維芽細胞・免疫細胞などの組織内での配置、局所ごとの多様性、細胞同士の相互作用の手がかりを、地図のように読み解くことができる。
原著論文 Cell. Mol. Gastroenterol. Hepatol. (2026)
論文タイトル Spatial profiling identified senescent cancer-associated fibroblasts localized in the border region of human pancreatic ductal adenocarcinoma
著者

Yoshiyuki Harada (1, 2, 3), Atsuhiro Masuda (2), Takanori Matsuura (1, 2), Kenji Nagata (1, 2, 3), Yoshihide Nanno (4), Atsushi Masamune (5), Yuzo Kodama (2), Eiji Hara (1, 6), and Tomonori Matsumoto (1, 3)

  1. Department of Molecular Biology, Research Institute for Microbial Diseases, The University of Osaka
  2. Division of Gastroenterology, Department of Internal Medicine, Graduate School of Medicine, Kobe University
  3. Laboratory of Ploidy Pathology, Graduate School of Frontier Biosciences, The University of Osaka
  4. Division of Hepato-Biliary-Pancreatic Surgery, Department of Surgery, Graduate School of Medicine, Kobe University
  5. Division of Gastroenterology, Tohoku University Graduate School of Medicine
  6. Laboratory of Aging Biology, Immunology Frontier Research Center, The University of Osaka

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