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中脳の小細胞性赤核が学習のカギだった!

手を伸ばす運動の「照準」を合わせる脳の仕組みを解明

原著論文 Cell Reports 44(5):115598 (2025)
論文タイトル Error signals in the parvocellular division of the red nucleus, not the magnocellular division, drive adaptation in reaching
研究室サイト ダイナミックブレインネットワーク研究室〈北澤 茂 教授〉
概要

大阪大学大学院生命機能研究科ダイナミックブレインネットワーク研究室の北澤茂教授と井上雅仁招へい准教授らは、サルを対象とした実験により、手を伸ばす運動中および運動直後に、小細胞性赤核に運動誤差に関する神経活動が現れることを発見しました。

さらにこの小細胞性赤核を、運動終了後の0.2秒間に微小電気で刺激すると、次回の運動の照準が誤差方向と逆に少しずつ修正されることを明らかにしました。たとえば、「手が目標の右下にずれた」と報告する小細胞性赤核ニューロンを刺激すると、次の運動は左上方向へと修正されます。この誤差修正は累積的に生じ、30試行で最大40mmもの誤差が生じました(図2)。

これらの結果は、小細胞性赤核が「間違いの信号」を検出・伝達し、小脳を介して運動学習を誘導していることを初めて明確に示したものであり、今後のリハビリテーション技術への応用が期待されます。

研究の背景

運動が上達するには、「間違い」を繰り返し修正することが不可欠です。脳はこの「誤差」を記録し、次の運動で修正することで、運動を洗練させていきます。このような誤差駆動型の運動学習には、小脳と誤差信号の入力源である下オリーブ核が中心的な役割を担うと考えられてきました。

しかし下オリーブ核は脳の深いところにあり、本当にその信号が誤差を減らしているのか調べるのは困難でした。そこで私たちは、下オリーブ核の手前にある「小細胞性赤核」という領域に注目して、1)サルの「小細胞性赤核」に誤差の信号があるかどうか、また2)その信号が本当に誤差を減らす学習を起こしているかどうか、の2点を調べました。

本研究の成果

研究グループは、サルが目の前に出る十字の目標に向かって手を伸ばす時に、わざと間違いを起こすように、コンピュータ制御したプリズム装置を使って、ランダムな方向に視野をずらす、という実験を行いました。プリズム装置によって、目標が見える場所に手を伸ばしても、右や左に少しずれて手が到着します。この運動の前後の、小細胞性赤核のニューロンの活動を記録したところ、それぞれのニューロンが特定の方向の誤差に反応することが確認されました。あるニューロンは「左にずれた」時によく活動して、別のニューロンは「右下にずれた」時によく活動する、といった具合です(図2-1)。全体としては、あらゆる方向の誤差に対応していました。

次に、運動終了直後の0.2秒間に微小な電気刺激を加えました(図2-2)。たとえば、「右下の誤差」で活動するニューロンを運動の直後に刺激すると、次の運動は少しだけ左上にずれました。これを30試行繰り返すと、誤差が累積して最大40mmの誤差が発生しました(図2-3)。小細胞性赤核の電気刺激が人工(偽)の誤差信号として機能したのです。刺激をやめると、プリズム順応の後と同様に、誤差は試行を重ねるごとに少しずつ減って、30回ぐらいかけて元に戻りました(図2-4)。

これらの結果から、

  1. 小細胞赤核が誤差信号を運動中から運動直後にかけて発すること
  2. 小細胞赤核の誤差信号が原因となって運動の「照準」が調整されること

が明らかになりました。

研究成果のポイント
  • 手を伸ばす運動中及び運動後、脳の小領域「小細胞性赤核」に運動誤差に関する神経活動が現れることを発見
  • 運動終了直後にこの領域を微弱な電気で刺激すると、「照準」が少しずつ変わることを実証
  • 新たなリハビリテーション法や運動訓練技術への応用が期待
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

誤差信号を人為的に操作して運動技能を向上させる新しい運動機能増進法やリハビリテーション法の開発につながることが期待されます。また、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)などの赤核や小脳の変性疾患の病態解明や治療法の開発に貢献することが期待されます。

研究者のコメント

運動の上達には、「間違い」を繰り返し修正することが不可欠です。脳でそれがどのように実現されているのかは驚くほどわかっていません。私たちは「間違い」の信号に注目して、脳のどこで発生して、どこで運動の修正を行っているのかを大脳皮質から小脳まで地道に調べてきました。今回、ほとんど注目されることがなかった中脳の「小細胞性赤核」がその中枢として働いていることを発見しました。(北澤茂)

特記事項

本研究成果は、2025年4月19日に米国科学誌電子版「Cell Reports」に掲載されました。

図1.
小細胞性赤核が誤差を予測・検出して照準調整の指令を発していることがわかった。

図2.発見のグラフィカルな要約
オ:下オリーブ核;小赤核:小細胞性赤核;Y:好きな間違いの向きと直交する向き。Yの向きには電気刺激の効果はない。Xと逆向きに照準が調整されることが示された。

図3.プリズム順応

用語解説
  1. 小細胞性赤核
    脳幹の中脳にある赤核と呼ばれる神経核の一部で、運動学習に重要な小脳と大脳皮質、下オリーブ核を結ぶ要衝(図2左側)。霊長類で特に発達しているが、その機能は未知だった。本研究により、運動誤差を伝えて運動学習を駆動する重要な機能を果たしていることが実証された。
  2. ニューロンの活動
    ニューロンは受け取った信号の和がある一定の値(しきい値、閾値)を超えると、1/1000秒の間数十ミリボルトの大きさのパルス信号を発する。これが活動電位と呼ばれる信号である。本研究では、微小な電極を使ってサルの小細胞性赤核のニューロン1つ1つの活動電位を計測して解析した。
  3. プリズム順応
    眼の前に楔型のプリズムを置くと、光が屈折して目標が見える位置(虚像の位置)がずれる。この状態で目標に手を伸ばすと、虚像の位置に手を伸ばすので、目標を外してしまう。しかし、何回も繰り返すうちに、誤差は減る。この状態でプリズムをはずすと、今度は逆向きの誤差が生じて驚く。このようなプリズムを使った視野の変化に伴って生じる運動の調整をプリズム順応と呼ぶ。プリズム順応は小脳障害で消失することが知られている。本実験では、コンピュータで2枚のプリズムの向きを調整して、毎回違う方向に誤差が生じるように工夫して実験を行った。
原著論文 Cell Reports 44(5):115598 (2025)
論文タイトル Error signals in the parvocellular division of the red nucleus, not the magnocellular division, drive adaptation in reaching
著者

Masato Inoue (1, 2), Shigeru Kitazawa (1, 2, 3)


  1. Center for Information and Neural Networks (CiNet), National Institute of Information and Communications Technology, and The University of Osaka, Suita, Osaka 565-0871, Japan.
  2. Dynamic Brain Network Laboratory, Graduate School of Frontier Bioscience, The University of Osaka, Suita, Osaka 565-0871, Japan.
  3. Department of Brain physiology, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Suita, Osaka 565-0871, Japan.
PubMed 40253696

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