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抗がん剤耐性に関わる「細胞の多倍体化」に新事実

多倍体化とDNA損傷の新たな相互作用を解明

がん進行や薬剤耐性獲得メカニズムの一端に迫る

原著論文 Cell Death Discov. 10(1):436 (2024)
論文タイトル Polyploidy mitigates the impact of DNA damage while simultaneously bearing its burden
研究室サイト 倍数性病態学研究室〈松本 知訓 准教授〉
概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の林計企さん(博士後期課程)、微生物病研究所分子生物学分野の原英二教授、大学院生命機能研究科の松本知訓准教授らの研究グループは、染色体がたくさんある多倍体細胞は、DNAに傷がつきやすいこと、しかし同時に、多倍体化することはその傷の悪い影響を減らす働きもあることを明らかにしました。そしてこのような多倍体細胞の特徴は、がんが抗がん剤に強くなる原因の一つであることも明らかになりました。

最近の研究では、がんの中には多倍体化するものが多く、そのようながんは悪性度が高く、治りにくいことがわかっています。さらに、抗がん剤や放射線治療を受けたときに、染色体が多い巨大ながん細胞が出てくることも知られていましたが、これががん細胞のふるまいにどう影響するかは、詳しく分かっていませんでした。

今回の研究で、多倍体細胞はDNAに傷がつきやすいものの、その影響を和らげながら生き残ることができることがわかり、その結果として、抗がん剤に強い抵抗力を持つことも明らかになりました。この成果をもとに、今後、多倍体化したがん細胞を狙った新しい治療法が開発されることが期待されます。

研究の背景

最近、がんは成長する過程で、ゲノムが一挙に倍になる多倍体化をしばしば生じていることがわかってきています。この多倍体化は、がんの進行やより悪性になることと強く関係していると注目されていますが、多倍体化がどうしてがんを悪化させるのか、その仕組みはまだ十分にはわかっていませんでした。

本研究の成果

研究グループでは、2倍体(通常の細胞)と多倍体(染色体が多い細胞)の違いを比べるため、通常の倍の染色体をもつ特別な細胞を作り、多倍体細胞と2倍体細胞の間のDNA損傷の蓄積を様々な実験手法により比べました。また抗がん剤で処理した後の多倍体化や細胞のふるまい、DNA損傷についても検討し、多倍体化とDNA損傷との関連について調べました。

その結果、多倍体化はDNAに傷が入ることと深く関わっており、多倍体細胞はDNAに多くの傷を受けやすいこと、しかし同時にその影響を和らげながら生き残ることができることが分かりました。実際に、DNAに傷を入れることでがん細胞を殺す抗がん剤を2倍体細胞と多倍体細胞に処理したところ、多倍体細胞の方がDNAに多くの傷ができたにも関わらず、抗がん剤に対しては2倍体細胞よりも強い抵抗力を持っていました。また、DNAが傷ついたことで生じる遺伝子の発現の変化も多倍体細胞の方が弱まっていました。

このような多倍体細胞の特徴は、染色体が多い多倍体化したがんが抗がん剤治療に対して強い抵抗力を持つ一因となっていることが明らかとなりました。

研究成果のポイント
  • がん細胞などに多く見られる多倍体細胞は、①DNAに傷がつきやすいこと、②傷による影響を和らげることができ、抗がん剤治療に対して強い抵抗力を持つことを解明
  • 人の体内には、普通の状態でも一部に多倍体細胞が認められるが、様々な病気やがんになると多倍体細胞が増えることが知られている。特に、がん細胞はしばしば多倍体化していることがわかっており、多倍体化はがんの進行に関係していると考えられている。
  • 抗がん剤が効きにくいがんへの新しい治療応用に期待
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究の成果は、多倍体化がDNAの多くの傷の蓄積につながりながらも、その影響を和らげる役割を果たしていることを明らかにしました。さらにこのことは、多倍体化したがんの抗がん剤への耐性化の一因となっていることも明らかとなりました。今後、さらにがん細胞の治療耐性化のメカニズムを解明することで、がん細胞の多倍体化を標的とした新しいがん治療の開発につながることが期待されます。

研究者のコメント

通常の細胞よりも染色体数が2倍、4倍となった多倍体細胞は、見た目も時に巨大で特徴的な細胞ですが、多倍体細胞が持つ意義については未だほとんど明らかになっていません。本研究により特に悪性度の高いがんにおいて多倍体細胞が重要な役割を果たしていることが分かりました。今後は、多倍体細胞に着目した治療の開発につなげていきたいと考えています。(松本知訓)

特記事項

本研究成果は、2024年10月14日(月)7時(日本時間)に英国科学誌「Cell Death Discovery」(オンライン)に掲載されました。

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR2212)、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業(JP22fk0210099)、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP21K15974)、アステラス病態代謝研究会、稲盛財団、上原記念生命科学財団の支援を受けて行われました。

図1.本研究の概要
(A)通常の倍の染色体をもつ特別な細胞を作り、多倍体化とDNA損傷との関連について調べた。(B)抗がん剤(シスプラチン)を処理すると、特に多倍体細胞でよりたくさんDNAに傷が入っていることが分かった。明るく光っている点はDNAの傷を顕微鏡でとらえたもの。(C)抗がん剤(シスプラチン)はDNAにたくさんの傷を入れることによりがん細胞を殺す薬である。多倍体細胞ではシスプラチンによりDNAに多くの傷が入っているにも関わらず、2倍体細胞よりもシスプラチンに強い抵抗性を示した。

用語解説
  1. 染色体
    DNAがタンパク質と結合し、コンパクトに折りたたまれながら遺伝情報を格納している構造体のこと。細胞の核の中に存在し、人では通常、23対の染色体を2セット、合計46本の染色体を持っている。
  2. 多倍体
    染色体のセットを2セット持った通常の細胞(2倍体)とは異なり、染色体セットを3セット以上持っている状態を指す。特に、染色体セットを4セット持つ場合は4倍体、8セット持つ場合は8倍体などという。人の体内には、普通の状態でも一部に多倍体細胞が認められるが、様々な病気やがんになると多倍体細胞が増えることが知られている。
  3. 多倍体化
    細胞が持つ染色体のセットが通常よりも増え、多倍体細胞になることを指す。細胞がなぜ多倍体化するのかはまだよくわかっていないが、がん細胞はしばしば多倍体化していることがわかってきており、多倍体化はがんの進行に関係していると考えられている。
  4. 2倍体
    生物や細胞がゲノム(染色体のセット)を2セット持っている状態を指す。人間を含めた哺乳類では通常、生きていくために必要な遺伝子が集まった染色体のセットを両親からそれぞれ1セットずつ受け継いでいる。このため、人間の体を構成する細胞や多くの動物の細胞は二倍体である。
  5. DNA損傷
    細胞の中にあるDNAが何かの理由で傷つくことを指す。紫外線や化学物質など、いろいろなものがDNAに影響を与えて傷をつけることがある。この傷があると、細胞が正常に働けなくなったり、場合によってはがんなどの病気につながったりする。また、抗がん剤や放射線治療では、がん細胞のDNAを傷つけることでがん細胞を殺そうとする治療法も多くある。
原著論文 Cell Death Discov. 10(1):436 (2024)
論文タイトル Polyploidy mitigates the impact of DNA damage while simultaneously bearing its burden
著者

Kazuki Hayashi (1, 2, 3), Kisara Horisaka (1), Yoshiyuki Harada (1, 4), Yuta Ogawa (1, 3), Takako Yamashita (1, 3), Taku Kitano (1, 3, 5), Masahiro Wakita (1), Takahito Fukusumi (2), Hidenori Inohara (2), Eiji Hara (1, 6), Tomonori Matsumoto (1, 3)

  1. Department of Molecular Biology, Research Institute for Microbial Diseases, Osaka University, Osaka, Japan.
  2. Department of Otorhinolaryngology-Head and Neck Surgery, Osaka University Graduate School of Medicine, Osaka, Japan.
  3. Laboratory of Ploidy Pathology, Graduate School of Frontier Bioscicences, Osaka University, Osaka, Japan.
  4. Division of Gastroenterology, Department of Internal Medicine, Kobe University Graduate School of Medicine, Kobe, Japan.
  5. Department of Gastrointestinal Surgery, Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan.
  6. Laboratory of Aging Biology, Immunology Frontier Research Center, Osaka University, Osaka, Japan.
PubMed 39397009

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