核内低分子RNA(U snRNA)の成熟化メカニズムに関わるRNAヘリカーゼを発見
原著論文 | Nucleic Acids Res. (2024) |
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論文タイトル | The RNA helicase DDX39 contributes to the nuclear export of spliceosomal U snRNA by loading of PHAX onto RNA |
研究室サイト | RNA生体機能研究室〈廣瀬 哲郎 教授〉 |
概要
大阪大学大学院生命機能研究科の谷口一郎特任助教、廣瀬哲郎教授、京都大学医生物学研究所の大野睦人教授らの研究グループは、核内低分子RNA(U snRNA)の成熟化メカニズムの一端を明らかにしました。
RNAはDNAと同様に塩基配列として「情報」を格納できますが、それだけでなく、化学反応の「触媒」や特定の構造を作る「骨格」としても機能します。しかし、RNAは単独では働かず、機能を発揮するにはタンパク質との複合体(RNP)を形成する必要があります。しかも、ヒトでは2,000種類以上のRNA結合タンパク質の中から特定のタンパク質群と結合しなければなりません。このとき、RNP形成を助けるのがRNAヘリカーゼと呼ばれる酵素群です。あらゆるRNP形成に何らかのRNAヘリカーゼが関与していると考えられていますが、その関与が不明なRNPも存在します。例えば、U snRNAの核から細胞質への輸送(RNA核外輸送)時のRNP形成に関与するRNAヘリカーゼはわかっていませんでした。今回、研究グループはこのRNP形成を促進するRNAヘリカーゼを特定し、その分子メカニズムを明らかにしました。
U snRNAはmRNA前駆体のスプライシングを担う機能性RNAです。このRNAは核内で合成された後、特定のタンパク質群とともに輸送RNPを形成し、細胞質へ輸送されて成熟します。輸送RNPの構成因子のひとつであるPHAXはRNA結合タンパク質ですが、PHAXのRNA結合に関与するRNAヘリカーゼはこれまで不明でした。今回、そのRNAヘリカーゼとして、UAP56(別名DDX39B)および相同性の高いURH49(DDX39A)を特定しました。本研究により、U snRNAの核外輸送メカニズムについての理解が進みました。U snRNAの成熟化異常には神経変性疾患、がん、自己免疫疾患などとの関連が報告されています。本研究成果はこれらの疾患の理解に貢献することが期待されます。
研究の背景
U snRNAはmRNA前駆体のスプライシング反応などを担う機能性ノンコーディングRNAです。U snRNAは核内で合成された後、まず細胞質へ輸送されます。細胞質では、U snRNAは修飾され、特定のタンパク質群とRNP(U snRNP)を形成します。U snRNAはU snRNPとして再び核内へ輸送され、スプライソソームの一部としてスプライシング反応に参画します。細胞質でのU snRNP形成やスプライシング反応においては様々なRNAヘリカーゼの関与が知られている一方、核外輸送に関しては不明でした。
本研究の成果
U snRNAの核外輸送にRNAヘリカーゼが関与しているか検証するため、まずHeLa細胞の核抽出液を用いた試験管内反応系の構築を試みました。その結果、U snRNA核外輸送に関わるPHAXがU snRNAに特異的に結合する様子を再現できました。この反応系から、PHAXのU snRNAへの効率的な結合にはATPが必要であることがわかりました。RNAヘリカーゼの活性がATPに依存することから、PHAXのRNA結合にRNAヘリカーゼが関与している可能性が示唆されました。これを検証するため、PHAXとATPの両方と相互作用する因子を核抽出液から探索した結果、RNAヘリカーゼUAP56(別名DDX39B)を特定しました。実際に、UAP56および相同性の高いURH49(DDX39A)、それぞれの精製組換えタンパク質はPHAXのRNA結合を増強しました。
核抽出液中でPHAXとUAP56は相互作用しましたが、精製したタンパク質どうしの直接結合は確認できませんでした。これにより、両者の橋渡しを行う因子の存在が推測されました。橋渡し因子を核抽出液から単離した結果、TREX複合体と呼ばれるタンパク質複合体の構成因子が複数同定され、そのうちのALYREFがPHAXとUAP56の橋渡し役として機能することがわかりました。UAP56とALYREFはTREX複合体の構成因子であり、mRNA核外輸送に関与することが知られています。PHAXを含む新しい複合体をU snRNA型TREX(uTREX)と名付けました。
UAP56とALYREFがU snRNAの核外輸送にも関与するかは不明でした。そこで、アフリカツメガエルの卵母細胞への顕微注入実験を行った結果、UAP56とALYREFはmRNAだけではなく、U snRNAの輸送にも関与することが明らかになりました。ただし、TREX複合体を介してmRNAに結合することでmRNAを核外輸送するTAP/NXF1タンパク質は、U snRNAの核外輸送には関与しないこともわかりました。これらの結果は、UAP56とALYREFはmRNAの輸送とは異なるメカニズムでU snRNAの輸送に参画していることを示唆しています。
研究成果のポイント
- U snRNA核外輸送RNP形成に寄与するRNAヘリカーゼUAP56とURH49を特定
- PHAXとTREX複合体構成因子からなる新しいタンパク質複合体uTREXを発見
- uTREX構成因子であるUAP56とALYREFが輸送に関与することを実証
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
RNAヘリカーゼのよく知られている生化学的活性には「RNAの二次構造の巻き戻し」と「RNAからのタンパク質の解離」があります。これらの活性により、RNP形成が促進されます。一方、「相互作用タンパク質をRNAに結合させる活性(ローディング活性)」については、これまでほとんど知られていません。本研究で開発した試験管内反応系を利用した一連のアプローチを他のRNP形成にも適用することにより、ローディング活性がRNAヘリカーゼの一般的な活性として認識される可能性があります。
mRNAとU snRNAはともにRNAポリメラーゼⅡによって合成され、その5'末端には共通のキャップ構造が付加され、共通のタンパク質複合体CBCが結合します。このように、mRNAとU snRNAにはいくつか共通点がありますが、成熟過程や機能は大きく違います。本研究で発見したuTREX複合体の全容を解明することは、似た者どうしであるmRNAとU snRNAが、成熟過程でどのように分類されるかを理解する手がかりとなる可能性があります。
U snRNAの変異、発現や成熟化の異常は、神経変性疾患やがん、自己免疫疾患などを引き起こすことが報告されています。本研究成果は、これらの疾患の理解に貢献することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年7月16日(火)に英国科学誌「Nucleic Acids Research」(オンライン)に掲載されました。
なお、本研究は日本学術振興会基盤研究C(21K06016)、学術変革領域研究A「非ドメイン型バイオポリマーの生物学」(21H05276)、科学技術振興機構CREST(JPMJCR20E6)、AMED (21479280)、日本応用酵素協会、成茂動物科学振興基金などの助成を受けたものです。
図1.UAP56によるPHAXローディングのモデル図
UAP56またはURH49(別名DDX39BとDDX39A、図中ではDDX39と表記)はATP依存的にALYREF(図中ALY)を介してPHAXと相互作用する。これらのタンパク質を含むuTREX複合体形成は、DDX39のATP依存的なRNA結合活性に依存してU snRNAに結合する。PHAXがRNA上へロードされた後、PHAX以外のuTREX複合体構成因子はRNAから解離すると考えられる。U snRNA上へロードされたPHAXが輸送因子CRM1-RanGTPをリクルートすることにより、U snRNAはmRNA核外輸送因子TAPではなくCRM1によって核外輸送される。
用語解説
- U snRNA(U small nuclear RNA)
真核細胞の核内に存在する低分子(約150塩基長)のノンコーディングRNA。U snRNAは特定のタンパク質と結合し、U snRNPという複合体を形成する。U snRNPはスプライソソームの重要な構成因子であり、mRNA前駆体のスプライシングを行う。主要なU snRNAはU1、U2、U4、U5、U6。U6はRNAポリメラーゼⅢによって合成され、核内に留まる一方、他のU snRNAはRNAポリメラーゼⅡによって合成され、細胞質へ輸送された後、再び核内に戻り、機能を持つU snRNPとして機能する。 - RNP(ribonucleoprotein complex)
RNAとタンパク質との複合体。異なる種類のRNAは特定のタンパク質群と複合体を形成する。たとえRNAが同じ種類であっても、プロセシング過程や細胞内局在によって結合するタンパク質の組み合わせが異なる。適切なRNP形成がRNAの成熟化や機能に重要である。 - RNAヘリカーゼ
RNAの二次構造をほどく酵素の総称。ATP結合、ATP加水分解、RNA結合などの活性を有する。RNAヘリカーゼは転写、RNAプロセシング、翻訳、RNA分解など、様々な遺伝子発現の転写後調節やRNA代謝の過程に関与する。原核細胞、真核細胞だけではなく、独自のRNAヘリカーゼをコードするウイルスも存在する。ヒトでは機能未知のものを含めて70種類ほど。 - RNA核外輸送
真核細胞は核膜によって核と細胞質に分断されている。核内で合成されたRNAがタンパク質合成に関与し、成熟するためには、細胞質へ輸送される必要がある。この過程で、RNAは輸送タンパク質群と複合体を形成し、この複合体が核膜を貫通する核膜孔を通過することによって、RNAは細胞質に輸送される。RNAの種類によって輸送を行うタンパク質の組み合わせが異なる。さらに、輸送タンパク質は単にRNAを輸送するだけではなく、輸送後のRNAの局在や機能に影響を与えることがわかっている。すべてのRNAが核外輸送されるわけではなく、核内に留まるRNAも多い。 - mRNA前駆体スプライシング
真核細胞では、タンパク質をコードする遺伝子の大部分はイントロンという非コーディング領域によって分断されている。イントロンを含む遺伝子から合成されたmRNA前駆体は、スプライソソームによってイントロンが除去されエキソンどうしが連結されることで成熟したmRNAになる。この過程をmRNA前駆体スプライシングと呼ぶ。
原著論文 | Nucleic Acids Res. (2024) |
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論文タイトル | The RNA helicase DDX39 contributes to the nuclear export of spliceosomal U snRNA by loading of PHAX onto RNA |
著者 | Ichiro Taniguchi (1,2), Tetsuro Hirose (2,3), Mutsuhito Ohno (1)
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PubMed | 39011894 |