ヒトゲノムの繰り返し配列から作られるRNAとその反復のなせる技
原著論文 | EMBO J. (2023) |
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論文タイトル | Satellite RNAs: emerging players in subnuclear architecture and gene regulation |
研究室サイト | RNA生体機能研究室〈廣瀬 哲郎 教授〉 |
概要
大阪大学大学院生命機能研究科の二宮賢介特任講師、山崎智弘特任講師、廣瀬哲郎教授(大学院理学研究科、先導的学際研究機構兼任)の研究グループは、ヒトゲノム内の繰り返し配列で構成されたサテライト領域から生み出されるサテライトRNAに関する最新の知見をまとめた総説を発表しました。
ゲノムには、サテライトDNA配列と呼ばれる同じ配列の繰り返しで構成された領域が存在し、ヒトゲノムでは特に長大な領域(ゲノム全体の約5.7%)を占めています。このサテライト領域からは繰り返し配列を豊富に含んだ様々な長鎖非コードRNA(サテライトRNA)が転写されています。ヒトゲノムの解読は2000年代初頭に概ね完了していましたが、繰り返し配列で構成されたサテライト領域は、解読が技術的に困難なこともあり、未解読のままでした。そのため、サテライトRNAの正確なゲノム上の設計図情報は不明のままでしたが、2022年初頭に、ついに繰り返し配列を含むヒトゲノムの完全長配列が決定されました。
本総説では、この最先端の知見であるヒトゲノム完全長配列の情報を踏まえて、ヒトゲノムのサテライト領域から発現するRNAを分類し概説しています。さらには、サテライトRNAのひとつであるHSat3長鎖非コードRNAについて、研究グループが近年明らかにした機能と役割について解説しています。HSat3は、5塩基の短い繰り返し配列を無数に持つRNAで、細胞が熱ストレスに曝されると転写され、100種類以上のRNA結合タンパク質と結合・集積し、相分離を促すことで、核内ストレス体と呼ばれる核内非膜オルガネラを形成します。温度が正常に戻ると、核内ストレス体の内部でHSat3の繰り返し配列は2つの異なる遺伝子発現制御機構の足場となり、遺伝子発現を制御することが分かっています。
サテライトRNAのような単純な繰り返し配列を持つRNAの多くは、その配列特異的に結合する分子を高度に集積することができ、その特性は非膜オルガネラ形成や遺伝子発現制御において有効に働くと考えられてきました。それだけではなく、HSat3のように、共通の繰り返し配列が作動原理の異なる2種類の遺伝子発現制御機構の両方の足場になることが明らかになり、これらのRNAの繰り返し配列は私達が思い描いていた以上の巧妙さを秘めていることがうかがえます。さらに、異常伸長した繰り返し配列を持つリピートRNAを原因とする疾患(リピートRNA病)について概説し、その発症機構の解明や治療法の開発にも、サテライトRNAの研究で培われた知見や研究手法が有効であることを提言しています。
研究の背景
サテライト領域の発見は1961年と古く、ゲノム断片を密度勾配遠心法という手法で遠心分離した時に、ゲノムの大多数と異なる密度を持つ小画分として発見され、その性質にちなんでサテライト(衛星)領域と命名されました。サテライト領域の実体は、繰り返し配列で構成されたゲノム領域であり、その繰り返し単位の長さや配列パターンによって、数種類に分類されてきました。
その後、分子生物学的解析手法の発展に伴って、これらのサテライト領域から様々な長鎖非コードRNA(サテライトRNA)が産生されていることが明らかになりました。これらのサテライトRNAには、恒常的に発現しているものや、がん、加齢、環境ストレスなどによって誘導されるものなどが存在します。
これらのRNAはサテライト配列に由来する繰り返し配列に富み、細胞内で特異的な非膜オルガネラに局在し、場合によっては、その形成自体を促します。非膜オルガネラは、その内部に特定の分子を濃縮する、構造体外部から隔離するなどの活性を持ち、その特性によって、細胞内の構造再編や生化学反応の制御を担っており、特に近年、研究が盛んに行われています。また、神経変性疾患など様々な疾患の一因として、遺伝子中の繰り返し配列が異常に伸長した結果、長大な繰り返し配列を持つ有害なRNAが産生することが知られており、繰り返し配列を持つRNAの機能は、疾患研究の観点からも注目を集めています。
研究成果のポイント
- ヒトゲノムには様々なタイプの連続する繰り返し配列(リピート)で構成された領域(サテライト領域)が存在し、ヒトゲノム全体の約5.7%を占めている。
- これまで未解読だったサテライト領域を含むヒトゲノムの全配列が最近解読された。
- サテライト領域からは、多彩な機能を持った様々なリピートRNA(サテライトRNA)が転写される。
- サテライトRNAの機能解明は、異常伸長した繰り返し配列を持つRNAが原因となる疾患(リピートRNA病)の原因究明や治療法開発にも役に立つと考えられる。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
ゲノムのサテライト領域から産生されるサテライトRNAが、様々な非膜オルガネラの相分離による形成や機能を担い、遺伝子発現等を制御することが分かってきました。これらの研究は、近年のヒトゲノムの完全解読による情報基盤の整備と共に、今後さらに発展していくと考えられています。また、異常伸長した繰り返し配列を含むRNAを原因としたリピートRNA病の研究においても、サテライトRNAがモデル系として重要性を増していくことが期待されます。本総説は、幅広い生命科学分野の研究者が、「サテライトRNAとは何か」を理解するための道標となることが期待されます。
研究者のコメント
ゲノム中のジャンクDNAの象徴であったサテライトDNAがRNAに転写されること、さらにこうして転写されたサテライトRNAが多彩な制御機能を果たしていることが、近年次々と明らかにされてきています。「ゲノム配列には無駄なところはない」ということを改めて認識させられます。(廣瀬哲郎)
特記事項
本研究成果は、2023年8月1日に欧州科学誌「TheEMBOJournal」(オンライン)に掲載されました。

サテライトRNAの概要
(A)サテライト領域のゲノム上の配置
代表的なヒトゲノムのサテライト領域としてセントロメア近傍に存在する4種類のサテライト領域の模式図を示す。各三角形はリピート配列ユニットを示す。
(B)様々なサテライトRNAの概要
4種類のヒトサテライトRNAの局在・作用機構に関して明らかになっていることを模式図として示す。
用語解説
- サテライト領域
ゲノム中の巨大なタンデムリピートの繰り返しから構成されるタンパク質情報を持たない領域である。セントロメアの機能の重要な役割を担っており、構造的には不活性化クロマチンの主要な構成要素である。 - セントロメア
染色体の長腕と短腕が交差する部位で、多くの染色体のほぼ中央に位置する。細胞分裂時に紡錘体が結合する場として働く。 - 長鎖非コードRNA
ゲノムから多数合成される、200塩基以上の長さを持つタンパク質情報を持たないRNAの総称。タンパク質を作る情報を持つmRNAとは異なり、RNA分子自体が様々な機能を持つ。 - HSat3
セントロメア傍領域に存在し特有の繰り返し配列からなるサテライト領域の一種、ヒトゲノムの約1.5%を占める。通常は不活性化クロマチンからなるが、熱などのストレス条件で活性化クロマチンに変化して転写されことが知られている。 - 熱ストレス
身体が生理的障害なしに耐え得る限度を上回る暑熱条件。 - 相分離
特定の分子が集まり、液体・気体・固体・ゲルなどといった状態で濃度の異なる分離した相を作る物理現象。細胞内では、この相分離現象が広範に起こっており、生命活動に必須の役割を持つことがわかりつつある。 - 核内ストレス体
熱ストレスによって形成される霊長類細胞特有の核内構造体で、後述のHSat3ノンコーディングRNAを骨格として形成される。HSat3RNA上に100種類以上のタンパク質が集積することによって形成され、温度が正常化した後のストレス回復期に遺伝子発現制御を行う。 - 非膜オルガネラ
古くから知られている脂質膜に包まれた細胞内オルガネラとは異なる、膜に包まれていないオルガネラの総称。 - リピートRNA病
特定の塩基配列の繰返しの異常伸長により引き起こされる疾患群を,総称してリピート病とよび、その中で特に転写されたリピート配列に富むRNAに起因する疾患をリピートRNA病と呼ぶ。 - 密度勾配遠心法
溶液中の高分子を遠心分離し、遠心力と分散力によって遠心管中に濃度勾配(すなわち密度勾配)を作り出して分離する技術。
原著論文 | EMBO J. (2023) |
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論文タイトル | Satellite RNAs: emerging players in subnuclear architecture and gene regulation |
著者 | Kensuke Ninomiya (1), Tomohiro Yamazaki (1), Tetsuro Hirose (1, 2)
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PubMed | 37526230 |