骨髄の線維化を抑制している遺伝子を同定
血液を生みだす微小環境「造血幹細胞ニッチ」の全貌の解明へ
原著論文 | Nat. Commun. 13(1):2654 (2022) |
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論文タイトル | Runx1 and Runx2 inhibit fibrotic conversion of cellular niches for hematopoietic stem cells |
研究室サイト | 幹細胞・免疫発生研究室〈長澤 丘司 教授〉 |
概要
大阪大学大学院医学系研究科の尾松芳樹准教授、長澤丘司教授(幹細胞生物学)(生命機能研究科/免疫学フロンティア研究センター)らの研究グループは、造血幹細胞を維持する微小環境である「造血幹細胞ニッチ」を構成するCAR細胞で骨髄の線維化を抑制し、造血幹細胞ニッチを維持する転写因子を同定しました。
骨髄に存在するCAR細胞は造血幹細胞ニッチを構成する中心的な細胞で、骨髄線維症において線維芽細胞に変化すると考えられていますが、これに関与する転写因子は不明でした。
今回、研究グループは、転写因子Runx1とRunx2がCAR細胞の線維芽細胞への変化を抑制していることを明らかにしました(図1)。これらの知見は、骨髄の線維化を抑制するという造血幹細胞ニッチを維持する新しい分子機構を明らかにし、骨髄線維症の発症メカニズムの解明に貢献します。
研究の背景
全身を循環する血液細胞は骨髄という骨の中心部分にあいた空間で産生されており、骨髄には全ての血液細胞を生み出す造血幹細胞が存在しています。造血幹細胞はニッチと呼ばれる特別な微小環境によって維持されていると考えられてきましたが、その実体は長年不明でした。
長澤教授の研究グループでは、これまでに造血幹細胞ニッチを構成する中心的な細胞として、CAR細胞を特定し、造血幹細胞ニッチの形成と維持には、CAR細胞で特異的に高発現する転写因子Foxc1およびEbf3が必須の役割を果たすことを明らかにしました。CAR細胞においてFoxc1は脂肪細胞への分化を抑制し、Ebf3は骨芽細胞への分化を抑制し、いずれも造血幹細胞の維持に必須であるサイトカインCXCL12とSCFの発現を促進することが示されています(図1)。
一方、様々な造血器腫瘍で造血を障害し予後不良とする骨髄線維症においては、CAR細胞が線維芽細胞に変化すると考えられていますが、その分子機構は、PDGF受容体の関与の他、十分明らかではありません。
本研究の成果
研究グループは、造血幹細胞の発生に必須の転写因子Runx1と骨芽細胞の発生に必須の転写因子Runx2が、CAR細胞で高発現していることを見出しました。そこでRunx1とRunx2のCAR細胞における機能を明らかにするために、Runx1またはRunx2のどちらか片方をCAR細胞で欠損させたマウスを解析したところ、正常なCAR細胞が形成、維持されました。ところが、Runx1とRunx2の両方をCAR細胞特異的に欠損させたマウスでは、骨髄の血液細胞が著減し、造血幹細胞、前駆細胞および分化細胞が著減していました(図2A)。また、CAR細胞を分離して解析したところ、CAR細胞では、線維芽細胞で高発現するIII型コラーゲン、VI型コラーゲン遺伝子の発現が著しく増加していました。そこで組織学的解析を行ったところ、骨髄の至る所で、線維化の際、線維芽細胞が産生する好銀線維が著しく増加していました(図2B)。
培養したCAR細胞では、Runx1またはRunx2を強制発現させるとIII型コラーゲン、VI型コラーゲン遺伝子の発現が低下しました。さらに、骨髄細胞でトロンボポエチン遺伝子を強制発現させた原発性骨髄線維症モデルマウスでは、CAR細胞のRunx1とRunx2の発現が低下していました。
以上より、転写因子Runx1とRunx2が、CAR細胞の線維化を抑制することにより、造血幹細胞ニッチを維持していることが示唆されました。
研究成果のポイント
- 骨髄の線維化ではCAR細胞が線維芽細胞へと変化するが、これに関与する転写因子はこれまで不明であった
- 骨髄造血が著しく障害される線維化を抑制している転写因子としてRunx1とRunx2を同定
- Runx1とRunx2は、骨髄線維症の発症に関与し、新規の診断法や治療法の標的となる可能性が期待される
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、CAR細胞の線維化を抑制し、造血幹細胞ニッチを維持する転写因子が明らかになりました。また骨髄線維症においてはCAR細胞でRunx1/2の発現が低下することがその進展に重要である可能性があり、Runx1/2が新たな治療標的となる可能性があります。
特記事項
本研究成果は、2022年5月12日(木)18時(日本時間)に米国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
なお、本研究は、文部科学省日本学術振興会科学研究費助成事業(18H03998、17H05643、19K06688、16H06232)などの支援により行われました。
図1.CAR細胞に発現する転写因子とその機能
Runx1/2はCAR細胞の線維芽細胞への分化を抑制する。
図2.Runx1とRunx2をCAR細胞で欠損させたマウスでは骨髄が著しく線維化し造血が障害された
(A)骨髄細胞数と造血幹細胞数(B)骨髄組織の鍍銀染色像
用語解説
- CAR細胞
造血幹細胞と造血のニッチを構成する中心的な細胞で、CXCL12(ケモカインファミリーに属するサイトカインの一種)を高発現する細網細胞(CXCL12-abundant reticular cells;CAR cells)として長澤教授らによって発見、命名された。CAR細胞は造血幹細胞と接着する長い細胞突起を持ち、血液細胞を育てる他に、脂肪細胞や、骨を造る骨芽細胞を供給する骨髄特有の細胞である。 - 転写因子
核のDNAに結合し、mRNAの合成を介して特定のタンパク質の産生を誘導する分子。 - Runx1とRunx2
Runtドメインと呼ばれるDNAとの結合を担うアミノ酸配列を有する転写因子で、Runx1は造血幹細胞の発生に必須であり、Runx2は骨芽細胞の発生に必須である。 - 骨髄線維症
骨髄において、細胞外マトリクスを豊富に産生する線維芽細胞が増加し、造血が低下する疾患。
原著論文 | Nat. Commun. 13(1):2654 (2022) |
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論文タイトル | Runx1 and Runx2 inhibit fibrotic conversion of cellular niches for hematopoietic stem cells |
著者 | Yoshiki Omatsu (1, 2, 3), Shota Aiba (1, 2, 3), Tomonori Maeta (1, 2, 3), Kei Higaki (1, 2, 3), Kazunari Aoki (4), Hitomi Watanabe (5), Gen Kondoh (5), Riko Nishimura (6), Shu Takeda (7), Ung-Il Chung (8), Takashi Nagasawa (1, 2, 3)
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PubMed | 35551452 |