侵略者からゲノムを守る仕組みを解明
転移因子の抑制にSet1は欠かせない
| 原著論文 | EMBO Reports (2026) |
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| 論文タイトル | PIWI proximity proteome reveals Set1-mediated piRNA biogenesis for transposon silencing at telomeres |
| 研究室サイト | 生殖生物学研究グループ |
概要
京都大学大学院生命科学研究科 甲斐歳恵 教授(兼:大阪大学大学院生命機能研究科 教授)、 大阪大学大学院生命機能研究科 井木太一郎 准教授(研究当時、現:京都大学生命科学研究科 特定准教授)、一色和奏 同博士課程学生(研究当時)らの研究グループは、次世代へ受け継がれる生殖細胞のゲノムをトランスポゾン(転移因子)と呼ばれる侵略者から守る分子機構を解明しました。ゲノムにはトランスポゾンが沢山挿入されており、それらの多くは生殖細胞と呼ばれる、種の維持に不可欠な細胞群で活性化します。トランスポゾンの活動が過剰になると、ゲノムは損傷を蓄積して頑健性を失い、生殖細胞は正常に配偶子(卵や精子)を形成できなくなります。種の維持の脅威であるが、ときには役立つトランスポゾンを、生殖細胞はPIWIタンパク質とPIWIと結合するpiRNA監視させ、上手に飼い慣らしています。piRNA経路の解明を目指した本研究は、PIWIと相互作用する因子をショウジョウバエの卵巣にある生殖細胞で探索し、Set1というヒストン修飾酵素を同定しました。piRNAはゲノムの特定の場所から産生されるのですが、Set1がpiRNAの産生源を確立していることが分かりました。
研究の背景
ゲノムには多かれ少なかれトランスポゾン(転移因子)が含まれています。その名の通り、彼らはゲノムを自由に移動し増殖することができる危なっかしい配列です。ヒトではゲノムの約半分が現役のトランスポゾンや過去の転移の残骸だと言われています。長い歴史の中で、トランスポゾンの活動はゲノムの大規模な変革、新しい遺伝子や制御機構の付与など、生物の進化と多様化に貢献してきました。トランスポゾンは個体の営みを支えもします。しかしながら同時に、トランスポゾンはゲノムの損傷や遺伝子の破壊のリスク要因であり、その過剰な活動は細胞の死や発生の異常に繋がります。
生殖細胞は配偶子(卵や精子)を形成し、次世代へゲノムを継承して種を紡ぐ大事な系列です。その生殖細胞において多くのトランスポゾンが活性化します。それゆえ、生殖細胞はトランスポゾンを監視して継承するゲノムを保護する機構を確立しています。動物の生殖細胞において監視を担う主要な因子は、PIWIタンパク質とpiRNAと呼ばれる短鎖の非コードRNAです。両者は結合して複合体を形成し、その内部でpiRNAはトランスポゾンを標的にする案内役を、PIWIタンパク質は標的を抑制する実行役を担います。しかしながら、どのようにしてpiRNAが発現するのかなど、PIWIとpiRNAの経路はよく分かっていないことが山積みです。
本研究の成果
生殖細胞の中で、piRNAやPIWIタンパク質の近傍には他にどのような因子が存在するのか、それらはどのようにpiRNAの産生やトランスポゾンの抑制に関与するのか。これらの問いに答えて経路の理解を深めようと私たちは考えました。ショウジョウバエをモデルに用い、メスの生殖細胞で発現する3種類のPIWIタンパク質、すなわちPiwi, Aub, Ago3について、それぞれの近傍に存在する因子を近位依存性ビオチン標識法という手法で網羅的に同定することに成功しました(図1)。その結果、ヒトにも保存されているSet1という因子がPiwiの近傍にいることが分かりました。生殖細胞においてSet1をノックダウンすると、piRNAの発現が減弱し、piRNAが抑えていたトランスポゾンが異常に活性化しました。Set1がpiRNAを介したトランスポゾンの抑制に重要な役割を担っていることを示唆します。
Set1はヒストンH3の4番目のリジン残基(H3K4)をトリメチル化するヒストンメチルトランスフェラーゼです。このH3K4me3修飾は一般に転写の開始点付近に導入され、転写の開始を促します。piRNA経路の因子(例えばPIWIタンパク質)をコードする遺伝子群もSet1の制御下にあり、Set1の機能を欠いた生殖細胞では発現が低下していました。この結果だけを考えると、Set1はpiRNA経路を活性化させること自体に必要なのだから当たり前で、トランスポゾン抑制作用は間接的なものではないか、とも考えられます。しかしながら、Set1が抑制するトランスポゾンはテロメア(染色体の末端)に局在するものなどに選択的で、それらはPiwiが抑制する対象と一致しますが、Aubの抑制対象とは一致しません(つまりSet1を欠いた生殖細胞でpiRNA経路の全体が不活性化したとは考えにくい)。さらに、Set1の酵素活性がトランスポゾンの抑制には必須でないことも判明しました。トランスポゾンを直接的に抑制する隠れた機能がSet1にあるのではないかと考えるようになりました。
Set1の隠れた機能とは何でしょうか。テロメアのトランスポゾンを標的にするpiRNAはテロメアの付近か ら産生されます。テロメアの付近にはトランスポゾンの残骸、断片化した3'末端側の配列が残されていました。CUT&Tag法を用いたゲノムワイドな解析により、Set1はトランスポゾンの3'末端付近へ結合することが分かりました(図2)。3'末端付近にはアンチセンス鎖の方向に転写を開始させる活性があることが、テロメアのトランスポゾンなどで報告されています。詳細の解明は今後の課題ですが、結合したSet1がアンチセンスの方向に転写を駆動し、その転写産物からトランスポゾンを標的にするpiRNAが産生されると考えています。ショウジョウバエの生殖細胞において、piRNA前駆体の転写はRhino(Rhi)という因子が指揮します。Set1を欠いた生殖細胞ではRhiがテロメアに局在しなくなりました。PiwiもRhiを制御することが報告されています。近接関係にあるSet1とPiwiが協調してテロメア付近にRhiを集め、piRNA前駆体の転写を活性化するモデルを提示しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
1997年に酵母ではじめて同定されたSet1は、真核生物で広く保存された、転写を促進する因子であることが現在では分かっています。ところが、当時の文献はSet1をテロメアを抑制する因子として報告しています。酵素活性に依存しない機能や、アンチセンス鎖の転写を誘導するはたらきも散見されます。H3K4me3の導入、センス鎖の転写(mRNA前駆体の産生)の促進とは異なる機能も、酵母やショウジョウバエを超えて幅広い生物種で保存されているのかもしれません。本研究の成果は、ヒトのトランスポゾンやテロメアの制御機構に新たな視点を加え、関連する疾患の解決に光明を与える可能性を秘めています。
どのようにしてSet1はトランスポゾンの3'末端付近に結合するのでしょうか。なぜ3'末端への結合がpiRNAの産生やトランスポゾンの抑制に繋がるのでしょうか。研究を継続して現在のモデルを検証し、Set1のトランスポゾン抑制能を分子や構造のレベルで理解したいと考えます。Set1は巨大なタンパク質です。C末端側にはH3K4me3の導入を担うSETドメインを、N末端側にはRNAと結合しうるRRMドメインを保持しており、ドメイン間には非ドメイン領域が広がります。piRNA経路において、Set1のどこにどのような因子が相互作用するのでしょうか。ショウジョウバエの研究からヒトにも通じるコンセプトを導くことが今後も私たちの使命です。
研究者のコメント
研究を開始した当初は、PIWIを修飾する酵素の同定などを期待してPIWI近傍の因子群を探索していました。ところが、期待通りに研究は進まないもので、私たちはSet1と出会い、その解析を進めることになりました。つくづく人智は及びません。私はSet1には目もくれないばかりか、piRNA経路の既知因子であるSetDB1という似た名前の因子が同定されたのだと勘違いする始末でした。経験や知識で曇った眼に目薬をさしながら研究に取り組みます。(井木 太一郎)
特記事項
本研究成果は、国際的な総合科学誌「EMBO Reports」に8月26日に掲載されました。なお、本研究は評価され雑誌の表紙も飾ります。
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(22K06081 26K01938 21H02401 21H05275), 日本学術振興会特別研究員奨励費(23KJ1521), 公益財団法人ライフサイエンス振興財団研究開発助成(J231503018), 公益財団法人武田科学振興財団ライフサイエンス研究助成(J241503007), 公益財団法人内藤記念科学振興財団研究助成(J241503011), 公益財団法人第一三共生命科学研究振興財団研究助成(J241503010), 大阪大学先導的学際研究機構(OTRI RNA-FS)の支援を受けて行われました。

トランスポゾン(侵略者)を狙い撃ちするpiRNAの産生源をSet1がゲノムに確立する。
井木太一郎、ChatGPT (GPT-5.5)

図1 PIWI近接因子の同定と機能解析。核内でPiwiと近接するSet1や、細胞質でAubと近接するHrb27Cがトランスポゾン制御に関与する因子として同定された。Set1について機能解析を進めた。

図2 Set1はトランスポゾンの3'末端付近に結合し、Rhiを呼び寄せ、アンチセンス鎖piRNAの産生を活性化することで、テロメアのトランスポゾンを抑制する。Rhiの呼び寄せるSet1の具体的な機能は今後の研究で解明する必要がある。
用語解説
- 生殖細胞
有性生殖を行う生物において、種の維持に不可欠な細胞系列。メスでは卵巣、オスでは精巣において生殖細胞は維持される。生殖細胞は分化の過程で減数分裂を経て半数体の細胞となり、最終的に配偶子である卵や精子へと成熟する。卵や精子のゲノムは受精を介して次世代へと受け継がれる。 - トランスポゾン
ゲノム上を転移する因子の総称。トウモロコシの粒の色の変異を研究していたBarbara McClintockにより発見された。DNA配列が切り出されて転移するDNAトランスポゾンと、転写されたRNAの逆転写を介して転移するレトロトランスポゾンに大別される。自身が転移に必要な酵素をコードせず、他のトランスポゾンの酵素を利用して転移する非自立型のトランスポゾンも存在する。 - piRNA
PIWI-interacting RNAの略。その名の通り、ArgonauteファミリーのPIWIタンパク質群と結合して複合体を形成する。複合体はRNA-induced silencing complex(RISC)と呼ばれ、様々なサイレンシング現象を引き起こす。piRNAは相補的な配列と塩基対を形成してサイレンシングの標的を定める。因みに、PIWIをコードする遺伝子はショウジョウバエで最初に同定され、欠損変異体の表現型からpiwi(P-element-induced wimpy testis)と命名された。Piwiの相同タンパク質群の総称がPIWIである。 - ヒストン
ゲノムDNAを巻き付けているタンパク質の総称。H2A、H2B、H3、H4がそれぞれ2個ずつ集まってDNA二本鎖を約2周巻き付け、ヌクレオソームという構造をつくる。ヒストンにはさまざまな化学修飾が加わり、その修飾によって周囲のDNA上にある遺伝子の発現が促進されたり、抑制されたりする。 - 近位依存性ビオチン標識法
研究対象の因子(タンパク質など)の近傍に存在する因子群を同定する技術。本研究では、対象のタンパク質にビオチン化酵素を融合させ、融合タンパク質の近傍タンパク質のリジン残基をビオチン化させた。ビオチンで標識されたタンパク質は、ストレプトアビジン担体を用いて精製され、質量分析によって同定できる。 - テロメア
ゲノムDNAを収納する染色体の末端構造。ヒトを含む多くの動物では、テロメラーゼという酵素がテロメア反復配列を付加することで、その長さを維持している。ショウジョウバエのテロメアは特殊で、テロメラーゼを使わず、トランスポゾン(HeT-A, TAHRE, TART)の転移を利用してテロメアを維持する。トランスポゾンが宿主に役立つひとつの例である。テロメラーゼに依存するテロメアにもトランスポゾンは存在し、酵母ではSet1に制御されている。 - CUT&Tag法
標的タンパク質の局在をゲノムワイドに解析する手法。細菌のTn5トランスポゾンに由来するトランスポゼースという酵素を利用する。まず、標的タンパク質に抗体を集合させた後、抗体に結合するProtein A/Gと融合したTn5トランスポゼースをリクルートする。酵素活性により、標的の結合部位の付近の配列にタグが挿入される。タグを利用してライブラリを作成し、ディープシーケンシングで解析すると、標的の局在が分かる。
| 原著論文 | EMBO Reports (2026) |
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| 論文タイトル | PIWI proximity proteome reveals Set1-mediated piRNA biogenesis for transposon silencing at telomeres |
| 著者 | Wakana Isshiki (1), Hiroko Kozuka-Hata (2), Masaaki Oyama (2), Toshie Kai (1, 3), Taichiro Iki (1, 3)
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| PubMed | 42649272 |
