前頭前野外側部の中部〜後部で、脳は“考える”
―最前部「前頭極」説に再考を迫る大規模ニューロン記録―
| 原著論文 | Science Advances (2026) |
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| 論文タイトル | Reversed functional gradient in primate prefrontal cortex: posterior dominance and frontopolar task-related deactivation |
| 研究室サイト | ダイナミックブレインネットワーク研究室〈北澤 茂 教授〉 |
概要
大阪大学大学院生命機能研究科の渡邉慶准教授らの研究グループは、前頭前野外側部のなかでも、最も高次な認知機能を担う領域と考えられてきた最前部の「前頭極」ではなく、むしろ中部から後部の前頭前野外側部が、高次認知課題で強く働くことを明らかにしました(図1)。
これまで、前頭極と後方の前頭前野を同じ課題条件下で、ニューロンレベルで直接比較した研究はほとんどなく、前頭極が本当に高次認知機能の中心なのか、また、前頭前野のどの領域がどのような認知機能を担うのかという具体的な機能地図は、未解明のままでした。
本研究では、サルが複数の高次認知課題を行っているときのニューロン発火活動を、前頭前野外側部の最前部から後方領域までの広い範囲にわたって大規模に記録しました。これらの課題には、二つのことを同時に処理する課題、新しい状況で試行錯誤しながら学習する課題、自ら選んだ行動の結果を評価する課題などが含まれます。
そして、前頭極では、サルが複雑な認知課題に取り組んでいるときに、活動が高まるどころか、むしろニューロン活動が低下することも初めて直接示しました(図2)。この活動低下は、外界の課題に集中して取り組むときには活動が下がり、安静時や内的な思考状態で相対的に活動が高い「デフォルト・モード・ネットワーク」に似た性質を示すものであり、前頭極を「最高次の認知制御領域」とみなす従来の見方に再考を迫る成果です。
本成果は、思考、意思決定、認知制御を支える前頭前野外側部の働きを、ニューロンレベルで捉え直す新たな手がかりとなり、将来的には、ヒトの高次脳機能の進化的理解に加え、精神・神経疾患に関わる前頭前野機能の理解にもつながることが期待されます。
研究の背景
ヒトの思考や意思決定、計画、柔軟な行動制御など、いわゆる高次認知機能の中枢は、脳の前方に位置する前頭前野にあると考えられてきました。しかし前頭前野は、ヒトの大脳皮質の約30%を占める広大な領域であり、その内部にはさらに複数の機能的に異なる領域が存在すると考えられています。
なかでも、「認知機能に特に重要な」前頭前野外側部の中では「前方に行くほど、より抽象的で高次な認知機能を担う」という階層的なモデルが広く想定されてきました。この考え方では、前頭前野の最前部に位置する前頭極が、複数の目標の調整、新しい状況での学習、自ら選んだ行動の評価など、複雑な状況で必要となる高次認知機能を支える中心的な領域であり、より後方の前頭前野を統合・制御する最上位の領域であると考えられてきました。
しかし、サルの前頭極を対象とした神経活動記録研究は限られており、前頭極と後方の前頭前野を同じ課題条件下で、ニューロンレベルで直接比較した研究はほとんどありませんでした。そのため、前頭極が本当に高次認知機能の中心なのか、また、前頭前野のどの領域がどのような認知機能を担うのかという具体的な機能地図は、未解明のままでした。
本研究の成果
研究グループでは、サルに8つの高次認知課題を行わせ、前頭極から後方の前頭前野までの広い範囲から単一ニューロン活動を大規模に記録しました。用いた課題には、「作業記憶」、注意や認知資源の配分、空間情報や物体情報にもとづく行動選択、新しい状況での学習、報酬にもとづく意思決定など、前頭前野が関与すると考えられてきた多様な認知機能が含まれていました。これらの課題中に記録されたニューロン活動を比較することで、前頭前野内のどの領域がどのような認知機能に強く関わるのかを解析しました。
その結果、複雑な認知課題で強く働くのは前頭極ではなく、むしろ後方から中部の前頭前野であることが明らかになりました。後方から中部の前頭前野では、課題に必要な情報を表すニューロンが多く、認知課題の処理が活発に行われていたのに対し、前頭極では課題中にニューロン活動そのものが持続的に低下していました。これにより、前頭極がデフォルト・モード・ネットワーク様の性質をもつことをニューロンレベルで明らかにしました。
研究成果のポイント
- 頭を使って考えたり判断したりするときに働く「脳の司令塔」とされる前頭前野では、最前部に位置する「前頭極」が高次認知機能の中心と考えられてきた。これに対し本研究では、前頭極よりも中部から後部にかけての領域が多くの高次認知課題で強く働き、前頭極では課題中にニューロン活動がむしろ低下することを発見
- これまで、前頭極と後方の前頭前野外側部(がいそくぶ)を同じ条件下かつニューロンレベルで直接比較することは困難だった。本研究では、ニホンザルに、「作業記憶」、2つの課題を同時に行うときの脳内での処理の配分、空間情報や物体情報にもとづく行動選択など、8つの多様で複雑な認知課題を行わせ、前頭極を含む広い範囲から約5,000個の単一ニューロン活動を記録することで、この比較を実現
- 前頭前野外側部は、思考の司令塔であると同時に、気分や精神状態の調節にも関わり、うつ病などに対する脳刺激治療の標的でもある。本成果は、前頭前野外側部の詳細な機能地図をニューロンレベルで示すものであり、精神・神経疾患における前頭前野機能の理解や、将来的な診断・治療研究への発展に期待
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、前頭前野は「前方ほど高次」という単純な階層構造ではなく、サルでは後方から中部の前頭前野が多様な高次認知機能を強く担うという、新たな機能地図が示されました。これは、前頭極を「最高次の認知制御領域」とみなす従来の見方に再考を迫るものです。また、ヒトと共通する前頭前野の基本構造と、ヒトでさらに発達した可能性のある前頭前野機能を区別して考えるための手がかりとなり、ヒトらしい思考や意思決定を支える脳機能が進化の過程でどのように発達してきたのかを理解する上でも重要な知見です。
今後、ヒトの高次認知機能の脳内メカニズムの理解に加え、精神・神経疾患に関わる前頭前野機能の理解にもつながることが期待されます。
研究者のコメント
前頭極は脳の最前部(ちょうど額の真後ろあたり)にあり、分厚い骨で守られているため神経電極で安定してアクセスすることが難しい領域です。さらに、サルに複数の高次認知課題を習得させ、大規模にニューロン活動を記録することにも大きな困難がありました。本研究を、ヒトらしい思考や精神疾患に関わる前頭葉機能の理解につなげたいと思います。(渡邉 慶)
特記事項
本研究成果は、2026年7月18日(土)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。
なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費:18K03197、24K00506)および内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の支援を受けて実施されました。また、大阪大学大学院医学系研究科の平田雅之教授および情報通信研究機構(NICT)の鈴木隆文主任研究員の協力を得て行われ、ニホンザルは文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」より提供を受けました。

図1. 前頭前野外側部の位置(左)と、本研究で明らかになった機能分化(右)

図2. 課題中に活発になる中部~後部前頭前野と、活動が低下する前頭極
用語解説
- 前頭前野外側部
前頭前野は、脳の前方に位置し、思考、意思決定、計画、柔軟な行動制御などの高次認知機能に関わる領域である。前頭前野は大きく、外側部、内側部、眼窩部に分けられる。本研究では、このうち脳の外側面に位置する前頭前野外側部に着目した。 - デフォルト・モード・ネットワーク
安静時や内省的な思考をしているときに比較的活動が高く、外界の課題に集中しているときには活動が低下する脳領域のネットワーク。ヒトでは前頭前野内側部、後部帯状皮質、頭頂葉内側部などが含まれる。本研究では、前頭極のニューロン活動が課題中に低下するという点で、このネットワークと似た性質を示すことが明らかになった。 - 作業記憶
目標を達成するために必要な情報を一時的に保持し、それを使いながら判断や行動を組み立てる脳の働き。料理の段取りを考えながら作業を進める、複雑な仕事で複数の小目標を適切な順序に並べて大きな目標を達成するなど、状況に応じて柔軟に行動を組み立てる場面で重要となる。
| 原著論文 | Science Advances (2026) |
|---|---|
| 論文タイトル | Reversed functional gradient in primate prefrontal cortex: posterior dominance and frontopolar task-related deactivation |
| 著者 | Kei Watanabe (1, 2, 3), Masayuki Hirata (2, 3), Takafumi Suzuki (1, 3)
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| PubMed | 42467768 |
