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動物ごとに異なる脳の作られ方の秘密を発見

脳の進化は、“時間の使い方”で決まっていた

原著論文 EMBO J. (2026)
論文タイトル Interspecific diversity in the neuronal composition of the mammalian cortex arises from heterochrony in neurogenesis
研究室サイト ヒト進化・機能ゲノミクス研究室〈鈴木 郁夫 教授〉
概要

大阪大学大学院生命機能研究科の山内優季助教とX. D. Sheu特任研究員(常勤)、鈴木郁夫教授らの研究グループは、東京都医学総合研究所の隈元拓馬主席研究員、熊本大学発生医学研究所の畠山淳准教授・竹本(佐藤)晴香学術振興会特別研究員 (RPD)、東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻のRouillard Pauline氏・Tarfder Rafat氏、同 定量生命科学研究所のBilgic Merve助教・岸雄介准教授、同 大学院理学系研究科 生物科学専攻/ニューロインテリジェンス国際研究機構の榎本和生教授、京都大学 高等研究院/大学院医学研究科の出口崇人氏、同 高等研究院/大学院医学研究科/白眉センターの中村友紀特定准教授らとの共同研究において、動物ごとの脳の細胞構成の違いが、神経前駆細胞の発生過程における「時間制御」の違いによって生み出されることを世界で初めて明らかにしました。
さらに、ラットでは早期の脳発生プロセスがマウスなどの他の動物よりも長く維持されることで、大脳皮質の細胞構成が変化すること、そしてその背景には神経幹細胞を若い状態で保つ働きのあるWntシグナルの活性制御の進化が関与することを発見しました。
これまで哺乳類の大脳皮質は、基本的な発生プログラムを共有していることが示されてきましたが、動物種ごとの細胞構成の違いがどのように生じるかについてはほとんど理解されていませんでした。
今回研究グループは、複数の哺乳動物の脳構造の組織観察、神経前駆細胞クローン解析、誕生日解析、シングルセルRNAシーケンス解析を組み合わせて比較することにより、神経前駆細胞内部の「時間の進み方」が種ごとに異なることを解明しました。
これにより、脳進化の基本原理の理解に加え、神経発達疾患や再生医療研究への応用が期待されます。

研究の背景

これまで、哺乳類の大脳皮質は種類の異なるニューロンが複数の層を作り、発生過程において、神経前駆細胞がより下の層のニューロンから順番に生み出すこと、そしてこの発生様式が多くの哺乳動物の間で保存されていることが知られていました。その一方で、動物種により各種ニューロンの構成比が歴然と異なり、それが動物種固有の脳機能の基盤になっていることも報告されています。しかし、このような種ごとの脳構造の違いが、発生過程のどのような仕組みによって生じるのかについては未解明でした。

本研究の成果

研究グループは、クローン解析、誕生日解析、シングルセルRNAシーケンス解析を組み合わせた比較発生学的解析により、ラットにおいて下層ニューロンが多く産生される仕組みを解明しました。これは、ラットでは神経前駆細胞がより「若い」状態で長期間維持されることで、若い時期に生み出される下層ニューロンがマウスより多くなる一方、下層ニューロン産生後の「老いた」状態で経過する時間には種差がないため、上層ニューロン数の種差が小さいことを示すものです。
さらに、Wntシグナル関連遺伝子の発現制御が、種特異的な神経前駆細胞の「老化速度」を調節していることを見出し、哺乳類における脳進化メカニズムの理解につながる成果を得ました。

研究成果のポイント
  • 動物ごとの脳構造の種差がニューロンを生み出す幹細胞の「老化速度」の違いによって生じることを発見。
  • これまで、動物個体を用いて進化の仕組みを調べることは困難だったが、身近な実験動物にも進化の特徴が見出されたことで、脳進化の仕組みを詳しく調べることが可能に。
  • 脳進化の仕組みの理解が進むことで、ヒトを含む多様な動物の環境適応の理解につながり、ヒト特有の脳機能の成り立ちや、発達障害・神経疾患の発症機構の解明、再生医療への応用に期待。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、脳がどのように進化し、動物種ごとに異なる神経回路を獲得してきたのかという基本原理の理解が進むことが期待されます。さらに、神経細胞を作る「時間制御」の仕組みを明らかにしたことで、発達障害や神経発生疾患の発症メカニズムの理解、ヒト脳オルガノイドを用いた研究、さらには再生医療や人工脳組織作製技術への応用にもつながることが期待されます。

研究者のコメント

この研究はコロナ禍で研究室への出入りですら困難だった頃に開始し、当初の計画からは大きく予定変更し、最終的にとても興味深い発見に繋がりました。マウスやラットは身近な実験動物ですが、それぞれの動物がどのような機構で現在の姿に進化したのかはほとんど誰も関心を持っていません。そんな実験動物でも、生体脳でのクローン解析など、丁寧に大量の実験データを積み重ねることで、脳進化の重要な原理を解明することができたと考えています。(鈴木郁夫)

特記事項

本研究成果は、欧州科学誌「The EMBO Journal」に、5月22日(金曜日)18時(日本時間)に公開されました。

なお、本研究は、文部科学省卓越研究員事業、JST創発的研究支援事業、AMED-PRIME 「健康・医療の向上に向けた早期ライフステージにおける生命現象の解明」、日本分子生物学会 富澤基金による若手研究助成、武田科学振興財団 ライフサイエンス研究助成、セコム科学技術振興財団 挑戦的研究助成の一環として行われ、東京都医学総合研究所の隈元拓馬主席研究員、熊本大学発生医学研究所の畠山淳准教授・竹本(佐藤)晴香学術振興会特別研究員 (RPD)、東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻のRouillard Pauline氏・Tarfder Rafat氏、東京大学 定量生命科学研究所のBilgic Merve助教・岸雄介准教授、大学院理学系研究科 生物科学専攻/ニューロインテリジェンス国際研究機構の榎本和生教授、京都大学 高等研究院/大学院医学研究科の出口崇人氏、京都大学 高等研究院/大学院医学研究科/白眉センターの中村友紀特定准教授らの協力を得て行われました。

図1 本研究の概要 神経幹細胞でWntシグナルが働く期間の違いによってニューロン産生のタイミングが変化し、種ごとに異なる大脳皮質の細胞構成が生じることを明らかにした。

用語解説
  1. 大脳皮質
    脳の最も表面を覆う領域で、多様な感覚情報を統合し、思考、記憶、感覚、運動など高次脳機能を担う。
  2. Wntシグナル
    細胞の増殖や分化等のプロセスを制御する重要な細胞間情報伝達機構。
  3. 神経前駆細胞
    将来的にニューロンやグリア細胞へ分化する、発生途中の細胞。
  4. クローン解析
    1個の前駆細胞から生じた子孫細胞集団を追跡し、細胞の運命や分化過程を調べる解析手法。
  5. 誕生日解析
    細胞がいつ生まれたかを標識して調べることで、ニューロンの産生時期を解析する方法。
  6. シングルセルRNAシーケンス解析
    1細胞ごとの遺伝子発現状態を網羅的に調べる解析技術。
  7. 下層ニューロン
    大脳皮質の内側(深い層)に存在する神経細胞。主に脳の遠くの領域へ情報を送る役割を持つ。
  8. 上層ニューロン
    大脳皮質の外側(浅い層)に存在する神経細胞。他の皮質領域との情報伝達に関与する。
  9. 脳オルガノイド
    ヒトiPS細胞などから作製される、脳組織の特徴を部分的に再現した培養組織。
原著論文 EMBO J. (2026)
論文タイトル Interspecific diversity in the neuronal composition of the mammalian cortex arises from heterochrony in neurogenesis
著者

Yuki Y. Yamauchi (1, 12), Xuanhao D. Sheu (1, 12), Rafat Tarfder (2), Takuma Kumamoto (3), Jun Hatakeyama (4), Haruka Sato (4), Pauline Rouillard (2), Merve Bilgic (5), Shuto Deguchi (6, 7), Tomonori Nakamura (6, 7, 8), Yusuke Kishi (5, 9, 10), Kazuo Emoto (2, 11), and Ikuo K. Suzuki (1)


  1. Laboratory of functional genomics for human evolution, Graduate School of Frontier Biosciences, The University of Osaka.
  2. Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
  3. Developmental Neuroscience Project, Department of Basic Medical Sciences, Tokyo Metropolitan Institute of Medical Science, Tokyo, Japan.
  4. Department of Brain Morphogenesis, Institute of Molecular Embryology and Genetics, Kumamoto University, Kumamoto, Japan.
  5. Laboratory of Molecular Neurobiology, Institute for Quantitative Biosciences, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
  6. Institute for the Advanced Study of Human Biology (WPI-ASHBi), Kyoto University, Kyoto, Japan.
  7. Department of Anatomy and Cell Biology, Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan.
  8. The Hakubi Center for Advanced Research, Kyoto University, Kyoto, Japan.
  9. Laboratory of Molecular Biology, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
  10. Division of Aging Biology, Research Institute for Science and Technology, Tokyo University of Science, Chiba, Japan.
  11. International Research Center for Neurointelligence, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
  12. These authors contributed equally: Yuki Y Yamauchi, Xuanhao D Sheu.

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