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卵子にDNA溶液を注入することで人工細胞核の構築に成功

細胞核の機能獲得メカニズムの一端を明らかに

原著論文 Genes Cells (2024)
論文タイトル Reconstruction of artificial nuclei with nuclear import activity in living mouse oocytes
概要

近畿大学生物理工学部・大学院生物理工学研究科の山縣一夫教授、大学院生の米澤直央さん(博士後期課程1年)、慶應義塾大学医学部電子顕微鏡研究室の信藤知子技術員、東京工業大学科学技術創成研究院の小田春佳博士研究員(研究当時)、木村宏教授、大阪大学大学院生命機能研究科の平岡泰招へい教授、原口徳子特任教授の研究グループは、精子の代わりに精製したDNA溶液を生きたマウス卵子に注入することにより、人工細胞核を構築することに世界で初めて成功しました。

これまで、マウス卵子内において人工細胞核の部分的構造の再構築は可能だったものの、機能を正確には再現できていませんでした。本研究では、細胞の核として機能させるために必要な条件も見出しました。本研究成果は、細胞核の機能獲得に必要なメカニズムを明らかにするとともに、絶滅動物の復活や人工的な生命の創生などにつながることが期待されます。

研究の背景

細胞内にある核は、遺伝情報であるゲノムDNAが入っており、DNA複製や転写などほぼ全ての生命現象に関わる重要な細胞小器官です。しかし、核の構造と機能が構築されていく過程や、核が形成されるために必要な要因などについてはあまり研究が進んでおらず、未だに不明な点が多いのが現状です。

これまでの細胞の核形成に関する先行研究の多くは、カエルの卵母細胞の抽出物を用いており、細胞が生きたままの状態で核を観察することができませんでした。そこで、研究グループは、先行研究においてDNAビーズをマウスの受精卵の細胞内に導入し、ライブセルイメージングにより細胞を生きたまま観察することで、核の構築メカニズムの解明に取り組んできました。その結果、DNAが特定の構造をとり、核として必要な核膜や核膜孔複合体を形成する様子を人工的に再現することに成功しました。しかし、マウス受精卵内で構築した核に似た構造体は、核に本来ある核と細胞質の間の物質輸送能力を持っておらず、核の機能を完全に獲得した構造の構築は達成できていませんでした。

本研究の成果

研究グループは、哺乳類の卵子内で人工的に細胞核をつくりだすことで、核構築のメカニズムや、核を形成するための必要最低条件を調べることをめざし、研究に取り組みました。

先行研究の結果をふまえ、卵子に導入するDNAの種類や長さ・濃度、導入方法、注入時期を詳細に検討することで、物質輸送能力を持つ人工細胞核が再構築されるかを評価しました。

その結果、精製したDNA溶液を精子の代わりに注入することで受精のような過程が進行し、本物の核に非常に似た構造を構築できることがわかりました。また、DNAの長さや濃度により、注入したDNAの挙動が異なることもわかり、最適なDNAの長さと濃度を明らかにしました。

DNA溶液を注入した胚を観察した結果、注入したDNAがヌクレオソーム構造を形成していること、注入したDNAの周囲に本物の核と似た核膜と核膜孔複合体ができていること、そして、核として必要な物質輸送能力があることなどを確認できました。また、ライブセルイメージングで観察したところ、注入したDNAが核膜孔複合体を獲得する様子を世界で初めて捉えました。

本研究により、核輸送能力がある人工の核をつくりだすことに成功し、今後さらに研究を進めることで完全な人工細胞核を作製できれば、絶滅動物の復活や人工的な生命の創生などにつながることが期待されます。

研究成果のポイント
  • 精製したDNA溶液を生きたマウス卵子に注入することにより、人工的な細胞核をつくりだすことに世界で初めて成功
  • 作製した人工細胞核は、本物の核に非常に似た構造を形成しており、核と細胞質間の物質輸送能力を持つ
  • 本研究成果は、今後絶滅動物の復活や人工的な生命の創生などにつながると期待される
本研究の詳細

研究グループが先行研究で試みた、マウス受精卵内にDNAビーズを導入する方法で再構築した核様構造は、ヌクレオソーム構造や核膜・核膜孔構造を有しており、また、これまでに核構築に関わるとされるさまざまな分子も通常の核と同様に存在していました。それにも関わらず、核と細胞質間の物質輸送能力を欠いていました。この原因として、特定の分子の欠乏というよりは、DNAの量や長さ、DNAの注入タイミングといった物理化学的因子のミスマッチが考えられました。そこで研究グループは、細かく条件設定がしやすい精製DNA溶液を用いて、検討を行いました。

マウス卵子へのDNA注入法の確立

マウス卵子内でDNAから人工細胞核を作製するためには、卵子細胞質中にDNAを注入する必要があります。マウス卵子へのDNA注入法は、マイクロインジェクション技術を用いました(図1)。DNAはDNAビーズとしてではなく、DNA溶液として注入し、核様構造を形成するために必要なDNAの長さ・濃度・時間の条件を検討しました。その結果、少なくとも長さ48.5kbp(キロベースペア)以上で、濃度100ng/µLであれば卵子内で拡散せず、本物の核に酷似した形態を持つ核様構造になることがわかりました。また、注入されたDNAの挙動はDNAの長さや濃度により異なることがわかりました。さらに、天然の核に酷似した核様構造を構築するためには、DNAを注入するタイミングが重要であり、卵子の細胞周期のうち、分裂終期を通過する条件に注入をすればよいことも明らかになりました。

注入したDNA周囲へのヌクレオソーム構造の観察

核輸送を行う核タンパク質のなかに、ヌクレオソームに結合するRCC1があります。つまり、注入したDNAが核輸送能力を獲得するためには、注入DNA上にヒストンタンパク質が集積し、ヌクレオソームの構造を形成する必要があります。免疫染色法により確認した結果、注入したDNA上にヒストンタンパク質の集積を確認しました。次に、ヌクレオソームを形成していることの指標となるタンパク質であるRCC1-EGFPについて、ライブセルイメージングを用いて確認しました。さらに、別のヌクレオソーム結合プローブであるJF646-LANAも用いて確認しました。その結果、注入したDNA上でそれぞれのタンパク質のシグナルを検出することができました(図2)。以上の結果から、マウス卵子内に注入したDNAは、ヌクレオソームを形成していることがわかりました。

DNA周囲の核膜および核膜孔複合体構造の観察

核輸送は、核膜上に多数点在する核膜孔複合体と呼ばれる穴を通じて行われます。つまり、注入したDNAが核輸送能力を獲得するためには、核膜と核膜孔複合体を形成している必要があります。これらの構造の有無を確かめるために、まずは電子顕微鏡観察を行いました。その結果、注入したDNAの周囲に本物の核と酷似した核膜と核膜孔複合体が観察されました(図3a)。さらに、核膜孔複合体を構成するタンパク質や核膜タンパク質が存在するかを、免疫染色により確かめたところ、注入したDNAを取り囲むように、それらの存在が観察されました(図3b)。また、核膜孔複合体を構成するタンパク質をライブセルイメージングにより観察したところ、DNA注入直後は認められませんでしたが、時間経過とともに観察され、注入したDNAが核膜孔複合体を獲得する様子を世界で初めて捉えました(図3c)。

人工細胞核における物質輸送能力の評価

最後に、作製した人工細胞核が核輸送能力を持っているか確認するために、蛍光タンパク質を付加した核局在化シグナル(NLS)が人工細胞核に入るかどうかを観察しました。その結果、蛍光タンパク質が人工細胞核内に流入することが確認されました。この蛍光タンパク質が取り込まれた人工細胞核に対して、核輸送阻害剤であるimportazoleを添加したところ、蛍光タンパク質が流出することが観察されました(図4上段)。さらに、核輸送に関与する因子として知られるRanというタンパク質が人工細胞核に存在していたことから(図4下段)、研究グループは、核輸送能力を有する人工細胞核を構築できたと結論づけました。

特記事項

本研究成果は、2024年8月14日(水)に国際的な科学雑誌「Genes to Cells」(オンライン)に掲載されました。

マウス卵子内に構築された人工細胞核の電子顕微鏡写真
精製したDNA溶液を用いて構築した人工細胞核(右)は、卵子由来の天然の細胞核(左)と形態が酷似していた。

図1.
上段:マウス乱視にDNAを注入している様子。20秒経過しても細胞質で拡散せずにとどまった。下段:実験の流れ

図2.
注入したDNA(黄色矢尻)上でヌクレオソームマーカーであるRCC1-EGFP(上段、緑色)とJF646-LANA(下段、緑色)が観察された。

図3.卵子核と注入DNA由来の核様構造の核膜および核膜孔複合体構造の評価
注入DNA周囲に卵子核と酷似した構造が観察された。(a)電子顕微鏡画像。黄色矢尻は核膜孔複合体を示す。(b)核膜タンパク質と核膜孔複合体構成タンパク質の免疫染色画像。(c)核膜孔複合体構成タンパク質のタイムラプス画像。黄色矢尻は注入DNA、青色矢印は卵子核を示す。

図4.人工細胞核における核輸送能の評価
上段:核輸送マーカーであるsfGFP-EGFPを用いたタイムラプス画像。人工細胞核においてそのシグナルが観察され、核輸送阻害剤を加えると消失した(二重矢尻)。下段:核輸送関連タンパク質であるRanの免疫染色画像。人工細胞核においてそのシグナルが観察された。

用語解説
  1. DNAビーズ
    DNAを結合させた微小ビーズ。本研究で使用しているDNAビーズは、直径およそ3µmの磁気ビーズの周りに、長さ8kbpほどの直鎖化したプラスミドDNAを付着させたもの。
  2. ライブセルイメージング
    緑色蛍光タンパク質などを用いて、細胞内におけるタンパク質や構造を生きたまま連続的にタイムラプス観察をする手法。本研究では、ヒストンタンパク質を赤色に染めることで細胞核を可視化している。
  3. 核膜孔複合体
    核と細胞質との間の物質輸送を媒介する、巨大なタンパク質複合体。
  4. ヌクレオソーム構造
    細胞核野中で、DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いて存在しており、その構造をヌクレオソームという。ヒストンタンパク質である、4種類のコアヒストン(ヒストンH2A、H2B、H3、H4)から構成される、ヒストン8量体に146bpのDNAが巻き付いている。
  5. kbp(キロベースペア)
    DNAは、アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)という4つの塩基対(base pair:bp)から構成されており、kbpは、この塩基対がおよそ1,000個つながった長さを示す。
  6. 免疫蛍光法
    色素のついた抗体を用いて、細胞内における目的のタンパク質の局在を調べる方法。
  7. 核局在化シグナル(NLS)
    タンパク質を細胞質から核内へと移行するために必要なアミノ酸配列。
原著論文 Genes Cells (2024)
論文タイトル Reconstruction of artificial nuclei with nuclear import activity in living mouse oocytes
著者

Nao Yonezawa (1), Tomoko Shindo (2), Haruka Oda (3), Hiroshi Kimura (3), Yasushi Hiraoka (4), Tokuko Haraguchi (4), Kazuo Yamagata (1)

  1. Faculty of Biology-Oriented Science and Technology, Kindai University, Kinokawa, Japan.
  2. Electron Microscope Laboratory, Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan.
  3. Cell Biology Center, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology, Yokohama, Japan.
  4. Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University, Suita, Japan.
PubMed 39140385

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