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タンパク質をコードする情報を「非コード化」させる生命現象の発見

遺伝子の二刀流が精子をつくる

原著論文 Sci. Adv. 9(29):eadh0397 (2023)
論文タイトル miRNA/siRNA-directed Pathway to Produce Non-coding piRNAs from Endogenous Protein-coding Regions Ensures Drosophila Spermatogenesis
研究室サイト 生殖生物学研究室〈甲斐 歳惠 教授〉
概要

大阪大学大学院生命機能研究科の井木太一郎准教授と甲斐歳恵教授らの研究グループは、タンパク質をコードする配列が、機能性の非コードRNAの合成に転用される現象を発見しました。「非コード化」と名付けられた本現象が精子の形成において重要な役割を担うことを、ショウジョウバエを用いて明らかにしました。

我々のゲノムは、タンパク質の合成に必要な配列を保持するコード領域と、その他の非コード領域に大別されます。非コード領域からは、様々な機能を持った非コードRNAが発現されます。一方で、コード領域の配列はタンパク質のアミノ酸配列を決定する役割を担い、非コードRNAを産生することは通常ないと考えられてきました。しかしながら、ショウジョウバエの精巣では常識が覆され、コード領域の配列「protein-coding sequence(CDS)」からPIWI-interacting RNA(piRNA)と呼ばれる非コードRNA「CDS-piRNA」が産生されることがわかりました。非コード化と名付けられた本現象は、予想外で型破りなゲノムの利用といえます。

piRNAはトランスポゾンと密接な関係にある因子です。ゲノムにはトランスポゾンが其処彼処に挿入されており、その転移を伴う活動はゲノムに損傷を与えかねません。そこで、動物はpiRNAを用いてトランスポゾンを監視します。クラスターという非コード領域から産生されるpiRNAが、類似の配列を持つトランスポゾンを制御します。一方、CDS-piRNAはトランスポゾンと無関係な配列を持つため、トランスポゾンの監視には不向きです。では何をしているのでしょうか。精子形成では、DNAを巻き付けてクロマチンをつくるヒストンがプロタミンに置換されます。CDS-piRNAが産生されない精巣では置換が失敗したことなどから、CDS-piRNAはクロマチンを制御すると考えられます。

非コード化は卵巣ではなく精巣で活発です。これと一致して、卵子ではなく精子の形成に重要な因子、すなわち、Cyclophilin 40(Cyp40)、Argonaute 2(Ago2)、Dicer-2(Dcr-2)などが非コード化に関与することが分かりました。さらに、Ago2と結合したmiRNAやsiRNAが非コード化の対象になるmRNAを選択することも分かりました。miRNAやsiRNAを介したpiRNA合成は世界初の報告です。

研究の背景

サイレンシングと呼ばれる遺伝子抑制を引き起こす非コードRNAの総称が小分子RNAです。小分子RNAは、Argonaute(Ago)ファミリーのタンパク質と複合体をつくり、相補的な配列を認識することにより、制御の標的を選びます。動物の精巣や卵巣では、小分子RNAの一群を成すPIWI-interacting(pi)RNAが活発に産生されます。piRNAの経路が破綻すると種の維持を脅かす様々な悪影響が生じてしまいます。例えば、トランスポゾンを監視する役割がpiRNAにはあるので、次世代に受け継がれる生殖細胞のゲノムが損傷を受けやすくなります。しかしながら、piRNAは未だに謎の多い分子で、トランスポゾン制御以外の様々な機能があるようです。また、ゲノムのどこからできるのか、どのように合成されるのかも十分にわかっているとはいえません。

ゲノムにはクラスターと呼ばれる特殊な非コード領域が存在します。クラスター由来の転写産物はpiRNAになり、似た配列を持つトランスポゾンを制御します。対照的に、タンパク質をコードする転写産物は、普通はmRNAとしてリボソームに翻訳され、情報はタンパク質のアミノ酸配列へと変換されます。コード領域の配列「protein-coding sequence(CDS)」はpiRNAの前駆体に普通は選ばれません。CDSからpiRNAをつくらないということは、トランスポゾンと関係のない配列を排除する効果があり、piRNAをトランスポゾンの制御に専念させるメリットがあると考えられます。また、mRNAを無差別にpiRNAに変換してはタンパク質の発現が疎かになってしまいます。基本的には、CDSからpiRNAをつくらない方が細胞にとっては都合がいいはずです。

マウスでは、精巣の生殖細胞が減数分裂の段階に入ると、トランスポゾンの配列に乏しいクラスターからpiRNAが産生されます。トランスポゾンの制御に不向きなpiRNAは、生殖細胞が減数分裂を完了して精子をつくるために重要のようです。一方で、ショウジョウバエのクラスターにはトランスポゾンが集積していて、マウスと同じようにはいきません。ショウジョウバエはpiRNAをトランスポゾン制御に専念させているだけなのでしょうか。それとも、マウスのように、特殊なpiRNAを必要とするのでしょうか。もしそうなら、どのようにpiRNAを合成するのでしょうか。

本研究の成果

ショウジョウバエの精巣のpiRNAを調べていると、予想外にも、内在性のタンパク質をコードする配列を持ったCDS-piRNAが含まれていました。Piwi、Aub、Ago3という3種類のPIWIタンパク質をショウジョウバエは発現させますが、CDS-piRNAは生殖細胞で発現するAubと複合体を形成していました。CDS-piRNAはイントロンの配列を含まないことから、スプライシングされたmRNAなどが前駆体だと推察されます。また、mRNAとCDS-piRNAの発現量の間には相関がみられません。このことは、mRNAが分解の過程で無差別にpiRNAに変換されるのではなく、一部が前駆体に選択されて積極的にpiRNA産生に参加することを示唆します。精巣とは対照的に、卵巣のAubにCDS-piRNAはあまり結合していませんでした。以上のことから、特定のmRNAをpiRNA産生「非コード化」に導く因子(群)が精巣に存在するのではないかと考えました。

非コード化を誘導する因子を近接標識(TurboID)という手法を用いて探索しました。本研究室はCyp40という因子が精子の成熟に不可欠であることを以前に明らかにしています(Iki et al., 2020)。近接標識により、生殖細胞の中でAubとCyp40が物理的に近い位置に存在することが明らかになりました。機能的な相互作用があるのではと考え、cyp40の変異体でAubに結合しているpiRNAを調べると、CDS-piRNAの蓄積が著しく減少することがわかりました。Cyp40が非コード化に関与する因子のひとつということです。

別の角度からも面白いことがわかりました。CDS-piRNAを産生する遺伝子には、siRNAの標的として報告されているものが含まれていました。「siRNAが標的に選んだmRNAが非コードするのかもしれない!」siRNAは前駆体からDcr-2に切り出され、Ago2と結合して機能します。経路に不可欠なago2dcr-2を欠損した精巣を調べてみると、CDS-piRNAの発現が顕著に減少していました。以上の結果から、Cyp40に加え、Ago2とDcr-2が非コード化に関与することが分かりました。siRNAの他に、Ago2に結合したmiRNAも非コード化を誘導できることが判明しました。

どのような役割がCDS-piRNAにはあるのでしょうか。aubの変異体を野生型の精巣と比べると、生殖細胞が減数分裂を経て精子細胞をつくるまでは差がありません。しかしながら、球状の精子細胞が伸長する段階で異常が起こり、殆どの細胞は成熟した精子になれませんでした。同様の異常はago2dcr2cyp40の変異体でも観察されます。以上の知見は、精子細胞の分化にCDS-piRNAが関与することを示唆します。次に、精巣のmRNAを網羅的に調べてみると、クロマチンに関係する遺伝子群がaubago2の変異体で異常に蓄積していました。その中に含まれるnejireという遺伝子について、mRNAをCDS-piRNAが認識する証拠がみつかりました。精子形成では、DNAを巻き付けるヒストンがプロタミンに置換されます。しかしながら、aubの変異体の精巣では、置換が失敗してヒストンとプロタミンが混在したままになります。Nejireタンパク質はヒストンをアセチル化する修飾酵素です。CDS-piRNAの制御から解放されたNejireがヒストンを過剰にアセチル化してしまうことが置換の失敗の原因のひとつではないかと考えられます。

研究成果のポイント
  • ゲノムの情報を、配列がコードしているタンパク質の合成から、機能性RNAの合成へ転用する「非コード化」という現象を発見。
  • 非コード化はタンパク質と機能性RNA(piRNA)の両方を発現させる遺伝子の二刀流の実現。
  • ショウジョウバエの生殖細胞が分化して精子になるために非コード化は重要。
  • 小分子非コードRNAに分類されるmiRNAやsiRNAが、同類のpiRNAを合成する経路の存在が、非コード化の研究を通じて世界で初めて示された。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、遺伝子がタンパク質と非コードRNAという二つの因子をつくりだせることがわかってきました。遺伝子発現の二刀流ともいうべき方法は、遺伝子の進化にどのような影響を与えうるのでしょうか。CDS-piRNAを生産する遺伝子には、例外的に、タンパク質のコード配列とは逆向きの転写産物を前駆体に使用するものも含まれていました。この遺伝子は精巣でmRNAが殆ど検出できません。まるで、mRNAからタンパク質をつくるより、CDS-piRNAをつくる方が重要だとほのめかしているようにみえます。二刀流を選ぶということは、遺伝子にとっては、どちらかを選ぶ機会なのかもしれません。重要なタンパク質をコードする遺伝子でも、類似の機能を持つ遺伝子がゲノムに別に存在するなら、タンパク質の機能を失っても不利が生じにくい。そのような場合、遺伝子は非コードRNAの合成に適するような進化を遂げるのかもしれません。本研究は、遺伝子進化のありかたに一石を投じられるような発見をしたのかもしれません。

マウスと方法は異なれど、ショウジョウバエもトランスポゾンの制御に不向きなpiRNAをわざわざつくりだし、精子の形成に役立てているようです。piRNAに依存した精子形成をショウジョウバエとマウスで比較していくことで、動物の精子形成に普遍的な遺伝子制御が分かるかもしれません。

非コード化はどれだけ普遍的な現象なのでしょうか。今後の研究が必要ですが、piRNAが発現する場所は生殖器官だけではありません。piRNAはショウジョウバエの脳でも発現しているし、ヒドラでは間質性の幹細胞で機能しているようです。ヒトのがんの細胞でもpiRNAが発現して標的を制御します。非コード化の引き金になりうるmiRNAはどんな細胞でも発現しています。非コード化に似た現象は色々な生物で起きていて、病気とも関係があるのかもしれません。

研究者のコメント

非コード化を発見しましたが、まだ十分に現象を理解できていません。他にどんな因子が関わっているのか。全てのmiRNAやsiRNAが非コード化の引き金になるのか。AubとpiRNAの複合体は何をしているのか。非コード化のような経路は他のどんな生物で何をやっているのか。不思議なRNA生物学に取り組みたい人の参加をお待ちしています。おもろいことを一緒に考えてみませんか。学生さま募集中です。(井木太一郎)

特記事項

本研究成果は、2023年7月20日(木)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。

なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(22K06081,21H02401)、学術領域変革研究(21H05275)の一環として行われました。

図1.非コード化の概要
タンパク質をコードする塩基配列の情報がpiRNAの産生に利用される。piRNAが結合するaubの変異体は精子を上手につくれない。

用語解説
  1. 非コードRNA
    タンパク質をコードしていない転写産物の総称。ロング(long non-coding RNA)とショート(small non-coding RNA=小分子RNA)に大別される。小分子RNAはArgonauteファミリーのタンパク質をRNA-induced silencing complex(RISC)という複合体を形成する。複合体の内部で相補的な配列を持つ標的を認識する役割がある。
  2. PIWI-interacting RNA(piRNA)
    microRNA(miRNA)やshort-interfering RNA(siRNA)と並ぶ小分子RNAの一群。動物の生殖器官で活発に産生される。Agoタンパク質の中でもPIWIクレードの一群と複合体をつくるのでこの名に。miRNAやsiRNAは二本鎖RNAを前駆体にするが、piRNAは一本鎖RNAが前駆体。トランスポゾンを制御する経路が盛んに研究されてきたが、他にも多様な機能を果たす。
  3. トランスポゾン
    動く遺伝子。通常の遺伝子とは異なり、ゲノム上を転移したり、自分の複製をゲノムの別の位置に挿入させる能力を持つ。
  4. クラスター
    piRNAを活発に産生する非コード領域の総称。クラスター領域の転写産物はmRNAなどと区別され、特殊な経路を辿り、細断されてpiRNAになる。クラスターにはトランスポゾンの断片を集積させる性質がある。
  5. クロマチン
    DNAとタンパク質の複合体。ヌクレオソーム型はヒストンの8量体の周りにDNAが巻き付いている。精子は非ヌクレオソーム型のクロマチン構造を持ち、そのDNAはヒストンの代わりにプロタミンに結合している。ヒストンからプロタミンへの置換は精子形成のクライマックス。
原著論文 Sci. Adv. 9(29):eadh0397 (2023)
論文タイトル miRNA/siRNA-directed Pathway to Produce Non-coding piRNAs from Endogenous Protein-coding Regions Ensures Drosophila Spermatogenesis
著者

Taichiro Iki (1), Shinichi Kawaguchi (1), Toshie Kai (1)

  1. Laboratory of Germline Biology, Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University, Yamadaoka1-3, Suita, Osaka, Japan.

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