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精子形成における遺伝子制御の謎を解明

ショウジョウバエが教えてくれる精子のヒミツ

原著論文 Cell Reports (2020)
論文タイトル Modulation of Ago2 Loading by Cyclophilin 40 Endows a Unique Repertoire of Functional miRNAs during Sperm Maturation in Drosophila
研究室サイト 生殖生物学研究室〈甲斐 歳惠 教授〉
概要

大阪大学大学院生命機能研究科の井木太一郎助教と甲斐歳惠教授らの研究グループは、ショウジョウバエをモデルにした研究において、多くの生物が保持しているCyclophilin 40「Cyp40」というタンパク質が精子をつくるために不可欠な因子であり、microRNA「miRNA」という短いRNA分子を操ることにより、精子へ分化する生殖細胞の遺伝子発現をコントロールする役割を担うことを世界で初めて明らかにしました。

Cyp40の存在はタンパク質の折り畳みなどを助ける分子シャペロンとして古くから知られていましたが、その生理学的な意義が実はよく分かっていませんでした。今回、甲斐歳恵教授らの研究グループは、ゲノム編集技術を用いてcyp40遺伝子を破壊したショウジョウバエを用意しました。すると、Cyp40を欠く個体は大人になるまで正常に育ちますが、オスが精子を作ることができずに不妊になることが判明しました(図1)。

生物のゲノムがコードする遺伝子の情報は発現というプロセスを経てタンパク質などへと変換されますが、細胞が正常に分化するためには遺伝子の発現が適切に制御される必要があります。遺伝子発現の制御には、RNAサイレンシングと呼ばれる現象を引き起こすmiRNAが重要であることが知られています。Cyp40を欠く個体の精巣ではmiRNAの蓄積に異常が観察されたことから、Cyp40が遺伝子発現の調整役であるmiRNAそのものを制御するユニークな機能を持つことがわかりました。今回の発見は、精子形成を支える遺伝子制御の理解につながることが期待されます。

研究の背景

ヒトを含む高等動物が次世代を生み出すには卵子と精子の受精が不可欠であり、精子は精巣にある生殖細胞からつくられます。生殖細胞が分化し精子として成熟する過程には様々な遺伝子の発現が必要ですが、遺伝子の発現を抑制する因子群もまた重要な役割を担うことが分かってきています。真核生物の細胞には何百種類ものmiRNAやsiRNAと呼ばれる20〜24塩基程度の短いRNA分子、すなわち小分子RNAが蓄積しており、転写や翻訳という遺伝子発現のプロセスを阻害するRNAサイレンシングを引き起こします。精子の形成にも小分子RNAの機能は欠かすことができません。

小分子RNAはヘアピン様のRNAなどの前駆体から酵素によって切り出されます。切り出された直後の小分子RNAは二本鎖の中間体の状態で、中間体はHsp90などの分子シャペロンの助けを借りてArgonaute「Ago」タンパク質に積み込まれます。すると、片鎖がガイド鎖に選ばれてAgoと共にエフェクター複合体「RISC」をつくり、RISCの内部でガイド鎖の小分子RNAが相補的な配列を持つ標的遺伝子を認識してサイレンシングを誘導します(図2)。組織や細胞ごとに異なる小分子RNAが蓄積しますが、どのような因子の制御の下で小分子RNAが時空間的に精緻な機能を果たすのかよく分かっていません。我々は、小分子RNAの運命を最終的に決定づけるRISC形成に欠かせない分子シャペロンの機能に興味を持ち、研究を進めてきました。

本研究の成果
成熟した精子をつくるために不可欠なcyp40遺伝子の発見

今回、本研究グループは、ショウジョウバエを使った実験で、精子の成熟にcyp40遺伝子が不可欠であることを発見しました。小分子RNAを制御する因子を探す目的で、分子シャペロンの機能を持つ因子群の機能欠損株をゲノム編集の技術を用いて作成して解析したところ、cyp40遺伝子の欠損したオスが不妊になることが分かりました。Cyp40タンパク質は精巣特異的に蓄積する特徴があり、Cyp40を欠いた個体の精巣を詳しく調べてみると、精子形成の初期段階である生殖幹細胞や第一次精母細胞などは普通でしたが、減数分裂後の生殖細胞が伸長して精子に成熟する過程に明らかな異常が観察されました(図1)。

精巣には精子に分化する生殖細胞以外にも、生殖細胞の分化を支える体細胞が存在します。精巣のどの細胞でCyp40が重要なのかを調べるために、cyp40遺伝子を欠損した個体の精巣に生殖細胞特異的なプロモーターを用いてCyp40を発現させると、精子形成が野生型のレベルにまで回復しました。このことから、Cyp40が分化する生殖細胞の内部において重要な役割を果たしていることが分かりました。

Cyp40の基質は小分子RNAを積み込む最中のAgoタンパク質

Cyp40は分子シャペロンとして生殖細胞内のどのような基質にはたらきかけるのでしょうか。Cyp40はHsp90と共にシャペロンの複合体を形成しますが、ATPとの結合〜ATP加水分解〜ADPの放出を繰り返して常に構造を変えるHsp90と一時的にしか結合しないため、シャペロン複合体に含まれる基質を調べることが容易ではありませんでした。そこで、難加水分解性のATPアナログを利用してHsp90によるATP加水分解を阻害することによりCyp40とHsp90の複合体を安定化させました。すると、シャペロン複合体には小分子RNAの中間体を積み込む最中のAgoタンパク質が含まれていました。このことは、Cyp40がRISC形成に直接関与しうることを示唆しています。

Cyp40は精巣特異的なmiRNAのはたらきを選択的に助けている

ショウジョウバエではAgo1とAgo2の2種類のAgoタンパク質がmiRNAやsiRNAと共にRISCをつくります。Ago1はmiRNAの中間体を、Ago2はsiRNAの中間体を積み込みやすいように機能を特化させていますが、Ago2にはAgo1に入りにくい一部のmiRNAを受け入れる機能があることも知られています。Cyp40の特性から、cyp40欠損個体の精巣では小分子RNAの蓄積になんらかの異常が生じているのではないかと予想し、Ago1とAgo2それぞれのRISCに含まれている小分子RNAを網羅的に解析しました。その結果、Ago2に結合しているsiRNAには大きな変化が無いにも関わらず、miRNAが顕著な蓄積の低下を示しました。一方で、Ago1に結合している大部分のmiRNAには異常が観察されませんでした。これらのことから、Cyp40はAgo2とmiRNAによるRISCの形成を選択的にサポートすることが分かりました。Cyp40に依存するmiRNAには精巣特異的な因子が多く、その一つのmiR-316-3pが精子の正常な成熟に必要であることも分かりました。

なぜCyp40はAgo2に積み込まれるmiRNAを選択的にサポートすることができるのでしょうか。ショウジョウバエの精巣ではsiRNAが大量に合成されることが知られていますが、siRNAの受け皿となるAgo2タンパク質の量は精巣においてAgo1よりもずっと少ないという知見も得られました。こうした条件が重なることにより、精巣の生殖細胞ではAgo2を巡るmiRNAとsiRNAの競合が起きているのではないかと考えられます(図3)。Ago2はsiRNAの中間体を積み込むように最適化されているため、大量にsiRNAが合成される精巣ではmiRNAの積み込みが阻害されてしまい、それを防ぐためにCyp40は中間体を積み込む最中のAgo2にはたらきかけ、siRNAを除外してより多くのmiRNAを積みこめるように、シャペロンとしての機能を用いてAgo2の構造を調節しているのではないかと考えています。実際に生殖細胞において過剰にCyp40を供給するとAgo2へのsiRNAの積み込みが阻害されることも確認されました。

研究成果のポイント
  • 成熟した精子が作られるために必須な新規の因子としてCyp40を発見。
  • ヒトから昆虫や植物に至る多くの生物にcyp40遺伝子の存在は知られていたが、今回のショウジョウバエを用いた研究により動物が持つcyp40遺伝子の生物学的な重要性が世界で初めて示された。
  • miRNAと呼ばれる、遺伝子を制御する短いRNA分子が精子の形成に必要であるが、Cyp40タンパク質は精巣ではたらくmiRNAを選別するユニークな機能を持つことが明らかとなった。
  • ハエとヒトの精子形成はよく似ている部分もあり、今回の発見は無精子症など疾患への理解に繋がる。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、精子形成に必要な遺伝子制御の謎のひとつが解明されました。本研究がきっかけとなり、Cyp40の機能が幅広い動物において精子形成を支えていることが確認される可能性があり、無精子症など疾患の原因の解明に繋がることなども今後期待されます。動物のような精子形成を行わない植物のCyp40もまたmiRNAを制御する機能を持つことも分かっています。あらゆる生命現象にmiRNAは欠かせないため、miRNAを制御する機能を持つCyp40が精子形成以外の場面においても重要な役割を担う可能性についても今後検証していく必要があると考えます。

研究者のコメント

人工的に作られた二本鎖の小分子RNAの中間体であるPatisiranは2018年にアメリカのFDAにより薬として認証されました。二本鎖の中間体でできた薬の利用は今後増えていくのかもしれません。カラダの中の小分子RNAが外から入ってくる薬などの小分子RNAと競合する環境においてCyp40などの分子シャペロンがどのようにはたらくのか、今回の研究から興味が湧きました。(井木太一郎)

特記事項

本研究成果は、2020年11月11日(水)1時(日本時間)〔11月10日(火)11時(米国東部時間)〕に米国科学誌「Cell Reports」(オンライン)に掲載されました。

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(T18K060590、A18H023750)、武田科学振興財団(J191503009)、ノバルティス科学振興財団(J191503004)の一環として行われました。

図1.ショウジョウバエにおける精子形成
cyp40遺伝子を欠くと精子が正常に成熟できない。*は精巣の頂端を示す。

図2.小分子RNAの生合成と分子シャペロンの関与
ヘアピン前駆体から切り出された二本鎖の中間体の小分子RNAが分子シャペロンHsp90に結合しているAgoタンパク質に積み込まれる。片鎖がガイド側に選ばれRISCをつくり、標的の遺伝子を抑制する。

図3.精子の成熟を支えるCyp40の役割
精巣において大量に合成されるsiRNAがmiRNAと競合してAgo2を奪い合ってしまう。Cyp40が中間体の積み込みを抑制してくれるお陰で精巣特異的なmiRNAが十分にサイレンシング機能を発揮することができる。

用語解説
  1. Cyclophilin 40「Cyp40」
    Cyclophilinファミリーに属するタンパク質のひとつで、あらゆる真核生物が保持しているCyclophilinは基質のペプチド鎖に存在するプロリンにおけるcis-transの異性化を調節できるPeptidyl prolyl isomerase「PPIase」ドメインを共有している。Cyp40はPPIaseドメインの他にHsp90との結合に必要なTPRドメインを保持するユニークな因子。
  2. microRNA「miRNA」
    RNAサイレンシングを誘導する小分子RNAの一群。短いヘアピンの前駆体からRNaseIII酵素群「ショウジョウバエではDroshaとDicer1」により切り出される。一方で、別の一群を構成するsiRNAは相補性の高い様々な二本鎖の前駆体から切り出される。ショウジョウバエは別のRNaseIII酵素であるDicer2をsiRNAの切り出しに用いる。精巣では長いヘアピン前駆体から切り出されるhp-siRNAがなぜか大量に蓄積する。hp-siRNAには精子の成熟に必要なミトコンドリアを制御する役目などもある。
  3. 分子シャペロン
    アミノ酸が連なったペプチドのひもを折り畳むのを助けたり、クライアントと呼ばれる基質タンパク質の機能を最終的に制御するなど、タンパク質に付き添い、機能を広範囲にサポートする役割を担う。Hsp90といった中核因子の他に、Cyp40のようにHsp90を補助する因子群が数多く存在する。
  4. ゲノム編集技術
    バクテリアが持つCas9などの酵素を用いて、ゲノムの任意の場所を切断したり、除いたりする技術。2020年のノーベル化学賞に輝いたことでも話題となった。
  5. RNAサイレンシング
    小分子RNAを介した遺伝子の抑制的な制御の総称。線虫においてRNA interference 「RNAi」として発見されたことを皮切りに、現在ではあらゆる真核生物がRNAサイレンシングに必要な因子群を備えていることが明らかとなっている。
  6. Argonaute「Ago」タンパク質
    小分子RNAと結合するタンパク質の一群であり、RNAサイレンシングに必須の因子。発達の異常な植物の変異体「ago1-1」のイカのようなカタチが奇妙な名前の由来。多くの生物は異なるAgoタンパク質を異なる小分子RNAのために使い分けている。
  7. エフェクター複合体「RISC」
    小分子RNAとAgoタンパク質を中核に含む複合体RNA-induced silencing complexの略称。RNAサイレンシングを引き起こす実体。小分子RNAと相補的な配列を保持する標的遺伝子のmRNAに結合することにより、RISCは翻訳の阻害やmRNAの分解を誘導する。一方で、核内に局在するRISCが標的遺伝子の転写を抑制する場合もある。
原著論文 Cell Reports (2020)
論文タイトル Modulation of Ago2 Loading by Cyclophilin 40 Endows a Unique Repertoire of Functional miRNAs during Sperm Maturation in Drosophila
著者

Taichiro Iki (1), Moe Takami (1), Toshie Kai (1)


  1. Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University, Suita, Osaka, 565-0871, Japan.
PubMed 33176138

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