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Vol.4
大学院生樋口流音さんと行く西本研究室ツアー 脳を読み解く 2021.11.25

秋のある日、八木研究室(心生物学研究室)D2樋口流音さんと西本研究室(知覚・認知神経科学研究室)を訪問しました。

教授室にて
今までどんな研究を?

樋口流音(→樋口):西本先生が研究者になったきっかけはなんですか。

西本伸志(→西本):高校生の頃、情報処理機械に興味が湧いて、自分の脳もどんな風に動いているんだろうか、と。基本的には同じ情報処理でも生き物の脳はもっと複雑ですごい仕組みがあるかもしれない、と感じて興味が湧きました。そんな訳で基礎工学部に入り、脳を扱われていた大澤五住教授(2021年3月退職)の研究室に出会えて*大脳視覚野の研究生活がスタートしました。

  • *学位取得後はポスドクとして、カリフォルニア大学バークレー校にて高次視覚の研究を7年半継続し、CiNet設立で帰国。

樋口:そうなんですね。僕も元々は、ロボットやコンピュータに興味があり、基礎工学部に入りました。でも大学入学後に生き物の脳の構造や仕組みに関心を持つようになり、心の解明を目指して神経科学を行っている八木研究室の門を叩きました。今はそこで神経細胞に発現している細胞接着タンパク質であるクラスター型プロトカドヘリンに注目し、マウスをつかって研究しています。今回、同じくブレインサイエンスということで先生の研究にもとても興味がありました。西本先生は、神経科学の中でもヒトを対象に研究をされていますが、そのこだわりなどを聞かせてもらえますか?

西本ヒトの脳がどうやって機能するのかを知りたいので、主な対象はやはりヒトです。大学院時代は、大澤先生の下、動物モデルで神経細胞単位の情報表現を調べていました。その際、より高次の視覚機能に興味が湧いてきて、徐々にヒト対象の研究に主軸を移していきました。そうは言っても神経情報処理の基本単位は神経細胞ですので、モデル動物の神経系の実験結果などのデータも参照しつつ、ヒトの脳の情報処理に迫りたいと思って研究しています。

樋口:僕の属している八木研での大きな命題の一つに、ブレインサイエンスの分野として「心とは何か」というものがあります。遺伝子の多様化によっても神経細胞に個性があって、それが複雑な心を作っていることにも寄与しているのではと想定されているのですが、先生の研究の目指すところはどのようなところですか?

西本:「人が生きる、生活する」を支える脳の情報処理機能の全容を解明するのが最終目標です。まだまだ遠いですが、特に視覚機能、高次脳認知機能等を足がかりにして研究を進めることが中長期的なテーマになっています。

樋口:最近の先生の研究についてですが、映像を見た際の脳活動を記録し、そこから映像を再現するというのができるようになってきていると伺っていますが、他の動物でもできますか。

西本:基本的には出来ます。ヒトの場合はMRIを用いた脳活動計測を主に行っていますが、動物モデルの場合はカルシウムイメージングなどの強力な計測手法が使えるので、より詳細な記録が可能です。全脳を記録するといった観点ではMRIが有利な面もありますが、脳の細かいところを見ていくには動物モデルでしか出来ないことがたくさんあります。

提示された映像(左)と脳活動をデコードして得られた知覚内容の推定例(右)

樋口:ほかの動物が見ている映像が再現できたら面白いですよね。早く動く動物の視覚をとらえられたら、なにか社会的な応用技術にも使えるのではないかと想像も膨らんだりして。

西本:そうですね。動物はさておき、ヒト対象の研究からの社会実装としては、映像を見ているときの脳活動から視覚情報のみを解析して取り出すだけではなく、どういう意味、印象を受け取ったかも含めて解析することも可能です。例えば、テレビのCMなどある特定の映像を作ったときにそれが人にどのように受け取られるかを推定する解析技術は特許も取っており、企業でも商用利用されています。

樋口:すごいですね。着実に社会実装は進んでいるのですね。

これからの研究!

岡本徳子&上野沙和(→企画広報室):先生は言語なしでも人の意思伝達が成立可能かといった研究もなさっていますが、そちらはどんな感じでしょうか。

西本:それは一歩進んだ先の研究の話です。言語というのは人の高次な認知機能を定量的に扱える重要なツールでもあります。ほとんどの動物は言語を持たないのでどう考えてそのように行動したのかを説明することができないわけですけど、人は行動だけでなく言語で説明することができるので、これを利用できるのは脳の働きを調べる上でも重要なポイントです。とはいっても、言語が扱えるは、我々が考えている内容のごく一部です。言語として出力できるのは脳内にある情報のうちの言語化しやすいごく一部で、言語化できない情報は、例えば匂いや映像といった感覚からアイデアや概念といったより高次の内容まで、脳の奥に潜んでいます。それを直接利用できれば、言語によらないよりリッチなコミュニケーションが将来的にできるのではと考えられています。思い描いたものをそのまま人に伝達するとかできたらいいですよね。

企画広報室:先生はどういったものを具体的に想定されていますか。匂いや感覚は伝えにくいような気がするのですが。

西本:言語で伝えにくいのは事実ですが、我々が感じたり考えたりしている情報は我々の頭の中には存在するわけです。今はそれを外に出す手法が限られていますが、将来的には脳活動の記録や刺激によってより直接的な入出力ができればパワフルなツールになるのではと考えています。

樋口:新たなツールでコミュニケーションをとるというようなものですか。

西本:そうです。応用としてもそういう方向性もあるのかなと思います。とはいいつつ、我々が今進めているのはその前提となる基礎研究ですけどね。たとえば匂いに関しても視覚でやっているようなデコーディングモデルを作れないかと研究しています。

企画広報室:匂いの場合は種類も多いですが分子メカニズムの解明は進んでいるのでしょうか。

西本:匂いの場合は受容体自体の種類も数百と数が多いのですが、ヒトの嗅覚の遺伝子と発現の解析は進んでいます。嗅覚は視覚と比べて個人差や個人内での変動も大きいので扱いやすくはないですが、東京大学などの嗅覚がご専門の先生方と一緒に共同研究も進めています。

企画広報室:嗅覚はいろんな条件にも影響されそうでパラメーターが多くなりそうな印象ですね。体調や個体差など。思い描いたものを再現するのはファンタジックな感じがします。

西本:そういった意味で逆に特殊な条件を活用した研究も面白いと思います。今考えているのは漫画家さんや小説家さん等は空想力豊かなはずですから、例えば何かを想像しているときの脳活動の研究対象にならないかな、と。

企画広報室:そういう方は、物語が映像として見えて筆記しているタイプの人が多いという話を聞いたことがありますから、特殊事例を研究するのも分子生物とは全く異なる視点やアプローチとして面白そうですね。

西本:我々の脳モデルは個人ごとに作るので、個人ごとの特殊な条件はむしろ扱いやすいです。今まで扱った研究対象として、プログラミング上級者とその対極の初級者では脳内の情報がどのように異なるかを調べた例などがあります。

樋口:分子生物学だと一般的なコントロール(野生型)と遺伝子を破壊したものの表現型の比較をおこない、二者間での有意差の議論に持ち込むことに必死になってしまいます。ついコントロールのばらつきを抑える方に意識がいきますが、逆に個体差がある条件に着眼するのは新鮮です。

企画広報室:過程やどこの面を切り取るかでいろんなことができそうですね。展開やアイデアも尽きませんね。

西本:漫画家さんとなると被験者がなかなか集めにくいですけどね。

樋口:話は逸れるかもしれませんが、何かの技能を獲得する過程や特技など、仕事の適性や伸びしろ部分を見るようなサービスの社会実装も今、思いつきましたが、どうでしょうか。

西本:そういうアイデアはありますね。それに囚われすぎると危ういとも思いますが、あなたにはこういう可能性がある、といった提示はできるかもしれません。私が勝手に言っているのは、パーソナルジェノミクスに並んでパーソナルブレイノミクスと名付けて、脳を見ることで個性や傾向などをお伝えするような応用はありうるのかと思います。

企画広報室:そういったビックデータが整理されれば有益なものになりますね。

西本:学習や習得に個性があったり、個々人に向いているアプローチなども明らかにできるかもしれません。

研究グループとして大切にしていること

企画広報室:色々ある中で先生が研究で一番大切になさっていることは何ですか。

西本:何にせよ、おもろい研究が出来ればいいなと思っています。私にとっての一番の興味ですが、やはり自然で日常的な活動における脳の情報処理の仕組を根本的に理解したいです。従来型の神経科学や研究の多くは、一定の仮説にフォーカスしてその仮説を検証するための特殊な刺激やタスクを使った検証を行いますが、我々の日常は、もっといろんなことが複雑に絡み合っています。それをもっと多角的に検証していきたいです。日常的な視点からとる条件の設定やアプローチが近道かどうかはわかりませんが、従来型の研究と補完的に有効な視点を与えうると考えています。

企画広報室:では、先生の研究に興味を持った学生さんがどういう要素や予備知識を持っていると研究を進めやすいと思われますか?

西本:プログラミング、機械学習系の知識はよく使うので、神経科学と機械学習の両方の基礎があるといいですね。我々は実験に使う時間は、全体の1、2割で8割以上は解析ですから。

樋口:解析の際、出た結果に対してメンバー同士で議論に時間をかけますか?

西本:そうですね。データが複雑なのでそれをどう解釈するかという点では議論を要します。

樋口:先生の研究領域ではMRIの解析(一定の条件)ですからブレないデータが出てくる分、それをどのように解析するかによるかと思いますが、そのあたりのコントロールはどのようにしているのですか?

西本:基本的な前処理等に使うプログラムには、共通言語を用います。解析の進め方にも機械学習分野等について世界共通の作法があるのでそれに則りつつ、細かな点は扱うテーマごとに試行錯誤です。

企画広報室:最後に先生の分野に興味のある学生にメッセージを。今後の展望などもよければお聞かせください。

西本:興味がある学生にはぜひ話を聞きに来ていただきたいです。色々なテーマを温めているところです。現時点ではヒトを対象として主にMRIを用いた研究を進めていますが、今後は動物モデルを参照にしつつ、共同研究なども積極的に進めたいと考えています。

インタビューを終えて

神経科学の枠組みでは、自分の研究と遠からずの領域だと思っていましたが、対象や実験の組み立て方、一日のスケジュールが全然違っていました。脳科学(ブレインサイエンス)との言葉で一括りにされがちですが、実験の対象や目的によってアプローチの違いが大きくあることを改めて実感しました。また、脳機能解明に向けて「日常」的な機能への着目、自然な状態を意識されつつ実験を設定されているといった話が印象に残りました。僕の研究は、ノックアウトマウスから神経回路の異常を見出し、特定の分子(八木研ではクラスター型プロトカドヘリン)の回路形成への関与を証明するという、自然とは異なるアプローチ(多くの分子生物学は変異体を使った検証法)を取りますがそれとは随分異なる印象でした。今日聞いた話には知らなかったこと、新しい視点、アイデアもあり、いろんな点で自分の今後に繋げていきたいと思いました。

(樋口流音)

MRI(磁気共鳴断層活動撮影)の施設

磁気強度3テスラのMRI装置と操作・実験用端末

オペレーションには、専門の技術職員の方々が携わっておられ、研究者は実験の設定等に集中できる体制

CiNet(情報通信研究機構、大阪大学、ATRの共同研究センター)にはヒトMRI装置が4台あり、今回はその一つ、磁気強度3テスラの施設を見学させていただきました。オペレーションには、専門の技術職員の方々が携わっておられ、研究者は実験の設定等に集中できる体制だそうです。脳の断面図(構造)画像取得はもちろん、刺激に応じた活性部位を捉えるなど脳活動も緻密に撮影できる(機能的MRI:fMRI)とのこと。医療用として見聞きすることはあったものの、間近で装置を動かす現場見るといろんな驚きがありました。被験者によると、筒の中ではとても大きな音がするらしく不思議な感覚を覚えるそうです。機器の内部では身体は固定されて、映像刺激なども受けられるようになっていて外部とはマイクを通じてやりとりができる様子。閉所が苦手な方はちょっと辛いかもしれません。強い磁気を用いる装置ですから、金属の装着はもちろん厳禁。撮影の際には専用の着衣はもちろん、近年の新素材の肌着にも要注意だそうです。近年の機能性(保温)下着、日焼け止めに至るまで磁性体が含まれるものは意外なところにもあるようでした。繊細かつ精密な機器を扱う現場には安全のための配慮やインストラクションもきっちり備えられ、最先端の脳研究の計測現場が、万全の体制で支えられていることも実感できました。ご案内くださった施設の担当者の方々にもこの場を借りてお礼申し上げます。

(岡本徳子&上野沙和)

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