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FBSコロキウム 219回細胞内動態研究室

講演

CRISPR-Cas9の分子機構とゲノム編集ツールの開発・物理チャネルの分子機構

濡木理[東京大学]

日時 2019年8月21日(水)16:00~17:30
場所 吹田キャンパス 生命機能研究科 生命システム棟2階 セミナー室
言語 日本語
世話人

吉森保(細胞内動態研究室)
Tel: 06-6879-3580
E-mail: tamyoshi[at]fbs.osaka-u.ac.jp

CRISPR-Cas9の分子機構とゲノム編集ツールの開発・物理チャネルの分子機構

2012年、細菌の獲得免疫機構に働くCRISPR-Casタンパク質が、ガイドRNA(crRNA, tracrRNA)を用いて真核細胞や個体のゲノムを配列特異的に切断し、遺伝子のノックアウトやノックインを行うゲノム編集技術が開発され、すでに欧米中国では、遺伝子治療の治験が開始されている。しかしながらCRISPR-Casには、1.分子量が大きくウイルスベクターに載せることが困難で細胞導入効率が低い、2.CRISPR-Casは標的配列の下流にある2~7塩基からなるPAM配列を(バクテリアが自己と非自己を識別するために)厳密に認識しており、Casをゲノム編集に用いる適用制限となっている、3.非特異的切断によるOff targetの問題など、現時点では医療応用に用いることは事実上不可能である。我々は, CRISPRの1つであるStreptococcus pyogenes由来Cas9とガイドRNA、ターゲットDNAの複合体の結晶構造を2.5A分解能で決定することで、Cas9がいかにガイドRNAを特異的に認識し、ターゲットDNAを受け入れ、これを切断するかといった分子機構を、世界に先駆けて解明した(Cell, 2014)。また高速原子間力顕微鏡を用いて、Cas9がゲノムDNAを切断する様をリアルタイムで可視化することに成功した(Nat. Commun., 2017)。また、より分子量が小さく真核細胞への導入効率が高いStaphyrococcus aureus由来Cas9について、ガイドRNAと2本鎖ターゲットDNAの4者複合体の結晶構造を2.6A分解能で決定することに成功した(Cell, 2015)。さらに、F. novicida由来Cas9についても4者複合体の結晶構造を1.8A分解能で決定することに成功し、立体構造に基づき、単純化したPAM配列を認識する変異体の創出にも成功した(Cell, 2016)。同様の戦略を用いることで、1文字のPAMを認識する改変体を作成することに成功した(Science, 2018)。また、最小の大きさを持つC. jejuni由来Cas9の4者複合体の結晶構造を2.3A分解能で決定し、特徴的なPAM認識機構を明らかにするとともに、医療応用に最も近いゲノム編集ツールの作成が可能になった(Mol. Cell, 2017)。医療への応用として、我々は最近、小さなCas9を用いることで、静脈注射1本で血友病モデルマウスを根治することに成功した(Sci. Rep., 2017)。今後改良型CRISPR-Casを用いて、さらなる遺伝子治療への応用を試みて行く。また、最近のクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析は、巨大な膜タンパク質の迅速な構造解析を可能にした。我々は、物理刺激に応答するヒト由来の2つのチャネルに関して、クライオ電子顕微鏡による新規構造を決定したので(Nat. Struct. Mol. Biol., 2018)、その分子機構についてお話ししたい。

実施報告

8月26日、「CRISPR-Cas9の分子機構とゲノム編集ツールの開発・物理チャネルの分子機構」というタイトルにて、東大、理学研究科、濡木理教授よりご講演いただく機会を得ました。ご講演冒頭の自己紹介では幼少期から昆虫採集がお好きだったこと、お父様の一言から研究者の道を歩み出されたこと、フランスのパスツール研究所で得られた体験、そして近年、思わぬきっかけでPokemon GOにハマってしまわれたことなど、気さくなお人柄が滲むエピソードからトークがスタートしました。物理や化学的な視点から、原子の分解能レベルでの構造解析を通じて生命現象の理解を目指されておられるとのことで、最初にご紹介されたのはtRNAのアミノアシル化に関わる酵素のX線構造解析ついてです。酵素とtRNAの複合体の立体構造の解析からtRNAへの特異的なアミノ酸付加のメカニズム、それぞれの特異的なアミノ酸の認識についてお話されました。また、子供時代から匂いのメカニズムにはご興味もあり、各種の物理刺激に対するセンサーのしくみの解明へ強く惹かれているそうです。チャネルのトランスポーター、膜タンパク質がどのように基質の制御に関わっているのかを目指して、構造解析を次々と進められておられます。チャネルロドプシンは青い光で活性化するタンパク質として有名ですが、そのタンパク質の光の感知と構造の変化についての解析も興味深く拝聴しました。X線構造解析にあたって、結晶に光を当てながらデータを採取するものだったそうで、チーム体制で3時間おき24時間体制、何年にも渡ってデータを取り続けられたとの話にも驚嘆しました。電位依存性のチャネル、音、温度、いろんな物理刺激に感応したチャネルの開閉はまだまだあるようで、ご研究のご興味は尽きないことでしょう。また医療への関わりでは、がん細胞のみに発現しているタンパク質やその相互因子の構造解明から医薬ターゲットとした展開にも寄与されているそうです。最後に、CRISPR-Cas9の分子機構とゲノム編集ツールの開発についてのお話に至りました。ゲノム編集の歴史、これまでの課題を踏まえた話の上で、構造解析から見えてきたことが、ゲノム編集の分野でいかに大きなインパクトを持っていたかについての話は圧巻でした。すでに医療への応用も始まっており、これまで課題を克服したシステムへの構築に向けて研究を進められているそうです。アメリカで進められているベンチャーの展開にも目が離せません。

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