Top > 研究プロジェクト > 細胞の自発運動の統計解析

細胞の自発運動の統計解析

外部環境の変動に対する細胞応答の一つが細胞運動です。細胞は外部シグナルが提示されると、移動運動することで胚発生、免疫応答、傷の治癒や再生現象などの生理学的に重要な機能を実現しています。このような方向性のある細胞運動(走性応答)は、化学物質や電場などの外部シグナルの提示によって引き起こされ、それぞれ走化性、走電性応答と呼ばれています(動画1)。細胞運動は細胞骨格の編成と崩壊、そして細胞膜の伸展や収縮といった動的過程を通して実現されており、これらのプロセスは複数のシグナル伝達経路によって制御されています1)。 細胞は外部シグナルが存在しない条件下でも活発に自発的な形態変化や運動を行います(動画2)。ここに外部シグナルが与えられると、特定方向への走性応答を示すので、この過程は細胞内在的な運動ダイナミクスと外部シグナルに応答する情報伝達系との間にコンシステントな関係が形成されることにより、運動が特定の方向へとバイアスされる過程といえます。そこで、細胞のセンシング機構として自発的な運動と走性応答の性質の関係を調べることが重要であると考えられます。これまでに、細胞の自発運動(入力刺激なしでの運動)について、一般化ランジュバン方程式による記述に成功し、細胞運動が速度の減衰項、記憶項、ノイズ項によって特徴づけられることが明らかになりました2)。また、走電性応答をモデル化することを試みたところ、一般化ランジュバン方程式における運動速度の記憶項に外部電場依存性を持たせることにより、電場存在下での細胞運動の実験結果を定量的に再現することに成功しました3)。また、この数理モデルの解析から、細胞自身がつくる自発運動のゆらぎの大きさは一定の刺激に対する細胞の応答効率を比較的高く維持しつつ、かつ、変動する刺激に対しても追随性が高くなるように最適化されていることが明らかとなりました。これは、急激な環境変動が前提となるような現実世界では、細胞がほどよくゆらいでいる方が、環境適応性が高くなることを意味しています。我々のグループは、細胞が分子反応の確率性に起因するゆらぎを内包しながらも、自己組織化メカニズムを通して機能発現へと結びつけることで、変動する環境に対して柔軟に応答するシステムを作り上げている可能性を追求しています。

動画1(走電性):mov 動画2(自発運動):mov

参考文献

1) MJ. Sato, H. Kuwayama, W. van Egmond, A.L.K. Takayama, H. Takagi, P. van Haastert, T. Yanagida, M. Ueda “Switching direction in electric-signal-induced cell migration by cyclic guanosine monophosphate and phosphatidylinositol signaling” PNAS 106, pp6667-6672 (2009).
2) H. Takagi, MJ. Sato, T. Yanagida, M. Ueda ”Functional analysis of spontaneous cell movement under different physiological conditions”PLoS ONE 3: e2648 (2008).
3) MJ. Sato, M. Ueda, H. Takagi, TM. Watanabe, T. Yanagida, M. Ueda “Input-output relationship in galvanotactic response of Dictyostelium cells” Biosystems 88, pp261-272. (2007).