大阪大学大学院 生命機能研究科 個体機能学講座

研究成果の概要

2005年以降

1. 初期胚発生に関わる遺伝子として Tead ファミリーを再発見

Sawada A, Nishizaki Y, Sato H, Yada Y, Nakayama R, Yamamoto S, Nishioka N, Kondoh H, *Sasaki H. (2005)
Tead proteins activate the Foxa2 enhancer in the node in cooperation with a second factor.
Development 132, 4719–4729

当研究室でTeadファミリーの研究を始めるきっかけになった論文。初期胚発生に重要な役割を果たすシグナルセンターのノードと脊索の形成機構の研究。これらのシグナルセンターの形成に必須な転写因子 Foxa2 のシグナルセンターにおける発現制御機構を解析し、Foxa2 遺伝子のエンハンサーの活性化には転写因子 Tead ファミリーが必須であることを示した。

論文の詳細な解説(理研 CDB ホームページ内)
http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/051026_foxa2tead_approved.html

Teadファミリー(TEF1)は1988年に精製され、1991年にはクローニングされていた転写因子である。おそらく、ほとんどすべての細胞で発現しているために、発生学者の興味を引くことはなく、その発生における役割はほとんど解析されていなかった。自分たちが続けてきた研究で再発見した転写因子 Tead に注目して研究を進めることを決心しノックアウトマウスの作製を開始した。当時は、こんなに競争の激しい分野になるとは思ってもいなかった…。

教訓
温故知新、あるいは、継続は力なり。

2. Tead4 が栄養外胚葉の形成に必須であることを発見

Nishioka N, Yamamoto S, Kiyonari H, Sato H, Sawada A, Ota M, Nakao K, *Sasaki H. (2008)
Tead4 is required for specification of trophectoderm in pre-implantation mouse embryos.
Mech. Dev. 125, 270–283

Tead ファミリーのノックアウトマウスの作成から、Tead4 が着床前胚の栄養外胚葉の分化に必須であることを示した論文。Tead4 変異マウス胚では、全ての細胞が内部細胞塊になる。

論文の詳細な解説(理研ホームページ内)
http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/080128_tead4.html

実は最初4の論文の内容も含んだ大きな論文として発表する予定だった。私がアメリカに行ったときに、古くから Tead ファミリーの生化学的な研究をしている研究室を表敬訪問し、その研究室では、Tead4 の変異マウスは作っていないということだったので分化異常になることを少し話したところ、1年後に、Development に、その研究室から Tead4 変異胚は分化異常になるという論文が発表されて、愕然とする。西岡君激怒し、足の裏に墨を塗って出し抜いた Development の論文を踏みつける。次の論文が出るまで足あとつき論文が研究室に貼ってあった。

私たちは、泣く泣く Development の論文に対応するデータだけを切り離して Mech. Dev. へ投稿。幸い良く引用してもらえ、Mech. Dev. Top Cited Article 2008-2010になり表彰状が届く。

教訓
口は災いのもと、あるいは、人を見たら泥棒と思え(研究者として2番目の教訓はあまりにも悲しい)

3. 培養細胞の密度依存的な増殖制御機構を解明

Ota M, *Sasaki H. (2008)
Mammalian Tead proteins regulate cell proliferation and contact inhibition as a transcriptional mediator of Hippo signaling.
Development 135, 4059–4069

転写因子 Tead とそのコアクチベーターの Yap がマウスの細胞および胚において、がん抑制シグナル経路である Hippo シグナルの下流で作用していることを明らかにした論文。さらに、培養細胞の増殖が細胞密度によって変化することは、古くから「細胞増殖の接触阻止(contact inhibition of proliferation)」として知られていたが、その分子基盤は、細胞密度による Hippo シグナル経路を介した転写因子 Tead の活性制御であることを示した。

論文の詳細な解説(理研ホームページ内)
http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/081211_teadyap.html

こんな面白い研究は他に誰もしていないだろうと思っていたら、ある日突然、別のグループから同じような論文が Genes Dev. に発表され大慌て。すぐに投稿して同年中の発表にこぎつける。

教訓
時は金なり? 面白い発見をしたら、必死に研究をおこない、一日でも早く投稿したほうがよい。ただし、人と同じ研究をして競争に勝つことを目標にしては研究をつまらなくするだけ。独自のおもろい研究を行ない、発見を楽しむべき。

4. 着床前マウス胚の位置依存的な細胞分化の制御機構を解明

Nishioka N, Inoue K-I, Adachi K, Kiyonari H, Ota M, Ralston A, Yabuta N, Hirahara S, Stephenson RO, Ogonuki N, Makita R, Kurihara H, Morin-Kensicki EM, Nojima H, Rossant J, Nakao K, Niwa H, *Sasaki H. (2009)
The Hippo signaling pathway components Lats and Yap pattern Tead4 activity to distinguish mouse trophectoderm from inner cell mass.
Dev. Cell 16, 398–410

着床前のマウス胚では、胎盤をつくる栄養外胚葉と胚をつくる内部細胞塊の2種類の細胞が作られ、その分化は、細胞が胚の外側に面しているか内側にあるかで決まる。そのような仕組みが存在することは、1967年に Tarkowski らが Inside-Outside Model で提唱していたが、その実態は不明であった。本論文では、その位置依存的な分化の分子基盤が、位置依存的な Hippo シグナルの活性化による転写因子 Tead4 の活性制御であることを明らかにした。

論文の詳細な解説(理研ホームページ内)
http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/09/090330_Insouts.html

本研究は複数の研究者により Faculty of 1000 で must read の高い評価を受けた。また、この発見は、翌年発刊の発生学の教科書 Gilbert, Developmental Biology 9th editionで、1ページを使って紹介されている。

上述の2番の論文で、私たちを出し抜いた競争相手からも賞賛のメールが届く。

教訓
石の上にも三年。西岡君の不屈の精神をたたえたい。

5. 細胞の形態による Hippo シグナル経路の制御を示す

Wada K-I, Itoga K, Okano T, Yonemura S, *Sasaki H (2011)
Hippo pathway regulation by cell morphology and stress fibers.
Development 138, 3907–3914

培養細胞の増殖が細胞密度によって制御されているが、細胞がどのようにして密度を感知しているのかを解析した論文。細胞密度が変化すると細胞の形も変化することに注目し、マイクロドメイン上で単一の細胞を培養することにより、細胞の形が変化すると、F アクチンのストレスファイバーの量が変化し、それにより、Hippo シグナル経路の活性化が変化することを見出した。細胞間の接触とは関係なく、細胞の形が Hippo シグナル経路を制御することを示した論文。

論文の詳細な解説(発生研ホームページ、ニュープレス)
http://www.imeg.kumamoto-u.ac.jp/newpress/np48.html

投稿準備を進めていたところ、別のグループから Nature に同様のコンセプトの論文が発表される。またか…という感じ。コンセプトとしては似ているが、結論で大きく異なるところがあり、Development に1カ月で受理される。幸い Development の In this issue と Science Signaling の Editor’s Choice に選ばれ、良く読まれる。 後日、他のグループからも関連した論文が発表される。

教訓
三者三様? 自分たちのアイデアで独自の研究しているつもりが、私たちと同じような研究をしているグループがほかにもいる場合がある。それぞれの研究には、それぞれの考え方があらわれていて面白い。

6. 着床前胚で Hippo シグナルによって Yap の細胞内局在が変化することを再確認

Hirate Y, Cockburn K, Rossant J, *Sasaki H (2012)
Tead4 is constitutively nuclear, while nuclear vs. cytoplasmic Yap distribution is regulated in preimplantation embryos.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 109:E3389–90
doi: 10.1073/pnas.1211810109

他のグループから、着床前のマウス胚において、Yap は常に核にあり Tead4 が核と細胞質の局在を変えるという、上記4番の論文の結果を完全に否定する論文が PNAS に掲載され、それに反論するためのレター。

彼らの論文を見て驚き、すぐに彼らが使っている市販の Tead4 抗体を購入して追試。非常によいモノクローナル抗体で Tead4 がすべての細胞で核にあるというきれいな結果が出て一安心。なぜ彼らは、この抗体で全く違う結果を得たのか?彼らの Yap の染色にも問題があることがわかり、彼らの論文を信じて世の中に混乱が生じないように、私たちのデータをまとめて PNAS のエディター宛にレターとして送る。

教訓
出る杭は打たれる?過去の論文の再確認の論文を書くという、非創造的な作業に貴重な時間を使わせないでほしい…。

7. 着床前胚の細胞の位置依存的な Hippo シグナルの制御が起こる仕組みを解明

Hirate Y, Hirahara S, Inoue K-i, Suzuki A, Alarcon VB, Akimoto K, Hirai T, Hara T, Adachi M, Chida K, Ohno S, Marikawa Y, Nakao K, Shimono A, *Sasaki H (2013)
Polarity-dependent distribution of angiomotin localizes Hippo signaling in preimplantation embryos.
Curr. Biol. 23, 1184–1194
doi: 10.1016/j.cub.2013.05.014

着床前胚で、位置依存的な Hippo シグナルの活性化が起こる仕組みを明らかにした論文。Hippo シグナルは細胞同士の接着によって活性化されるが、外側の細胞は細胞極性を持つために活性化しない。一方、内側の細胞は、極性を持たないために活性化できる。Angiomotin(Amot)というタンパク質が細胞接着装置に存在すると Hippo シグナルが活性化し、存在しないと Hippo シグナルが活性化しない。また、分子機構として、Amot は Nf2/Merlin とともに、細胞接着因子の E-cadherin と複合体を形成し、その複合体の中で、Amot は Lats によるリン酸化を受け、Lats と強く結合して活性化することで、Hippo 経路を活性化することがわかった。

海外の学会に参加した際、他のグループから類似の内容の論文がすでに投稿されていると聞き、助教の平手さんが連日徹夜で実験し、1週間強で論文を書き上げて投稿。すんなりと受理される。競合相手の論文は後日他紙に掲載された。もっと上を目指してこつこつとデータをためており、急ぐ必要がなければ、もっとよいところへ出せたはずなので、少し残念だが出し抜かれなくてよかった。

論文受理直後に、Hippo シグナルの Keystone Symposium に参加した際、Amot のリン酸化による Hippo シグナルの活性化については、私たち以外に2つの研究室から発表があり、非常に競争が激しかったことが判明。幸い、私たちが先に論文発表できており、出し抜かれそうだと思っていたのに、気づいてみれば競争のトップになっていた。

教訓
人間万事 塞翁が馬。回りに惑わされること無く、自分の道を前進するのみ。

8. 胚発生に胚体外の組織が出す物理的な力が関与していることを発見

Imuta Y, Koyama H, Shi D, Eiraku M, Fujimori T, *Sasaki H (2014)
Mechanical control of notochord morphogenesis by extra-embryonic tissues in mouse embryos.
Mech. Dev. 132, 44–58
doi: 10.1016/j.mod.2014.01.004

哺乳類の胚は、受精卵が作る胚体外の組織に包まれて発生する。胚体外の組織の働きとしては、これまで、胚に母体からの栄養を供給することなどが知られていた。本論文では、胚体外の組織が作る羊膜腔という空間が膨らむことで生ずる力が、胚を前後に引っ張ることで、胚の正常な形態形成を支えていることを明らかにした。

大学院生の藺牟田君が、着床後胚を胚対外培養し細胞の動きを観察する系を立ち上げ、それによりわかったことを元に、こつこつと発展させてきた面白い研究。学位取得という時間制限のために、最後は専門誌での発表となってしまったが、関連研究者は読んでくれているらしく、発表後すぐに海外から数件の問い合わせが来た。

藺牟田君無事に卒業。ご苦労様でした。

9. マウス胚線維芽細胞を用いた細胞競合のモデル系を樹立

Mamada H, Sato T, Ota M, *Sasaki H. (2015)
Cell competition in mouse NIH3T3 embryonic fibroblasts is controlled by the activity of Tead family proteins and Myc.
J. Cell Sci. 128, 790–803

マウス胚由来の線維芽細胞株において、細胞競合が起こることを明らかにした論文。細胞競合はもともとショウジョウバエで発見された細胞間コミュニケーションの一つであり、哺乳類においての知見は乏しい。私たちは、マウス胚の培養細胞で Hippo シグナルの研究を進める中で、Hippo シグナル経路の転写因子 Tead の活性の異なる細胞の間で、細胞競合が起こり、相対的に Tead 活性の低い細胞が排除されることを見出した。また、その下流では原がん遺伝子 Myc が関与しており、ショウジョウバエで明らかにされた細胞競合と同様の仕組みが働いていることを示した。

この現象を発見したのはずいぶん以前だったが、研究員の交代や研究室の引越しなどによりなかなか論文として発表することができなかった。投稿を繰り返して何年か越しでようやく発表できた。培養細胞の簡便なモデル系ができたことで、ショウジョウバエや他の系では行えないような研究が可能になった。この系を用いて、細胞間コミュニケーション機構をさらに深めてゆくことを決意。新規機構の解明を進めている。

教訓
継続は力なり。あるいは千里の道も一歩から。長年進めてきた Tead-Hippo シグナルの研究が、細胞競合という新たな研究の展開につながった、その最初の記念すべき論文。

10. マウスエピブラスト形成における Hippo シグナルと細胞競合の役割を解明

Hashimoto M, Sasaki H (2019)
Epiblast formation by TEAD-YAP-dependent expression of pluripotency factors and competitive elimination of unspecified cells.
Dev Cell 50(2):139–154.e5.
doi: 10.1016/j.devcel.2019.05.024

マウス胚発生における Hippo シグナルと細胞競合の新たな役割を明らかにした論文。以前の研究(Mamada et al, 2015)において、培養細胞で Hippo シグナル経路の転写因子 TEAD の活性化レベルの異なる細胞間で細胞競合が起こることを見出しており、同様の細胞競合が、マウスの発生過程でも起こるのか、また、起こるとすればどのような役割を持っているのかを明らかにする目的で研究を開始した。大阪大学の研究室移動時に助教として着任した橋本君が、多くの創意工夫と試行錯誤とにより、ゲノム編集を用いて効率よくモザイク胚を作成する方法を開発し、本研究を成し遂げた。

まず、モザイク胚を作成することにより、着床前胚で多能性細胞のエピブラストが形成されるときに、TEAD 活性の異なる細胞間で細胞競合が起こり、TEAD 活性の低い細胞を排除することを見出した。そして、TEAD 活性/Hippo シグナルの新しい働きとして、エピブラスト形成時の多能性因子の発現誘導を見出し、細胞競合によりエピブラストから多能性因子の発現の低い細胞を排除することが分かった。さらに、正常な胚のエピブラスト形成時でも TEAD の活性化・多能性因子の発現には細胞ごとにばらつきがあり、多能性因子の発現の低い細胞が発現の高い細胞との間の細胞競合によって排除されることで、高い多能性因子の発現を持った細胞のみからなるエピブラストが形成されることが分かった。この研究は、胚は、発生における細胞分化のゆらぎをいかに克服して正確に体を作るのか、という問いに対する一つの答えを与える重要なものである(詳細はプレスリリースを参照)。

11. マウス着床前胚における最初の細胞分化時の YAP の動態を解明

Otsuka T, Shimojo H, Sasaki H (2023)
Daughter cells inherit YAP localization from mother cell in early preimplantation embryos.
Dev. Growth Differ. In press
doi: 10.1111/dgd.12870

マウス胚の発生で起こる最初の細胞分化である栄養外胚葉と内部細胞塊との分化時の YAP の動態を明らかにした論文。この細胞分化を制御する32細胞期胚における細胞位置依存的な YAP の分布がつくられる過程を YAP を蛍光タンパク質で可視化したノックインマウスを作成して詳細なライブイメージングにより解析した。8 – 32細胞期の細胞分裂では、分裂前に外側に位置する細胞は YAP は核に、内側の細胞は YAP は細胞質に存在するが、分裂時には YAP は一旦細胞全体に拡散し、分裂直後の娘細胞では細胞分裂のパターンによらず分裂前の母細胞と同じ YAP の局在を示していた。胚操作による検証も行い、栄養外胚葉と内部細胞塊との分化過程では、分裂前の母細胞における Hippo シグナルの状態が分裂直後の娘細胞に受け継がれていることが示された。この仕組みは、細胞分裂を超えて細胞分化を安定に進めることに寄与していると考えられる。

この研究は、もともとは下條助教が、エピブラスト形成時の細胞競合過程での YAP の動態を解析することを目的として YAP 可視化マウスの作成を行い、大学院生の大塚君がライブイメージングをしてきたものだった。しかし、YAP 可視化マウスはいずれも、非常に蛍光が微弱でホモでは着床後に胎生致死になり、細胞競合が起こる中期胚盤胞期以降は死細胞の蛍光や細胞質に蛍光タンパク質のごみが邪魔して解析できない等の問題があることがわかり、目的を変更して、それらの影響を受けにくい32細胞期胚までに注目して解析を行った。蛍光が非常に微弱なため binning をかけるなど下條さんのイメージング技術を駆使して解析を進めてきた。解析中に Rossant の研究室から別の蛍光タンパク質を用いた YAP レポーターマウスのライブイメージングの論文が出たが、32細胞期までに注目して詳細な解析を行うことで、新たな現象を発見して論文発表できたことは良かった。修士2年間の研究による短い論文だが、YAP の動態解析という研究室の長年の課題に答えた重要な研究。