キメラ菌体を用いた回転ステップの計測

この研究は,キメラ菌体を用いて,世界で初めてバクテリアべん毛モーターの回転の素過程を計測したものです.
この成果は,05年にNatureに掲載されました.

Sowa Y, Rowe AD, Leake MC, Yakushi T, Homma M, Ishijima A, Berry RM.
Direct observation of steps in rotation of the bacterial flagellar motor.
Nature. 2005 Oct 6;437(7060):916-9.

バクテリアべん毛モーターは直径40nmほどの回転モーターです.
1974年に回転が証明されて以来,数多くの研究者がその素過程を計測することを試みました.
それは,
 キネシンの8nmステップ
  ミオシンVの36nmステップ

のように,素過程を明らかにすることで,その運動メカニズムを明らかにすることができる,という思惑からです.
と言って,キネシン,ミオシンの運動メカニズムがわかった,とまではいっていませんが....
しかし,いままで誰もその素過程を計測することができませんでした.
 スムーズに回転しているの?
 それとも,ステップ状(時計の秒針のように)の変位があるの?
という疑問に誰も答えることができていませんでした.

その理由としてあげられるのが,
 モーターの複雑さ
  回転の速さ
  期待されるステップの小ささ

と言うものです.
一つずつ説明していきましょう.

・モーターの複雑さ
先に述べましたようにバクテリアべん毛モーターは,
 回転子
 固定子

からなると言われています.
回転子は一つ,なのですが,固定子は,8~13個程度が回転子の周りに配置されていると考えられています.
おのおのの固定子がイオンを通過し,その際にトルクを発生し,回転子を回す,を言われています(まだ確実な証明はありませんが).
つまり,
 複数の駆動ユニットが存在するマシン
なのです.
ですので,素過程を明らかにするにはちょっと複雑です.

・回転の速さ
バクテリアべん毛モーターは結構な速さで回転します.
大腸菌で300Hz程度,一番早い菌では1000Hzもの速さで回転します.
となると,1回転にかかる時間は....
 1ms~3ms
と言うもの.
その1回転の中の詳細を計測するのですから,時間分解能の優れた(10マイクロ秒程度?)計測システムが必要となります.
時間分解能を向上させるには,システム(菌体を含めた)の弾性率を上げなくてはならず,また空間分解能と相反する場合が多いのです.

・期待されるステップの小ささ
理論上は,1回転あたり1000個のイオンがモーターに通過すると言われています.
これもかなり幅を持つと思いますが.
もし,固定子の数を10個とすると,
 1000イオン/1回転÷10個=100イオン/1回転
が一つの固定子に流れます.
と言うことは,
 360度÷100イオン/1回転=3.6度/イオン
となります.
つまり,1個のイオンが通過する際に期待される回転角度は,3.6度にしかならないのです.
これは,ATP合成酵素の素過程,120度,に比べてと手も小さい値であることがわかります.

これらの問題点を解決したのが,キメラ菌体です.
でも,キメラ菌体の説明の前に,プロトン型とナトリウム型について説明しましょう.

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