現在の研究テーマ

バクテリアべん毛モーターの回転機構の解明

バクテリアべん毛モーターは,こちら,でも書きましたように,生物界において珍しい回転機構を有する運動機関です.

入力エネルギーはイオンの流れであり,種により,水素,ナトリウムなどのイオンが通過して,トルクを発生します.
イオンを通過し,トルクを発生するステーター,回転するローターからなり,一つのモーターにステーターは11個程度あることが知られています.
分子モーターの動作原理を解明するためには,その素過程を明らかにすることが第一に行うことであり,ミオシンVの35nm,キネシン,ダイニンの8nmステップなどの素過程が明らかにされています.
しかし,べん毛モーターにおいては,
 トルク発生ユニットであるステーターが複数存在する(11個程度)
 一つあたりのステップが小さい可能性がある
   (1回転÷1,000イオン/1回転=0.36度)
 回転数が早い(大腸菌で200Hz程度=1回転あたり5ms)
 入力の調整ができない
   (大腸菌の場合,外部イオン濃度を変えても,
      大腸菌自体が内部イオン濃度などを調整してしまう)

という困難さがあり,今まで誰も明らかにすることができませんでした.

我々は,キメラモーターを用いて上記の問題点を克服し,初めてバクテリアべん毛モーターの回転素過程を明らかにすることができました (Sowa, et., al., 2005, Nature).
その結果,
 1回転あたり26ステップ(約14度)
であることを見いだし,この26という値はローターの構成蛋白の一つである,FliG,の数と一致することを見いだしました.
従来から,FliG,はステーターと相互作用してトルクを発生する,と言われていましたが,我われの結果はそれを裏付けるものです.

現在,さらなる分解能の向上を目指し,素過程の詳細,について研究を続けているところです.

発表論文

バクテリアべん毛モーター

ステップの拡大図(縦軸角度,横軸時間)

 

バクテリア走化性システムにおける情報伝達機構の解明

バクテリアは下等生物ですが,
外界の情報を受け取り,よりよい環境に向かって進むことができる
という,高度な情報伝達機構を有します.
その内訳は,
 細胞極にある受容体が外界情報を受け取る
 受容体直下の,CheA,をリン酸化
 細胞質内の,CheY,にリン酸を受け渡す(CheY-P)
 CheY-Pが拡散により,モーター基部体に到達し,結合

することにより,モーターの回転方向がCW(時計回り)からCCW(反時計回り)に転換します.
その後,
 モーター基部体からCheY-Pが解離
することにより,  モーターの回転が,CWからCCWに転換し,
 解離したCheY-Pは細胞極に存在するCheZにより脱リン酸化
され,元の状態に戻ります.

ここで,問題となるのは,
 細胞内情報伝達(CheY-P)はどのように細胞内を伝搬するか?
です.
今までの考えでは,
 細胞内CheY-P濃度は一様に変化する
 濃度ゆらぎが生じるため,モーター間の回転変換には相関がない

と言われていました.

実際に,細胞内CheY-P濃度の変化をイメージングすればいいのですが,
 現在のイメージング技術ではリン酸化の有無で区別することができない
ために,計測された例はありませんでした.

我々は,
 複数のモーターの回転を同時に計測する
ことにより,細胞内の情報伝達を明らかにしようと試みました.
その結果,
 複数のモーター間には回転転換に相関がある
 その相関には時間遅れがあり,極に近い方のモーターが早く転換する
 その時間遅れは,サブ秒オーダーで,モーター間の距離が長くなると長くなる

ことがわかりました.この結果は,
 細胞内情報伝達は極から波のように伝わる
 極の受容体はあたかも1分子のように非常に強い協同性を有する

ことを意味します.さらに,
 拡散で情報伝達するためには,脱リン酸化を行うCheZの局在,機能が非常に重要である
ことを強く示唆することができました.

この結果は,原核細胞のみならず,真核細胞にも非常に重要な知見を与えるものです.

今後,さらなる計測手法の開発を行い,より詳細を明らかにする予定です.
現在,
 CheZが局在しない状態での回転転換の変化
 ケージド化合物を用いた外部刺激による回転転換の応答

などに力を入れています.

発表論文日本語総説

複数のべん毛モータの同時計測,下図において,
 赤線:細胞の輪郭
 緑:GFP-CheW(極の位置)
である.
動画は,1,250 frames/sで録画し,30 frames/sで再生しているので,1/40倍速となる(4秒で0.1秒換算)

各モーターの回転方向転換の様子(上の赤が極に近いモーター,下の青が極から遠いモーター).
CCW→CW,CW→CCWともに極に近いモーターが約0.1秒程度早く転換していることがわかる.

モーター間の距離と時間遅れとの関係,モーター間の距離が遠くなるほど時間遅れが大きくなることがわかる

 

アクトミオシンの動作機構の解明

アクトミオシンの研究は日本で古くから行われています.1991年にガラスニードルを使って,数分子のミオシン分子の発生する張力,変位を直接計測することに成功しました (Ishijima et., al., Nature, 1991).さらに,1分子のミオシン分子の発生する変位の測定にも成功しました (Ishijima et., al., BBRC, 1994, BJ, 1996).
その後,計測手法をガラスニードルからレーザートラップに変更し,ミオシン分子1分子レベルでの計測を行ってきました (Tanaka et, al., BJ, 1998, Kimura et., al., JMB, 2003).そして,柳田ERATOプロジェクトにおいて,レーザートラップ計測系と,エバネッセント照明系を組み合わせてCy3-ATPの結合解離と張力の発生を1分子レベルで同時に計測することに成功しました (Ishijima et., al., Cell, 1998).

しかし,測定システムに存在する男性要素(ビーズとアクチンフィラメントの接着など)の影響を完全に取り除くことは難しく,骨格筋ミオシンの素過程を正確に見積もることが困難でした.

そこで,新たに,特別な計測システムを用いなくてもアクトミオシン相互作用のキネティックスを明らかにできないか,ということで,運動再構成系を改変した系を作りました.それは,
 ガラス上のミオシン分子の数を減らす
 アクチンの長さを短くする

ことにより,アクチンフィラメントに相互作用可能なミオシンの数を減らしました.そうすることでアクチンフィラメントはガラス上を持続的に滑り運動することができずに,溶液中に離れていってしまいます.しかし,再び,溶液中をゆらぎ,ガラス上に戻り,滑り運動を繰り返します.
この現象を我々は,Touch and Go,と呼んでいます.
さて,この一過的にガラス上を滑り運動している間の時間は何で決まるのでしょう?これは,
 アクチンとミオシンの結合・解離している時間
 相互作用しているミオシンの数

に依存します.さらに,この結合している時間は,
 ATP濃度
に依存します.つまり,相互作用しているミオシンの数が,
 少なくとも1つ以上なら結合
 0になれば,解離
となるわけです.ですので,この三つのパラメータ,解離速度(ATP濃度依存),結合速度,ミオシンの数,で解析すれば,各パラメータを見積もることができるのです.
その結果,
 結合速度は滑り速度に依存する
という新しい知見を得ることができました.つまり,溶液系とは違い,実際の筋肉の中では,一本のアクチンの上を運動すると考えられます(運動再構成系はそれを顕微鏡上で再現したもの).となると,滑り速度が速いほど次の結合サイトに遭遇する機会が増えることになります.我々の結果は,溶液などの実験では決して得られない知見を得ることができたのです.現在,さらなる知見を得るために,研究を続けています.

発表論文

 

ガラスニードルによる計測システム.写真にはガラス棒に,細いガラスニードルが取り付けられているのがわかる.さらに,先端にニッケル粒子が取り付けられている(センサー上でのコントラストを高めるため).

数分子のミオシンによる発生張力.張力がゆらいでいるのがわかる.これは,関与するミオシン分子の数がゆらいでいるからである.

同時計測システムの概要

Touch and Go 実験の様子

 

褐色脂肪細胞の熱計測

CNTを用いた新しい計測システムの開発

 

今までのお仕事

 ガラスニードルを用いた数分子のミオシンの発生する張力の計測
 ガラスニードルを用いた1分子のミオシンの発生する張力の計測
 アクトミオシン相互作用における化学反応と力学反応の同時計測
 ナトリウム型バクテリアべん毛モーターのトルク-速度関係
 キメラ菌体を用いた回転ステップの計測