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微生物叢による生殖機能増進のメカニズムを解明

不妊を含む生殖系疾患予防などへの貢献に期待

原著論文 Commun. Biol. (2023)
論文タイトル Microbes control Drosophila germline stem cell increase and egg maturation through hormonal pathways
研究室サイト 生殖生物学研究室〈甲斐 歳惠 教授〉
概要

大阪大学大学院生命機能研究科の須山律子特任助教(常勤)、甲斐歳惠教授らの研究グループは、ハワイ大学マノア校のJoanne Yew准教授との共同研究で、別個体ショウジョウバエのもつ微生物叢が環境因子の一つとして雌の生殖機能を増進させることを見出し、その分子メカニズムを明らかにしました。

動物の卵子は次世代を繋ぐ重要な役割を担っており、ショウジョウバエでは、生殖幹細胞の増殖および成熟卵形成は環境因子である栄養条件や生理学的な条件、受精刺激によって大きく左右されることがわかっていました。貧栄養条件で飼育されたショウジョウバエに微生物叢を作用させると栄養摂取が促進され生殖機能が向上することや、無菌ショウジョウバエ株では栄養摂取が低下し産卵数が減少することなどから、微生物叢が成熟卵形成に関与することはこれまでに示唆されていましたが、その詳細な分子経路は不明でした。

本研究では、微生物叢環境下で飼育されたショウジョウバエ雌の生殖幹細胞数が増加し、卵子形成が促進されることを示し、その作用は成熟卵形成の各発生段階によって制御されていることを解明しました。また微生物叢により、個体内の内分泌ホルモン量が増え、それを伝達する受容体が活性化されることによって成熟卵形成能が向上することを明らかにしました。

研究の背景

ストレス、年齢、栄養状態などの環境因子は、動物の生理機能に大きな影響を与えています。中でも、動物の皮膚や粘膜面に存在する、数十〜数百兆個の多様な微生物から構成される常在細菌叢(マイクロバイオーム)は栄養摂取、免疫反応、代謝恒常性、生殖などの生命維持機能に多大な影響を及ぼします。近年、不妊を含む生殖系疾患は人口減少に繋がる深刻な社会問題となっており、その予防法もしくは治療法の開発が期待されています。特に、子宮内細菌叢の多様性は、子宮疾患と関連し、受精卵移植の効率やその後の妊娠の成立に寄与することもわかってきました。このような微生物叢の生殖機能に関する影響は、ヒトを含む哺乳類だけでなく、ショウジョウバエなどの無脊椎動物でも確認されており、微生物叢の影響を受けて栄養摂取が促進され産卵数が向上するという例が報告されています。

ショウジョウバエの成熟卵は、卵巣内で周辺微小環境を形成する体細胞ニッチからのシグナルを受けて生殖幹細胞が卵母細胞と哺育細胞に分化することにより形成されます(図1、図3)。卵母細胞は哺育細胞から細胞小器官、mRNA、タンパク質などの生育に必須な物質を受け取ることで成熟卵、卵子となります。発生過程では、アポトーシスによる細胞死より成熟卵形成過程全体が調節されます。また、インスリン、エクジソン、幼若ホルモンという主要な内分泌ホルモン系路が成熟過程の各ステージで特異的に寄与し、卵形成に影響していることがこれまで報告されてきました。環境要因である栄養、受精刺激では、各々、インスリン、エクジソンといった独自のホルモン経路を活性化し、生殖機能を向上させていることが明らかになっている一方で、微生物叢やその分泌物質による生殖幹細胞増殖や卵成熟の分子基盤については不明な点が多く、分子経路の同定が課題となっていました。

本研究の成果

そこで、研究グループは、微生物叢を環境因子としてショウジョウバエ個体に作用させる実験系を確立し(図2)、遺伝学や組織学的手法が容易に適応できるモデル生物での生殖機能の向上に関する分子経路を同定することを目指しました。まず、16Sリボソーム解析により、研究室で飼育しているショウジョウバエの微生物叢の組成は、Acetobacter属が優位であることを明らかにしました。ショウジョウバエから単離したAcetobacter株を培養し、ドナーとして飼育バイアルに供したところ、生殖幹細胞の増殖、成熟卵形成能が向上することがわかりました。一方、無菌ショウジョウバエ株ではそのような効果は見られなかったことから、環境因子としての微生物叢が寄与していることを証明しました。次に微生物叢がどの発生段階に作用して成熟卵形成を促進するかを詳細に解析しました。その結果、微生物叢の作用により、生殖幹細胞の分裂の活性化に伴い生殖幹細胞数が増加し、卵発生段階初期での生殖巣でのアポトーシスによる細胞死の頻度が減少することがわかりました。さらに、生殖細胞、体細胞の細胞分裂速度は約1.5倍に上昇していました。これらの結果は、微生物叢環境下では、特定の発生段階が劇的に活性化されるのではなく、生殖幹細胞分裂、細胞死の抑制、細胞分裂促進といった異なる発生段階での相乗効果により成熟卵数が増加することを示しています。

さらに、特定の分子経路をRNAi干渉法により機能欠損させ、微生物叢環境下で制御される生殖幹細胞数の増加と成熟卵数を評価しました。その結果、他の環境要因である、富栄養、受精の刺激で活性化される分子経路とは異なり、エクジソン、幼若ホルモンの両方が活性化に寄与することがわかりました。特にエクジソンは発生段階初期の生殖幹細胞数の増加と後期成熟卵数の両方を活性化するのに対し、幼若ホルモンは初期にのみ作用するという違いがありました。これらのホルモンを活性化する受容体は生殖細胞、体細胞に発現しているにも関わらず、体細胞での受容体のみが生殖機能の向上に関与していることも明らかになりました。しかしながら、体細胞ホルモン経路の機能欠損は生殖巣での体細胞ニッチの形態を変化させることなく生殖幹細胞のみに増殖シグナルを伝達しており、このことから体細胞と生殖細胞が互いに関わる、細胞非自律的な細胞間相互作用によって生殖能が制御されていることが明らかになりました(図3)。

研究成果のポイント
  • 環境因子としての微生物叢がショウジョウバエ雌個体の卵発生過程において生殖幹細胞の増殖と成熟卵数を増加させることが明らかに
  • 微生物叢環境下では、細胞分裂能と連動した生殖幹細胞の増殖と、生殖細胞の初期のアポトーシスによる細胞死の頻度の減少、卵細胞の細胞分裂速度の加速という相乗効果により、成熟卵数が増加することを解明
  • 微生物叢による生殖機能の増進は、エクジソン、幼若ホルモン経路により制御されることを解明
  • 微生物叢による宿主の生殖機能亢進メカニズムの解明は、不妊を含む繁殖能力亢進の新たなアプローチとなる基盤を確立し、予防医療や生殖医療に貢献できると考えられる
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、微生物叢が発生初期の生殖幹細胞の分裂と維持を制御し、成熟卵、卵子の安定供給能を向上する分子経路を明らかにしました。これは、微生物叢が形成するマクロな環境が、ホルモン経路を介して生殖幹細胞や周辺ニッチ細胞というミクロなレベルに反映され、成熟卵形成を向上させることを示しています。本研究は、これまでの多くの報告に見られる、生殖幹細胞の増殖能を維持するための周辺体細胞ニッチからの分子経路の解析に加えて、個体が受けるマクロな環境変化に応じて成熟卵形成過程が調節される一例になります。加えて、無脊椎動物での微生物叢が関与する成熟卵形成促進の分子メカニズムは、多くの保存された分子経路を有するヒトを含む哺乳類での生殖幹細胞の解析にも展開可能であり、生殖系疾患の予防や生殖機能の向上に関わる創薬や栄養補助品の開発に有益な知見となることが考えられます。

研究者のコメント

これまで知られているショウジョウバエ体内の微生物叢による個体内での生殖機能制御に加え、今回の結果では、環境因子として外的に与えられた微生物叢が個体内のホルモン経路を巧みに制御し、生殖機能を向上していることがわかりました。環境因子が生命体に影響を及ぼし、その機能に関わることの重要性を改めて認識できました。(須山律子)

特記事項

本研究成果は、2023年12月21日(木)19時(日本時間)「Communications Biology」(オンライン)に掲載されました。

なお、本研究は、以下の研究費の支援によって行われました。

  • 大阪大学国際共同研究促進プログラムタイプA、タイプA+(研究代表:甲斐歳惠、研究分担者:須山律子)
  • JSPS科学研究費補助金(JP21K06187)基盤研究(C)「マイクロバイオームが制御するショウジョウバエ卵形成の分子機構の解明」(研究代表:須山律子)
  • 公益財団法人ノバルティス科学振興財団ノバルティス研究奨励金「マイクロバイオームが亢進する生殖機能とその分子機構の解明」(研究代表:須山律子)

図1.ショウジョウバエの卵発生過程

図2.環境因子としての微生物叢による卵形成過程の実験系。微生物環境下では卵巣も大きく、成熟卵の数が増える。

図3.微生物叢環境下での生殖幹細胞増殖の分子経路

用語解説
  1. 微生物叢
    ヒト、動物、植物などの生物体の内部や表面に存在する、細菌をはじめとする多種多様な微生物の集合体。
  2. 生殖幹細胞
    卵巣または精巣に存在する生殖幹細胞は、配偶子を作り出す。生殖幹細胞は、卵子や精子へと分化する分化能を持つ一方で、未分化な幹細胞を複製する自己増殖能を有する。
  3. 無菌ショウジョウバエ株
    微生物叢を有せず、無菌状態で飼育されたショウジョウバエ株。受精胚を次亜塩素酸で処理することにより除菌し、抗生物質を添加した培地で飼育することにより、樹立する。
  4. 体細胞ニッチ
    生殖幹細胞の分化と自己増殖は、幹細胞ニッチと呼ばれる体細胞からなる微小環境により調節される。卵巣において体細胞ニッチは生殖幹細胞に近接し、幹細胞の増殖や維持に必要な分子経路によりニッチシグナルを供給する。
  5. 卵母細胞と哺育細胞
    卵母細胞は卵巣内に存在する卵子の前駆細胞で、卵子の形成の初期段階を担う。哺育細胞は、卵母細胞の周囲にあり、成熟する卵母細胞に栄養分や生体物質を供給し、卵の成長や発生を支援する。
  6. アポトーシスによる細胞死
    プログラムされた細胞死の一形態であり、胞が自己調節的に自らを破壊もしくは、特定の刺激に反応して細胞、組織の発生、成熟を調整している。DNAを断片化し、細胞質の特定の部分を分解する。
  7. 内分泌ホルモン系路
    体内でホルモンを産生、分泌し、それらが循環系を通じて他の器官や組織に影響を及ぼす仕組み全体を指す。ショウジョウバエでは、インスリン、エクジソン、幼若ホルモンが発生時期に応じて分泌され、変態などの形態変化にも関わる。発生、代謝、免疫、ストレス応答などを調節し、生物の恒常性を維持する。
  8. 16Sリボソーム解析
    16SリボソームRNAの一部には、微生物の進化的に保存された領域と変異が多い領域があり、変異が多い領域の配列を次世代シークエンサーにより解析することで、微生物の種類や分類に関する情報が得られ、微生物叢の組成を同定することができる。
  9. RNAi干渉法
    特定の遺伝子のmRNA配列と相補的な小さなRNA(siRNAまたはshRNA)が結合することで、そのmRNAの分解または翻訳後修飾を引き起こし、目的遺伝子の発現を抑制する。
原著論文 Commun. Biol. (2023)
論文タイトル Microbes control Drosophila germline stem cell increase and egg maturation through hormonal pathways
著者

Ritsuko Suyama (1), Nicolas Cetraro (2), Joanne Y. Yew (2), Toshie Kai (1)

  1. Laboratory of Germline Biology, Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University, 1-3 Yamadaoka Suita, Osaka 565-0871, Japan.
  2. Pacific Biosciences Research Center, University of Hawai’i at Manoa, 1993 East-West Road, Honolulu, HI 96822, USA.

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