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発生分化におけるエピジェネティクス制御精子形成における small RNA と エピジェネティック制御精子形成過程には、マウス PIWI ファミリータンパクと結合する piRNA(piwi interacting RNA)とよばれる small RNA が存在することが知られています。我々の研究室では、三つのマウスPIWIファミリーメンバーのうち、MILIとMIWI2の解析をおこない、これら二つが、レトロトランスポゾン制御領域のDNAメチル化に必須であること、また、その過程において、おそらくpiRNAが重要な機能を有していること、を明らかにしてきました。これらの研究成果を基盤に、small RNAによるエピジェネティック制御、特に、DNA メチル化の制御機構の解明をめざした研究をおこなっています。(図1) MILIおよびMIWI2は、胎仔期の雄性生殖細胞、特にレトロトランスポゾンやインプリント遺伝子にde novo DNAメチル化が生じる時期の生殖細胞に発現しており、その欠損マウスは、精子産生に異常があり不妊となります。網羅的な解析から、この発生段階の精巣には、MILIおよびMIWI2に結合する25-27ntの生殖細胞に特異的なsmall RNAであるpiRNA(piwi interacting RNA)が存在し、そのpiRNAの多くがレトロトランスポゾンに対応する配列を持つことを明らかにしました。 一方、MILI欠損マウスおよびMIWI2欠損マウスの雄性生殖細胞では、レトロトランスポゾンの制御領域におけるDNAメチル化が低下し、その転写が上昇していました。さらに、MILIおよびMIWI2の欠損マウスの胎仔期の精巣においては、piRNAの発現が著しく減少していました。これらの結果は、MILIおよびMIWI2がpiRNA与していること、また、piRNAがレトロトランスポゾン遺伝子のDNAメチル化に重要な役割を有していること、を示しています。また、MVH(mouse vasa homologue)は、ショウジョウバエからほ乳類まで保存されている生殖細胞の発生に必須なRNAヘリカーゼです。MVHの欠損マウスでも、MILIやMIWI2と類似した表現型を示すことから、MVHのpiRNA産生における分子機構の解析もおこなっています。 これらの研究を通じて、small RNAを介して、どのようにDNAに新たなメチル化が付加されるのか、そして、DNAメチル化が精子形成にどのような役割を果たしているのか、を明らかにしていきたいと考えています。 piRNAの生合成経路とDNAメチル化 ゲノムインプリンティングの維持機構と生理的意義我々の細胞が持つ染色体は父親と母親から一組ずつ伝えられ、そのDNAの塩基情報は基本的に同一であり、ほとんどの遺伝子はその両方の染色体から同じように発現します。しかし父親由来、あるいは母親由来の染色体どちらか一方のみから発現(片アレル性発現)する遺伝子が存在し、インプリンティング遺伝子と呼ばれています(図2A)。ヒトでもマウスでも、百数十個と、多くはありませんが、胎盤の形成や胎児の成長、脳の高次機能、骨髄幹細胞の維持など、生体の様々な場面で重要な役割を担っていることが知られています。このような片アレル性発現は塩基情報に上書きされたエピジェネティックな制御によるものであり、とりわけ、精子や卵子の発生過程それぞれにおいて異なるパターンで生じるDNAのメチル化が重要です。精子・卵子特異的なDNAのメチル化は受精後も維持され、父親・母親それぞれに由来する染色体の間で異なる遺伝子発現状態が引き起こされます(図2B)。山口らはこれまでに、メチル化DNA特異的な酸化酵素であるTet1が、精子・卵子の発生に先立って、体細胞型のインプリンティングを消去する働きがあることを明らかにしてきました(Yamaguchi et al., Nature, 2013)。 受精直後、着床前の段階で生じるリプログラミングにより、DNAのメチル化はそのほとんどが消去され、精子・卵子に由来するエピジェネティックな状態がほぼ白紙に戻されますが、インプリンティング遺伝子領域のメチル化は維持されます。広大なゲノムの中で、どのようにインプリンティング領域だけがリプログラミングを免れているのか、はほとんどわかっていません。また、インプリンティング遺伝子は数多く報告されていますが、それらの機能や調節機構の多くは未解明のまま残されています。我々は、(1)インプリンティングの維持機構、(2)インプリンティング遺伝子の未知の機能、の解明を目的に、培養幹細胞、初期胚操作、ノックアウトマウス、ゲノム編集、エピゲノム操作など、様々な手法を駆使してアプローチします。 インプリンティング遺伝子の異常は癌などの疾患にも密接に関わっていることが報告されています。生体内においてインプリンティング遺伝子がどのような役割を果たしているのか、そして、どのように片アレル性の発現が維持されているのかを明らかにすることにより、それらの疾患のメカニズムにも迫ることができると考えています。 図2 (A) インプリンティング遺伝子における片アレル性発現 |
DNA脱メチル化機構の解析
哺乳類では、受精直後にゲノム全体に脱メチル化が生じ、この脱メチル化現象は、発生・分化に必須です。また、精子に由来する雄性ゲノムの脱メチル化は、DNAのメチル化を伴わない能動的脱メチル化によることが知られています。能動的脱メチル化の分子機構にはいくつかの報告がありますが、その実体は不明のまま残されています。我々は、初期胚・始原生殖細胞・卵細胞において特異的に発現するPGC7/Stellaが、能動的脱メチル化の制御因子であることを見出し、その解析をおこなっています。また、生命現象にとって大きな謎である、能動的脱メチル化機構の解明に挑戦しています。
PGC7/Stellaは、初期胚、始原生殖細胞、卵細胞で特異的に発現し、受精後に細胞内局在が細胞質から核へと変化するタンパクです。まず、遺伝子改変マウスを用いた解析から、PGC7/Stellaは、卵子に存在する初期発生に必要な「母性因子」であることを明らかにしました(図2)。また、PGC7/Stellaが受精直後の核内で機能することから、受精卵おけるDNAメチル化状態を、抗メチル化シトシン抗体を用いた免疫染色により検討しました。その結果、PGC7/Stella欠損の受精卵において、DNA複製が開始される前に雌性ゲノムの脱メチル化が生じていることを明らかにました(図3)。さらに、PGC7/Stella欠損の受精卵において、いくつかのインプリント遺伝子のDMR(differentially methylated region)のメチル化が低下していることも見いだしました。
以上の結果から、PGC7/Stellaが、初期発生におけるDNAの能動的脱メチル化を抑制する制御因子であることが明らかとなりまた。PGC7/Stellaがどのようにして、ゲノムを脱メチル化から保護しているのか、を明らかにしていきます。また、これらの成果を元に、いまだ未知であるDNAの脱メチル化制御機構の解明に挑戦しています。
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図3 PGC7欠損胚の発生異常 | 図4 PGC7欠損胚におけるDNAメチル化の異常 |

