・パワースペクトルからの見積もり

前節で述べたように,ゆらぎの大きさからトラップの弾性率を求めることができます.
しかし,実波形を用いている限り,一つ大きなパラメータを逃していることになります.
それが,
 時間情報
です.

同じゆらぎの大きさでも,
 ゆっくりとゆらぐもの
 はやくゆらぐもの
と違いがあることは理解できるでしょう.
しかし,前節でのゆらぎの大きさ,
 <x2>
では,その時間情報をひっくるめた値となってしまうのです.

上のトレースは両方とも, <x2>はほぼ同じ,でも全然違うゆらぎの形状です.
ここにも重要な情報が含まれているのです.
これを解き明かす手法の一つが,
  パワースペクトル
なのです.
パワースペクトルとは,
 周波数ごとに含まれるエネルギーを表示したもの
と言えばいいでしょうか.
ゆっくりとしたゆらぎ(低い周波数)やはやいゆらぎ(高い周波数)の分布の度合いを調べるものです.
それには,
 フーリエ変換
なる手法を用います.
本HPではいずれ説明することにして,参考にしていただきたい本は,
 フーリエの冒険
でしょうか.

さて,ゆらぎは,水分子の衝突による揺動,と表現していいと思います.
つまり,水溶液中にいる微小物体は,周囲の水分子の衝突により,あっちに動かされたり,こっちに動かされたりするのです.
そのときの速度は非常に速いものです.
ですから,非常に速いブラウン運動を行っていることが想像されます.
しかし,物体の大きさによって,動きやすさが違います.
大きな物体ほど,揺動を受けても周囲の溶液の粘性抵抗により,速い運動がしにくくなります.
つまり,
 ゆっくりとした揺動にはそのまま応じることができるが,
  速い揺動に対しては対応することができない

と言うことになります.
それを端的に示したのが,バネで固定された微小物体のパワースペクトルです.

このグラフは,
 横軸:周波数
 縦軸:パワースペクトル密度
となっています.
簡単に言うと,
 横軸は右に行くほど速い運動,左に行くほど遅い運動
 縦軸は大きいほど,いっぱいエネルギーを持っている
と言うことになります.
低周波数領域(ここでは,1~100Hz程度)ではパワー密度はほぼ一定ですね.
高周波になるとどんどん小さくなっていきます.
これが先に述べたものです.
このような形のパワースペクトルを,ローレンツ型,と呼びます.

これをきちんとした数式に表したのが,下の式です.


ここで,
 Φ(f) : パワースペクトル密度 [nm2/Hz]
 f : 周波数 [Hz]
 fc : コーナー周波数[ Hz]
となります.

さて,この式をぱっ,と見ても,うーん,となりますね..そこで,低周波領域,高周波領域で近似してみましょう.
低周波領域においては,f<<fc,となりますから,分母の第二項はほとんど0になります.
つまり,Φ(f)=Φ(0)となり,一定となります.

高周波領域においては,逆に,f>>fc,となりますから,分母の第二項は大きくなり,逆に,分母の第一項である,1,はほとんど無視できます. つまり,

となります.周波数(f)の二乗に反比例して減少していきます.

先に述べたように,
 低周波では一定
  高周波では減衰

となるのです.
この減衰は周波数の2乗で減衰します.
これが一乗だと,パワーは1/fで減少する,1/fゆらぎ,になるのですが,それは別の話...

今までは,注目している周波数,f,がコーナー周波数である,fc,に比べて大きい,小さいと考えてきましたが,では注目する周波数が,fc,の場合はどうなるでしょう?それは,

となり,0Hzにおけるパワー密度の半分となります.
逆に,コーナー周波数はそのような定義になるのです.

また,このパワースペクトル密度を全周波数領域で積分した値が,<x2>,となります.つまり,

後は,等分配の法則を用いることにより,弾性定数を見積もることができるのです.

一般的に防振台などのノイズは低周波領域に集中したり,共振によるピークを持ちます..
さらに電気ノイズなどは注目している周波数帯(1-1000 Hz)においては一定(ホワイト)です.
ですので,フーリエ変換して,パワースペクトルを表示し,ローレンツ型でフィッティングすることにより,トラップされたビーズのゆらぎと区別することができるのです.

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