大学院で何を学ぶか、何を教えるか、、と言う話

かなり以前になるが、NHKのプロジェクトXで薬師寺金堂の再建が特集されたことがある。番組では、伝説の宮大工・西岡常一棟梁と 彼を慕って集まった若手の大工たちとの関係が取り上げられており、それが面白かった。若手の大工たちは、うわさに聞く西岡棟梁の技術を教えてもらえるものと思い期待していたのだが、棟梁は一向に教えてくれない。木と対話しろ、とか禅問答のようなことしか言わないのである。当然、不満がたまり反抗的になっていく。

しかしある時、西岡棟梁が、柱のカンナがけがうまくいかず困っていた若手に近づく。おもむろにカンナを手に取りさっとひと削りし、できたカンナ屑をつまんで一言、「これがカンナ屑だ」。若手大工がその鉋屑を手に取り眺めると、ありえないほど薄く均一でサランラップのように透けて見えたとのことである。その若手大工は、その後20年間、西岡棟梁について修業したそうであるが、何かを直々に教わったのは、そのカンナ屑の一件だけで、あとはすべて棟梁の背中を見ながら自分で学んだそうである。(NHKなので、多少の誇張は見込んでください)

う〜ん。なんか、大学教員にとって理想的とも思える教育法だが、残念ながら、そんな必殺技を持っている教官は(ほとんど)いないだろう。だが、ちょっと前には、似たような話は結構あったのである。生命機能研究科の立ち上げメンバーの一人である柳田敏夫先生(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E7%94%B0%E6%95%8F%E9%9B%84)が大学院に入学したとき、完全にほったらかし状態にされた。不安に思い文句を言いに行ったのだが、教授は不思議そうに言ったそうだ。「君は何かやりたいことがあるから大学院に入ったんじゃないのか?」。カウンターを食らった柳田先生は、自分で一からプロジェクトを考えて研究を進め、一分子計測という画期的な技術の完成させたのである。(この話も、ちょっと誇張はあるかもしれません。)

自分の経験(柳田先生より10数年後)だと、最前線の研究の場に突然放り込まれ、課題を与えられ、それを必死にこなしていく、、、という感じで、教育を受けるというより、実務で覚えるという感じだった。方向性は異なるが、いずれの場合も「教育する」というより、背中をみながら自分で学べ、というスタイルである。日本的な伝統的徒弟制度かもしれない。

しかし、このようなスタイルではよろしくない、というのが最近主流となる意見である。大学院教育でも、しっかりとしたカリキュラムを作り、学生をきちんと「教育」しなければならない、と文科省や学術会議あたりから、大学はお叱りを受けている。

確かに、学生には教育を受ける権利があるのだし、良い人材を育てるのが大学の使命であるからには、その意見は一見正しいように思える。だか、それが、本当にうまく機能するかどうかは、また、別の話である。さらに言えば、現状徒弟制度が悪いかどうかも、確かではない。

政府が策定する「科学技術基本計画」というものがあり、基本的に、すべての科学技術に関する行政はそれに従って進められる。2001年に出された基本計画の中で、「我が国に科学を根付かせ、育て上げる取組みが必要である。」と記してある。つまり、日本にはまだ科学が根付いておらず、育っていない、と言っている。そして、計画が成就したときの目標値として「50年間にノーベル賞受賞者30人程度」と宣言している。今は到底無理だけど、50年後には、なんとかそれくらいには到達したい、というのが基本計画の趣旨だったのだ。

ところが、である。現実にはみなさんご存知のように、直後からノーベル賞ラッシュが続き、平成12年から27年までの16年間に、日本人受賞者は、なんと15人である。(米国籍の南部陽一郎、中村修二氏を含む)この数値は、ぶっちぎりの米国を除けば、おそらくトップ(国籍が米国に移している人が多いので、国別の正確な数字はちょっと解らない)で、現在のペースでいくと、50年で47人となり、科学技術基本計画の目標値をはるかに超える。

この基本計画がでた2001年の時点で、ノーベル賞の対象となった研究のほとんどは、すでに、一般的に知られていた。だから、この時の基本計画を書いた人たち、おそらく、行政と学術会議の偉い人たちは、申し訳ないが、日本の科学技術のレベルが解っていないボンクラだったことになる。なにかの計画を立てるときには、まず、自身の現状を正確に把握するのが第一歩である。すでにトップ付近にいるのにも関わらず、それに気づかず、トップでない国のシステムをまねるのは愚かだろう。

もちろん、科学や大学を取りまく環境は、急速に変わっていくため、大学、大学教育が変わらないでいることは不可能だ。明らかに不合理な仕組みもたくさんあるので、改革すべき点はたくさんある。だが、ノーベル賞受賞者を多数輩出することになった日本の大学の「強み」が何であったのかを的確に知り、そのうえで、その利点を守りながら、改革を行う必要があると思う。「改革」に焦るあまり、これまで存在した「強み」を壊してしまえば、元も子もないのだ。最近は、やたらと「イノベーションを起こすこと」「グローバルリーダーを育てること」が重要とされ、学生を専門教育外のことに連れまわすのが流行っている。分野外のことを学ぶメリットはあるが、同時に、それは専門の研究に対して、深く落ち着いて考える時間を奪うのである。

大学院生に厳しいカリキュラムを与えて鍛える、というのは良い点ばかりではないと思う。ノーベル賞を取った先生たちは、旧式の教育を受けている。少なくとも、彼らにとっては、それで問題は無かったのだ。もし、自分で考えることさせてもらえず、講義ばかり受けさせられたら、大学を辞めてしまったのではないだろうか。最近は、インターネットにより、情報の入手が格段に楽になっている。最新の科学関係の情報も、ウエブをちょっと検索すれば、だれにでも手に入る。だから、教科書になるのを待つ必要など一切ないし、それでは遅すぎるだろう。もし講義が聞きたければ、ハーバードやMITの講義が、いつでもネットで見れる時代なのだ。学生を集めて、一律に講義をするメリットなんか、もはや無いかもしれない。

では、どうしたら最適な教育ができるかは、、、正直言ってわからない。ただ一つ確信的に言えるのは、大学院は、「どこの大学、どこの研究科」に入るかよりも、「誰のところで、何をするか」に尽きるということである。だから、大学院選を選ぶときには、事前に、自分が何をやりたいのかをよく考え、支持したい先生と直接会って考えを聞くことが必須である。もちろん、飯を食ったり、お酒を飲んだり、さらには一緒に温泉につかって研究について、朝まで語り合うなんてことができれば、その教授の人となりまでわかって理想的だ。どこかにそんな機会はないものだろうか、、、、

と思ったら、都合の良いことに、そんな機会を提供している大学院が存在するのである。

大阪大学生命機能研究科は、毎年3月に「春の学校」というイベントをやっています。
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/jpn/seminar/open/springschool2017/
研究科に所属する教授は全員参加で、全国(阪大以外の学生でも、問題なく可という意味)の学部学生を集め、箕面の温泉に宿泊し、朝まで研究について語り合うのである。大学院に進みたいと真剣に考えている学生さんは、是非、参加を検討してみてください。(定員50名、抽選になる可能性あり)

ここまで読んで宣伝かよっ、と思われた方もいると思いますが、ご勘弁をm(__)m