大阪大学大学院 医学系研究科 病理学 幹細胞病理学/大阪大学大学院 生命機能研究科 時空生物学 病因解析学
Department of Pathology, Medical School and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

なかのとおるのつぶやき

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ロング・グッドバイ -書くことの効用について-

『なかのとおるのつぶやき』、はやいもので30回目である。この2年間ほどは、月に一回のアップを自らに課してきた。大学のHPなので、あまりアホなことも書けない。一般の人にも読んで楽しめる内容にしたい。でも、うけたい。など、けっこう苦労して書いてきたつもりである。

それも、今回でおしまい。不定期には書くことはあるかもしれないが、とりあえず中締めとしたい。理由は単純。忙しいのである。

おかげさまで、4~5年前の自分から考えると、信じられないくらい楽しい生活を送らせてもらっている。研究は順調。内田樹先生を家長とする『ウチダ家』の楽しい面々とのおもろすぎるおつきあい。HONZにおけるノンフィクションレビュー活動。そのうえ、義太夫をならいだしたり、この夏にはモンブランに挑戦する準備を進めている。

そこまでは、なんとかこなせるだろうと算段していた。しかし、大阪大学大学院・生命機能研究科の研究科長に選ばれ、新年度から着任することになった。そのうえ、菩提寺のお住職でもある釈徹宗先生にならって『絶賛なんでも引き受けキャンペーン』を展開していたこともあって、週刊日本医事新報という雑誌での連載エッセイも4月から始まることになった。

さすがに無理である。HONZは10日に一回であったのを月一回に減らしてもらうことにした。そして、『つぶやき』もやめることに。やめやすいものからやめる、ということもあるのだが、HONZや『つぶやき』に書いてきたようなことは、医事新報のエッセイで発信できる、ということもある。

ということで、『なかのとおるのつぶやき』を最初から読み返してみた。二つのことに驚いた。アホかと思われるかもしれないが、書いた内容をよく覚えていないのである。しかし、というか、自分が書いたことなのであたりまえなのであるが、書いてある内容に深く同意してしまうのである。じつにいいことが書いてある、と…

驚かれるかもしれないが、最終回だし、秘密を暴露しよう。じつは、論文についてもそうなのである。昔書いた自分論文を読んでみると、じつに見事な考察がなされていて、ほぉ、考え抜いていたなぁ、と感心してしまうのである。

定期的にディスカッションをしながら研究を進めていく。もちろん、その都度、真剣に考えて、つぎにどういう実験をおこなうかを組み上げていく。ある程度データがたまった時点で論文を書き始める。そうすると、綿密なディスカッションに基づいて研究を進めてきたつもりであっても、たらないデータというのが必ず出てくる。

なにがいいたいかというと、口頭で話し合う、ということと、文章を書く、ということでは、考え方の深さが違う、ということなのである。もちろん個人差はあるだろう。すくなくとも私の場合は、文章にするという作業をおこなうことにより、思考がもう一段か二段、上の状態にあがっていく。

しかし、その集中して考えた内容は、遠からず忘れ去っていく。これも個人差があるのだろうけれど、私の脳のキャパシティーでは、次々とあらわれてくる考えるべき課題によって、少しずつ過去の思考が消えていくのだと解釈している。

だから、二つの意味で書かなければならない。ひとつは深く考えるために。そして、もうひとつは考えたことをちゃんと残しておくために。いろいろなところで文章を発表する機会をちょうだいしているのは、ほんとうに幸いなことだと感謝している。残念ながら、そのような機会がない人であっても、ぜひ、自らの考えを深めて、定期的に記録するために文章を書くことをオススメしたい。

読み返してみて、じつは、もうひとつ驚いたことがある。2年前にくらべて、文章がうまくなっている。こういうことを書くと、やっぱりナカノは自己賞賛系や、とかいう声が聞こえてきそうだが、ほんとうに思うのだからしかたがない。

すこし話がそれるが、私の周囲には自己賞賛系がけっこう多い。誤解してもらってはこまるが、自己賞賛系は自己完結的であって、自慢系とは違う。自己賞賛系は、自分で自分を誉めるだけで納得して満足しているから自慢する必要はない。そして、自己賞賛系は楽しく進化していく傾向が強い。って、どこまで自己賞賛系なんや…

それはいいとして、文章というのは書けば書くほど、ではなくて、推敲すれば推敲するほど上達すると感じている。文章を書くというのは、いつでもどこでもできる。意外に思われるかもしれないが、読むよりも書く方が集中しやすいので、電車の中などでは、読書よりも執筆の方が間違いなく効率がよい。

どれくらいの人が読んでくれるかわからないけれど、いまは、昔とちがって、HPにアップすれば、不特定多数の人々に向かって公表することも可能である。他人に読んでもらうと思えば、それだけで推敲に力がはいって、文章力、そして、それに必要な思考力も必ず向上する。

『人は忘れ、紙は記す』のである。過去の自分と対話するだけでも、このうえなく楽しいことである。いろいろな文章を残してきてほんとうによかったと思っている。

という、ちょっと賢げなお話(←やっぱり自己賞賛系…)にて、『なかのとおるのつぶやき』、30回にて中締めとさせていただきたく存じます。機会がありましたら、日本医事新報の『なかのとおるの“ええ加減”でいきいまっせ!』を覗いてみてください。

ひきつづき、HONZではノンフィクションのレビューを月一回、『住ムフム』では『(あまり)病気をしない暮らし』を隔月で書いていますので、そちらもよろしくお願いいたします。ツイッター(@handainakano)でもしょっちゅうつぶやいてます。

ご愛読いただいた皆様、ほんとうにありがとうございました。いずれ、連載がすべてなくなったりして暇になったら再開するつもりです。それまで、ロング・グッバイ、ということで。

2014年 3月

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