大阪大学大学院 医学系研究科 病理学 幹細胞病理学/大阪大学大学院 生命機能研究科 時空生物学 病因解析学
Department of Pathology, Medical School and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

なかのとおるのつぶやき

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プロセス重視派

なにかをおこなう時、まずプロセスがあって、結果がある。もちろん、いい結果がでるとうれしい。そして、ある程度の結果が出なければどうしようもないのではあるけれど、昔に比べると、プロセスを楽しむという側面が減ってきているような気がしてしかたがない。

旅行でいえば、列車でゆっくりいって、駅弁を食べて、途中の景色を楽しんで、というのを抜きにして、飛行機で飛んで行って目的地での観光に集中する、というような感じだろうか。どうも生来いらちな性格なので、我ながら、その傾向が強いのには困ったものである。研究においてもしかり。というよりも、研究というのは、スピード競争というのを内包してるので、どうしてもそうなってしまいがちだ。

たとえば、何かを調べる、ということについて。ひとむかし前までは、図書館で調べ物をする、というのは、研究においてかなりの時間を費やすことだった。論文の末尾にある参考文献を引いていく。あるいは、たしかにあの雑誌のあのころに掲載されていたはずといった、あいまいな記憶にたよって、論文を探し出す。

いまから思えば、信じられないくらい効率の悪いことをしていた。しかし、それはそれで楽しい営みであった。すぐに目的の論文が見つかればいいというものではなかった。苦労の末にどんぴしゃりの論文が見つかった時や、目当ての論文ではなくても、思いもかけぬ内容の論文を発見できたときは、もっと嬉しかった。

図書館へ行って、文献探しにつかれて、ぼんやりと窓から外を眺めていて、ふといいアイデアが、というようなことは、もはやありえない。図書館へ行きもせず、研究室で、いや、それどころか、自宅にいたって、キーワードをいくつかポンポンと入力すれば、たちどころに望みの論文を見つけ出すことができるのだから。ちょっと検索を工夫して、意外な論文が見つかったりすると、嬉しかったりもするが、プロセスを楽しむことからはほど遠い。

文献探しだけでなく、研究そのものも、プロセスを楽しむということが少なくなってきた。生命科学の研究だけかもしれないが、最近は、よく使われる実験法だと、ほとんどのものに『キット』が売られている。基本的には、キットにはいっている溶液をちょいちょいと混ぜて、マニュアルに書いてあるとおりの操作をすると実験が進んでいく。

キットというのは基本的にブラックボックスであるから、うまくいかなかった時、何が悪いのかはよくわからない。トラブルシューティングとなると、キットの会社におうかがいをたてる、ということになる。下手をすると、原理を知らずとも、実験が進むしある程度の結果が出てしまう。実際に、そういう大学院生がいたりする。

かつては、研究室全体で使用する溶液(バッファー)の作製などは、先輩にならって、新入生がさせられたものである。徒弟制度のようで好ましくないと思う人もいるかもしれないが、そうすることによって、研究室の秩序が作られていったし、体で学ぶ、内田樹先生がおっしゃるところの『修業論』的な教育の側面もあった。教える方にとっても、手間のかかることではあったけれど、相当に意味のあるシステムであった。

じゃぁ、キットのようなものを使わなければいいではないか、と言われるかもしれない。が、残念ながら、先にも書いたように、研究というのはある意味でスピード競争なのである。よほどの卓越したアイデアでもない限り、競争相手がキットを使っている時に、ちんたらと、うちはプロセス重視ですから、とか粋がっていても負けるだけ。お話にならないのだ。

研究をはじめて30年になるけれども、その間の、生命科学の技術革新はほんとうに目を見張るものがあった。昔はよかったとは言わないけれど、ほんとうに牧歌的だった。プロセスを楽しみながらも、アイデアで勝負できるような分野がたくさんあった。そして、今ほど決定的な証拠を得られる研究法がなかったから、ああでもないこうでもないと、議論をする『ため』のような余地がたくさんあった。

技術が進み、決定的なエビデンスが蓄積するというのは、科学の進歩にとって好ましいことである。しかし、決定的なエビデンスというのは、味気ないものだ。それに、研究者が鍛えられるのは、決定的なエビデンスを得てそれを示すことによってではない。宙ぶらりんの状態で、ああかなぁこうかなぁ、と議論や思考を重ねながら、判断を強いられることによってなのである。

あくまでも主観であるけれど、少し前に比べ、他の研究領域に比べ、いわゆるバイオメディカルサイエンスの若手研究者に、勢いを感じさせる面白い子が少なくなってきているような気がしてならない。その一因は、方法論の進歩と結果重視主義が原因ではないかと勝手に納得している。

ある分野が成熟する、ということは、こういうことなのかもしれないし、いきつくところまでいってしまうだろう。もちろん、時代は決して後戻りできないし、昔を懐かしんだところでどうしようもない。しかし、一言でいうと、なんかおもろないのである。まぁ、若い人から見たら、こんなことを考えてぶつぶつ言うようになった老兵は消え去るしかないでしょう、ということになるのかもしないのだけれど。

2013年 10月

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