大阪大学大学院 医学系研究科 病理学 幹細胞病理学/大阪大学大学院 生命機能研究科 時空生物学 病因解析学
Department of Pathology, Medical School and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

なかのとおるのつぶやき

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マダガスカルの旅

前回に引き続き、『なんのために学ぶのか その4:試験について』の予定でしたが、記憶の新しいうちに、夏休みに行ってきたマダガスカルのことを書いておきます。いろいろな意味で驚くことの多い旅行でありました。

いつごろからマダガスカルに行きたいと思いはじめたのか、記憶はいまひとつ定かでない。『♪アイアイ』を聞いた時のような気もするが、それほどは昔でなかろうから、たぶん十何年か前に『マダガスカルの動物』を買った時だろう。ぱらぱらっと見ただけなのだけれど、どうにも気になって、目につくところにずっと積ん読してあった。

ナショナルジオグラフィックのせいもある。マダガスカルの自然がすばらしい、とあおっておいて、自然が壊れていく、と心配させる。たぶん全然そんなことはないのだけれど、早く行かねば、と思わせる悪徳商法のような気がする。決定打は、今年になってつい買ってしまった『マダガスカルへ写真を撮りに行く』だった。外務省の渡航案内には『全土:十分注意してください』であったが、ここ何年かは僻地旅行にはまっていることもあるし、思い切って行くことに。

バンコクまで5時間、マダガスカル航空に乗り継いで首都アンタナナリボまで9時間あまり。意外と近いのである。世界で四番目に大きい島、日本の1.5倍もある国土であるが、マダガスカルを上空から見ると、ほとんどが赤茶けた土地である。かつてはほとんどが森林に覆われていたのが、焼き畑農業などでなくなっていったという。いまでも焼き畑の煙があちこちからあがっていた。

マダガスカルといえばバオバブである。20〜30メートルもの高さがあるバオバブの林があったらどれだけ壮観であろう。それが昔は実際にあったというのだからすごい。それも、農業などの影響でなくなっていったらしい。そして、マダガスカルといえば、アイアイやキツネザルといった原猿類、カメレオン、など、豊富な固有種である。人間が島に渡る前には、ダチョウの何倍もあるような鳥がうようよいたというのもすごい。

アフリカのすぐ東にあるマダガスカルであるが、大陸移動の関係で、生物相はむしろインドに近い。幸運なことに猛獣類がいないためにこれら固有種の動物が生き残ったのだ。その島に人類が渡っていったのは意外と最近で1500年から2000年前にすぎない。それもアフリカからではなく、インドネシアあたりから渡っていったと考えられている。これだけでも、ちょっと不思議の島である。

アンタナナリボから飛行機で東海岸の町モロンダバまで1時間、そこから4WDで未舗装の悪路を揺られること8時間。最大の目的地、巨大な石灰岩の針山、世界自然遺産ツィンギ−・デ・ベマラに着いた。ナショナルジオグラフィックの記事にもあるように、ツィンギ−は神聖な場所であるとされているため、自然が豊富に残っており、シファカ、カメレオン、美しい鳥、生き物の楽園である。何かを指さすことはタブーであり、鈎型にしてささねばならない、などのルールもある。

しかし、マダガスカルは、一日1ドル以下で暮らす人が国民の半数を超すという貧しい国である。モロンダバからツィンギーまでの道沿いにある小さな集落はほんとうに貧しそうだった。電気や水道などありはしない。焼き畑は禁じられているらしいが、生きるためにはやらざるをえないだろう。タンパク源としてキツネザルを食べることもあるという。

どの集落にもめったやたらと子供が多い。それほどたくさんの自動車が走らないからだろう、みんなが手をふってくれる。ほとんどの子は裸足であった。ところどころに小川があって、その水を汲んで村まで運んでいく子供もよく見かけた。バオバブ並木のふもとや川渡しのフェリーでは、お金やお菓子をねだる子もいた。どうしたらいいのか、わからなかったし、いまもわからない。

旅をするというのはきれいごとではない。バオバブ並木が美しいとか、キツネザルがかわいらしいとか、ツィンギ−が壮大である、とかは写真やDVDでもある程度わかる。しかし、そこに住む人たちのことは行ってみなければわからない。思っていたよりもはるかに貧しかった。

インフラという言葉がないのではないかとすら思った。しかし、そういったことを自分の目で見ることこそが、私にとって僻地を旅する理由にひとつである。旅行中というのは、基本的に退屈であって、いろいろな考え事をする。車に乗って長い時間揺られるような場合は特にそうだ。現地のことを頭にいれて、ふだんの生活を相対化して、あれやこれや考えてみる。たいそうな言い方になるけれど、自分なりに、世界というものを再構築してとらえるようになってくる

決して答えなど出ない。しかし、とりあえず、グローバル化というのは、言葉の使い方を間違えてるわなぁ、などと思う。そんなスケールの話でなくとも、自らを省みて、こんな生活をしている人々がいるのに、毎年何千万も使って研究をする意義などというのはどこにあるのか、とも思う。先端医療などというものがこれらの人々に届くような日がくるとは思えない。平均寿命は66.7歳となっているが、ほんとうにそんなにあるのだろうか。

とか考えながらも、現地にしてはとても立派なホテルに泊まり、美味しいものを食べているのだから、罪深いものである。食べ物は旧宗主国フランス風でどれもおいしかった。さすがに凝った食べ物はなかったけれど、地場で育った食材というのはここまで力強いのかと思った。乾燥に強い、ラクダのように背中にコブのあるゼブ牛。ついさっきまでカゴの中で元気にしていたニワトリ。ヒツジにブタ、それに卵やトマトまでもが力強かった。途中、ひどい下痢をして苦しみはしたのであるが…

名所観光などではなく、ちょっとしたことで、あぁ旅に出てよかった、と思うことがある。今回は、朝早く、フェリー、といっても、車を三台乗せられるだけの大きな筏のようなもの、を待つ間のできごとであった。ちょうど川の上流から朝陽が昇ってきた。空気の関係なのだろうか、マダガスカルでは、朝焼けも夕焼けも、日本では見ることのない息をのむほどの赤さである。

川の温度があがり、陽炎がたちのぼりはじめたところへ、渡し船を漕ぐ少年のシルエットが進み出てきた。川岸では女たちが洗濯をはじめ、どこからともなく、アフリカ風の音楽が流れてくる。演出しようとしたって、こんなシーンには出会えないだろう。あぁいつまでも続いてほしいと眺めている間にも太陽は昇り続け、あっという間にしっかりとした朝になっていってしまった。


人はただ生き、そこに美しさがある。
     

忘れていたもの、いや、これまでにまったく考えたことも経験したことのなかったもの、が、マダガスカルの小村にあった。おそらく、大昔から人間が見続けていた美しい生活というものがそこにあった。しかし、あの貧しさを見れば、それでいいのだ、などとは決して言うことなどできないのであるけれど。

2013年 8月

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