大阪大学大学院 医学系研究科 病理学 幹細胞病理学/大阪大学大学院 生命機能研究科 時空生物学 病因解析学
Department of Pathology, Medical School and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

なかのとおるのつぶやき

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試験というもの −なんのために学ぶのか その2−

試験のために学ぶのではなくて、学んだことを確かめるために試験がある。言い換えると、試験をする側からも受ける側からも、勉強したことがどれくらい身についているかを確認する、というのが、ふつうの試験のもっとも重要な側面である。こんな当たり前のことが忘れられているように思う。資格試験あるいは入学試験といったものはすこし性質が違うのだが、そのインパクトの大きさから、試験といえばこれらの試験のことがまず頭にうかんでしまうせいかもしれない。不健全なことである。

前回にも書いたけれど、阪大医学部に来るような、小学校4年生くらいから大学にはいることだけを目標に勉強をしてきた子たちは、本末が転倒してしまい、試験のために勉強するようになってしまっている。そのよう馬鹿げた習い性は改めるべきである、と、いくらいってもなかなか治らない。このような考えだから、腹立たしいことに、試験や出席で不正行為をする輩が後を絶たない。

そんなこんなで教えるのがいやになることがあったりするのだけれど、病理学総論、どのようにして病気ができてしまうのか、についての講義はちゃんとしている。60分×3コマを15回。年間、受け持っているのは、これと、大学院とか教養の講義、90分を10回程度だけなので、一般の方から見ると、先生なのにそんなに少ないんですか、と言われるような時間数でしかない。しかし、これでも、同僚教授に比べるとずいぶん多いと驚かれるのである。

担当分の15回、すべてを自分で講義しているのには理由がある。ひとつは、この分野について試験をして単位認定をするからには、そうする義務があると考えているということ。もうひとつは、当たり前のことであるが、自分でやらないと、学生に何がどう教えられているかがわからないということである。そこが把握できてないと、真剣勝負の試験などできはしないし、ましてや成績不良で留年させるという決断などできはしない。

しかし、試験問題をどのようにするかというのは、ほんとうに難しい。脳みそには限界があるのだから、細かいことを覚えさせてもどうせ忘れてしまうのはわかっている。ならば、基本中の基本とでもいえることだけを問う質問だけにすればいいかと言えば、そうでもない。そんなことをしたら、そこしか勉強してこないし、知的筋力がまったく身につかない。

考えさせる試験を、と、よく言われるけれど、そうそうオリジナリティーのある問題を作れたら苦労はしない。学生たちは、過去問の収集に努力を惜しまないというのも困ったものである。論述試験が望ましいと言う人も多いけれど、公平性の点から、いささか疑問に思っている。問題にもよるが、一般論として、論述内容を公平に採点するなどというのは、神業としか思えない。

とかいうことをいろいろと悩んだ末、私の試験は、穴埋め問題が60点と、論述試験(のようなもの)が40点、になっている。その穴埋め問題では、誤答減点方式をとっている。一問あたり2点の配点なのであるが、誤答は1点減点することにしているのだ。これは学生たちから、ものすごく不評である。しかし、というか、だから、というか、どちらにしても、絶対にやめない採点法である。やらしい先生やわ、と思われるかもしれないが、これには、ちゃんとした理由がある。

いまやITの時代である。診察中であっても、わからないことがあれば、ちょいちょいっと調べることができる。極端な言い方をすれば、知らなくてもさして困らないのである。そのような時代に医師をする者にとって何が大事か?それは、知っているか知らないか、を知っていることでしかない。いちばん困るのは、わかっていないのにわかっていると思いこんで行動すること。すなわち、誤った記憶に基づいてなにかをしてしまうことだ。こういう高邁な考えによって、誤答減点方式を貫いているのである。

この方式を取り入れるまでは、穴埋め問題でとんでもない解答がたくさんあった。どうしてそんなバカな答えを書くのかと学生に聞いたら、予備校で指導されました、という。入学試験では誤答減点方式がとられていないため、塾や予備校は、わからなくても、まぐれ当たりすることがあるから、とりあえずなんでも書くことを推奨しているらしい。

少しでもあたりそうなことならばまだしも、どこをどうひねったらそんな答えを書きたくなるのか、理解しがたい答えが山ほど書かれていたのである。まったくばかげている。そして、そんなバカなことをいつまでも続ける学生も学生である。こちらとしては、そんなアホ解答であっても、一応は目を通さねばならないのである。大きくはないけれど、誤答減点方式にすると、そのようなムダな手間を減らすことができる、という実務上の利点もある。

私も人の子、鬼のようだとは思われたくない。そこで、減点方式と同時に、自己採点による加点方式も同時に採用した。穴埋め問題の得点を自己採点し、±2点で予想できれば、5〜20%を加点するやり方である。こうすれば、ほとんどの子が誤答を避けるだろう、と、考えて始めた。が、浅はかであった。多くの子たちは、あいかわらず間違えた答えを書き続けている。中には、自己採点が実点数よりも20点も上回っているのがいて、どうしようもないのである。

残りの40点は、簡単な症例を提示して、5つの選択肢から病名などを選ぶ問題である。ただし、単に選ぶだけでなくて、選んだ理由を記述してもらう。こちらは英語での出題であるが、英語の教科書は持ち込み可にしてある。理由を書け、と言っているのに、「これはAという病気について書かれているから診断はAである。」などと、信じられない『論理』を繰り出してくる解答が結構あって、アホか、とつぶやきながら0点をつけることになる。

学生によく、穴埋め問題で理解度がわかりますか、と、聞かれるけれど、うまく設問すれば相当にわかる。実際に、穴埋め問題と論述問題の相関を見ると、例年、0.4〜0.5と、けっこうな相関関係があるのだ。前回書いた山本義隆の至言にもあるように、『言葉』をきちんと理解することが、新しいことを学ぶ第一歩なのである。

けっこうな長さになったので、入学試験と医師国家試験については、次回にまわします。

2013年 6月

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