大阪大学大学院 医学系研究科 病理学 幹細胞病理学/大阪大学大学院 生命機能研究科 時空生物学 病因解析学
Department of Pathology, Medical School and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

なかのとおるのつぶやき

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なんのために学ぶのか : その1 講義について

専門のことであろうが、専門外のことであろうが、
   要するにものごとを自分の頭で考え、
     自分の言葉で自分の意見を表明できるようになるため。

 たったそれだけのことです。そのために勉強するのです。

毎年、講義シリーズの最初と最後に紹介するこの言葉は、「あの」山本義隆氏が、『磁力と重力の発見』で大佛次郎賞の受賞を記念して、予備校生に向けて講演されたときの言葉である。

大阪大学医学部医学科に入学してくる学生たちは、受験戦争で赫々たる戦果をあげた歴戦の勇士たちである。すばらしい学生君もたくさんいるが、全体としては、残念ながら、教えていて物足りない。その理由はいくつもあるのだが、いちばん大きなものは、多くの学生の『学ぶ』ということに対する姿勢である。

ほとんどの学生は『試験』という言葉に極めて鋭敏に反応する。あまりに敏感なので、「君らは試験が好きだとしか思えない」と嫌みを言いたったりする。小学校の4年生あたりから塾へ通い続け、十年近く試験だけを目的にしてきたのであるから、同情の余地がないわけではない。しかし、二十歳にもなれば、試験を目的に勉強する、というバカバカしさにそろそろ気がつくべきだ。 

いろいろな病気がどのようにして発症するのか、という病理学総論の講義を担当しており、テキストには、この分野で定評ある『Robbins Basic Pathology』の原著を用いている。講義にあたり、まるで『教科書ガイド』のような、英日用語対訳とでもいったレジュメを準備して配布している。これを手に、この教科書を自力で読んでほしい、読みこなす能力を身につけてほしい、というのが私の方針である。


講義の最後には、自由記述のアンケートを書かせている。講義の内容についての難しい質問から、「昨日、彼氏と別れました。一生結婚できないかもしれません。」という、びっくりするほどプライベートなものまで、さまざまなことが書かれていて、けっこう楽しみにしている。その中から、おもろいなぁというのを次回の講義で紹介するのは楽しみでもあるし、学生たちにも好評である。

アンケートは記名式で提出させるのであるが、出席点はつけない。指定されている英語の教科書をさくさく読んで、きちんと独力で理解できたならば、わたしの講義など出る必要はないと考えているし、そのことは初回の講義ではっきりと伝えている。その理由はおおきく二つある。   

ひとつは、この教科書が素晴らしいということにつきる。今使っているのは第9版、40年以上にわたって読み継がれてきた、世界中の医学生が使っている教科書だ。医学生レベルならば、病理学はこの内容を学ぶだけで十分なのである。そして、この教科書は非常に読みやすい。責任著者のKumar先生はインド出身。何人かの分担執筆であるが、文体まで整えられており、グローバルな読みやすさを保っている。文字通り、世界中の医学生のためのスタンダードテキストなのである。

もうひとつは、なによりも、自分で学ぶ姿勢の重要性である。わたしの講義は、基本的に、この教科書の解説にすぎない。しかし、30ページ近くをわずか3時間でこなしていくのであるから、すべてを詳しく説明することなどできない。自分の役目は、この教科書を読むためのお手伝い、とわきまえている。

いちばんいいのは、学生みんなが教科書を読んで予習し、講義では、理解のできなかったところを質問してもらい、答える、という方式だと思っている。しかし、これは実際には難しい。まず、学生のほとんどがついてこられない。そして、3時間もの質疑応答に応じるだけの能力が教える側にない。

これら二つの理由から、この教科書を読みこなせることができるならば、出席する必要はない、と言っているのである。自分できちんと通読すれば、病理学という学問のプリンシプルはどこにあるのか、どういったところが勘所か、というのも自ずと身につくものであると信じている

学生のアンケートでよくあるのは、「大事なところをきちんと示してほしい」というアホな要求である。予備校じゃないのだ。だいたいが、なにをもって大事とするのか。それを判断する能力を身につけることこそが重要だろうが。その程度のことがわかっていない、というのが、歴戦の勇士たちの困ったところなのである。      

国家試験に合格すれば、試験を受ける機会はほとんどなくなるのである。すこしイマジネーションをはたらかせれば、試験オリエンティッドな人生がいかに無意味なことであるかぐらいはわかるはずだ。大学生時代に身につけなければならいないは、これからの長い『試験レス人生』に備えたスキルなのだ。優れた医師にとって、そのひとつは、まちがいなく、教科書レベルの英語をさくさく読んで理解できる能力だ。

というと、じゃぁどうやったらそういう能力が身につきますか、という質問がくる。これも勇士たちにふさわしい、と言いたくなるような、こまったちゃん質問である。そんなものがわかれば苦労はしない。大学生時代というのは、卒業して仕事についてからに比べると、はるかに時間的な余裕がある。大学生時代がおそらく最後のチャンスなのである。十分な試行錯誤を経て、ベストフィットする学びの方法論を身につけてほしい。そうでなければ、あまりに効率が悪い人生を歩むことになってしまう。

というようなことを日頃から考えていた。強気なようでけっこう弱気なところもあるので、ひょっとして自分だけが間違えているのではないかと秘かに心配していた。しかし、嬉しいことに、少なくともひとりぼっちではないことが、平成25年5月13日にわかった。日本経済新聞の朝刊に『教科書理解なら出席不要 清水明 東京大学教授 講義は疑問点質問 効率よりもじっくり思考』という記事を見つけたのである。 

清水先生のHPをみると、基本的に同じ考えである。なによりも自分で学ぶことがいちばん大事なのである。大阪大学医学部が祖とする緒方洪庵の適塾は、医学塾というよりも、和蘭語の医学教科書をテキストにした語学塾であった。司馬遼太郎の『花神』を読めばわかるように、そこでは自ら学ぶということが何より重視された。だからこそ、大村益次郎のように、教科書さえ手にすれば、学ぶことのなかった兵学をも自学でマスターすることができたのだ。

ひきつづき、試験のことについても書くつもりでしたけど、長くなってきましたので、今回はこのあたりで終わりにします。次回は、この延長。試験について書こうと思いますので、よろしく。

2013年 5月

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