大阪大学大学院 医学系研究科 病理学 幹細胞病理学/大阪大学大学院 生命機能研究科 時空生物学 病因解析学
Department of Pathology, Medical School and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

なかのとおるのつぶやき

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すべて物書く人たちへ

大学で生きていくためには、いろいろな文章を書かなければならない。重要な文章の二大巨頭は論文と申請書であるが、自分で書くだけではない。審査などのために他人の文章を読む機会や、頼まれて文章を添削する機会がしょっちゅうある。そうした中で気づいたことの一つは、文章というのは、書ける人と書けない人の差がおどろくほど大きいということである。

もちろん、高等教育を受けた人たちなのであるから、文章らしきものは書いている。しかし、かなり頭のよい人であっても、何を言いたいのか、相当な想像力を働かせないと理解できないような文章しか書けない人がいくらでもいる。そのような文章を読みながら思うのは、人というのは、文章作成のための我流のルールを身につけてしまっているのではないか、ということである。

自分で書いている分にはわからないのであるが、悪い文章、わかりにくい文章について、どこがダメなのかを考えてみると、自分が使いこなしている不文律とでもいうべきルールが見えてくる。しかし、しょせんは、無意識のうちに身についただけのルールである。おかしな文章を書き直す際に、各論として適用することはできても、そのルールを体系化して他人に伝えるのはなかなかむずかしい。

しかし、よくしたもので、そういった内容を伝授してくれる優れた本がある。一押しは超ロングセラーにしてベストセラー『理科系の作文技術』だ。名文でなくとも、意味が通じる文章を書く、ということに徹底した本である。この本が世に出るまでは、谷崎潤一郎の『文章読本』のように、名文を書くための本はあっても、論理的な文章を書くためのような本はほとんどなく、この本の出版は、ある意味で画期的なことであった。昭和56年、研究を始めるだいぶ前の時代であったが、この本を手に取り、熟読したのを覚えている。以来、その初版本は私の書棚に鎮座し続けている。

この本は、単に文章の書き方だけではなく、『立案』から、はじまり、『文章の組み立て』、『パラグラフ』、と続いていくように、文章を書くための構成まで、じつにわかりやすく説明してある。まぁ、わかりやすいのは本の主題が主題だから当然であって、この本の内容が、わかりにくかったらシャレにもならないけれど。

この文章を書くにあたり、あらためて読み直してみて驚いたことがある。なんと、「自分のルール」と思っていたもの、ほぼすべてがここに書かれていたのである。たぶん「自分のルール」と思いこんでいたのは勘違いであって、単に、この本から学んだことを自分のものとしてすり替えてしまっていただけなのだろう。いわば記憶のねつ造。いやはや恥ずかしいことである。しかし、この本をそれだけ読み込んでいたのだと、言い訳だけはしておこう。

もう一冊、皆に勧め続けているのは、本多勝一の『日本語の作文技術』。もう少し高度な日本語作法の本である。とりあえず『理科系の作文技術』で、意味の通じる日本語を書けるようになったら、この本で修辞法を学べばいい。これら二冊の内容を自家薬籠中のものとすることができれば、スタンダード以上、それどころか、80点以上の文章をさくさくと書けるようになるはずだ。ただし、なにをもって自家薬籠中、というのかは難しいところなのであるが。

ときどき、日本語は英語にくらべて曖昧で、というようなことを言う人がいるけれども、とんでもないことだ。この二冊に書いてあることをきちんと守ることができれば、完璧に論理的な文章を書くことができる。それどころではない。この二冊を少し応用するだけで、英語の文章でさえ、よりわかりやすく書けるようになる。英語で論文を作成する機会のある人は、ぜひ、この本の基本概念を英語に適用してみてほしい。

もう一冊、最近出された『数学文章作法:基礎編』もお勧めで、簡潔な文章を書く際の心得といったものが要領よくまとめられている。たくさん本を読むのは面倒だという人、達意でなくても60点で十分、という人は、この本だけで十分なように思う。。数学という内容に限定されたものであるだけに、この本だけでは、ちょっと味気ない文章になってしまうような気がしないでもないのであるが。

『数学文章作法』には、文章を書く際の基本コンセプトとして、『読者のことを考える』ということがまずあげられている。全く同感。他人様に読んでもらうための文章を書くときの心得として、『親切心』が大事と常日頃から指導しているのである。わかりにくい文章を書く人は、読む人のことを慮るイマジネーションが欠如するために、不親切になってしまっている。基本的に、自分の書いた文章など、誰も読みたくないと思い、いかに面白く、わかりやすく読んでいただけるように心を砕くか、という謙虚な姿勢が肝要なのである。

最後に奥義をひとつ授けたい。というと、たいそうに聞こえるが、たいしたことではない。それは、音読することである。書き上げた文章を、声に出して読んでみると、親切な文章かどうか、すなわち、すらすらと意味がとれるかどうか、曖昧なところがないかどうか、は、一目瞭然ならぬ『一耳瞭然』でわかる。恥ずかしがらずに、ちゃんと音読しながら推敲するのが大事。だまされたと思ってやってみてほしい。その癖をつけるだけで、あなたの文章の完成度は間違いなく高くなるはずだ。

2013年 4月

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