大阪大学大学院 医学系研究科 病理学 幹細胞病理学/大阪大学大学院 生命機能研究科 時空生物学 病因解析学
Department of Pathology, Medical School and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

なかのとおるのつぶやき

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ムダなく、ムラなく、ときにムリ

好むと好まざるにかかわらず、研究は基本的に競争なのであるから、スピードが必要である。しかし、それぞれの人によって、その速さはずいぶんと違う。まったくデータが出ないような人は別として、ある程度以上の能力がある人に限っても、10倍くらいは違いがある。信じられないような超スピードの場合は、データがねつ造だったりすることがあるので注意が必要だが、きちんとやっている人だけを見ていてもずいぶんと違う。

まともな研究者なら、最低でも一日に8時間は働く。そうすると、死ぬほど働く人であっても、たかだかその倍くらいしか働くことはできない。どうしてデータの出方が10倍近くも違ってくるのだろう。前回の「つぶやき」で紹介したように、「不断の精神の緊張」が要因の一つであることは間違いない。しかし、もっと簡単にできそうな、単にテクニカルなことが意外と重要なのだ。

研究スピードの向上には、短期的、中期的、長期的、と分けて考える必要がある。大昔、受験生時代に、ムリ、ムダ、ムラ、をなくしましょう、と、よくいわれた。受験勉強というのは、基本的に、中期的戦略である。その場合は、確かに、三つの「ム」をなくすのがいちばんよさそうだ。はて、研究ではどうだろうか。

ムダをなくさなければならない、というのは間違いない。なによりも重要なのは、無意味な実験をしないことである。思考実験をしただけで、やる必要がないとわかる実験はたくさんある。死んだ子の歳を数えたところで意味はないということを常に肝に銘じておく必要がある。この実験についてここまでがんばったのだからもう少し続けたい、という心理が、無駄な実験をしばしば生み出す。この「コンコルドの誤謬」というのは、多くの人が陥ってしまう落とし穴だから注意しなければならない。

中長期的に時間のムダをなくすためにもうひとつ大事なことがある。それは、今やっている実験がうまくいかなかった場合にどうするか、を常に考えて、そのための備えを開始しておくことである。おもしろい研究というのは、うまくいくかどうか、ぎりぎりのところで進めなければならないのだから、いくらうまくいってほしいと思っていても、うまくいかないことがしばしばおきる。

ある実験がだめであったことがわかった時点で、押っ取り刀でさてどうするかと考え始めるようでは問題外だ。あっという間に何ヶ月も無為に過ぎ去ってしまうことになる。もちろん、うまくいった場合には、そのような準備実験はムダになってしまうのであるが、こういう保険をかけて、転ばぬ先に準備しているかどうかで、私の見るところでは、おおよそ二倍程度は研究の進捗度が違ってくる。

基本的な生活習慣としては、ムラもできるだけなくすべきである。一日のうち、考え事に向いている時間帯もあれば、単純作業に向いている時間帯もある。規則正しい生活をしていると、そういうことを体が自然と教えてくれる。そのリズムを熟知して日々の研究プランを組み上げればよい。また、だれだって調子のいい日もあれば悪い日もある。調子の良し悪しも、規則正しい生活をしていると手に取るようにわかる。どうも能率があがらない、という日は、早めに仕事を切り上げて翌日がんばる、といった対応も必要だ。

緩急をつけるというのは、ムラなくということと矛盾させずにおこないうるし、おこなわなければならないことである。すべての実験を常に緊張感をもってやっている人は、はっきりいってアホである。そんなことをしたら、疲れすぎて長時間の実験に耐えられない。適当にやっていいようなところは思いっきり適当にやって、ここぞというところに集中力を注ぎ込むべきだ。リズムと緩急をつかむことで、実験量は倍程度に増やすことができる。

ムリをすると、どうもエンドルフィンとかの脳内快楽ホルモンの分泌が増加するようで、だんだん気持ちがよくなってくる。実際、夜遅くまで仕事をしていると、ものすごく気持ちがいい。が、あとから考えると、それほど効率があがっていないことが多い。早起きをして、人間らしい時間帯に、できるだけムリはせずムラをなくして研究する、というのが正しいのだ。

が、ムリをしなければならないこともある。ここぞというところで踏ん張れるかどうか、ムリをしてでもがんばれるかどうか、というのは、精神の不断の緊張と同じくらい、研究者に必須な資質である。そのムリがいい論文につながって一生を左右することすらあるのだから、場合によっては、数ヶ月くらいはムリを続けなければならないこともある。が、難しいのは、はたしてムリをしてでもがんばらなければならない時なのかどうか、が、なかなかわかりづらいところなのではあるが。

短期的にもムリをしなければならないことがある。ままあることなのだが、あるサンプルから、あと2〜3時間がんばることによって、もう一つ多くのデータがとれるような場合だ。こういったときには、なにがあっても、たとえ家に帰れなくなってもデータをとってしまうべきだ。再実験となると、再度サンプル調整の時間が必要なになって、仕込みに多大な手間がかかってしまうのであるから。こう書くとあまりにあたりまえのことなのであるが、残念なことに、緩急をつけると同じく、指導してもできない人が意外と多い。

ここぞというところでムリをできるかどうか、だけでも、倍近く効率が違ってくる。ムダなく、ムラなく、ときにムリ、による効率向上が、2×2×2とかけ算で効いてきて、そこにハードワークをちょとふりかけると、おおよそ10倍程度ちがってくるのではないかと考えているのだけれども、いかがだろうか。研究というのは、知的な面や精神的な面ばかりが強調されがちであるが、こういった段取り的あるいは身体的な習慣も重要であることを知っておいて損はないだろう。

2012年 12月

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