大阪大学大学院 医学系研究科 病理学 幹細胞病理学/大阪大学大学院 生命機能研究科 時空生物学 病因解析学
Department of Pathology, Medical School and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

なかのとおるのつぶやき

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なんてったって 挨拶

コンテンポラリーアートの旗手・村上隆の『創造力なき日本』、何度も何度も膝をうちながら読んだ。この本、タイトルと内容は少しちがっていて、芸術家として生きていくためには何がまず必要か、が力強く語られている。芸術で生きていく方が、研究で食べていくよりも十倍から百倍は厳しいような気がするが、両者には、「創造力が重要である」、「世界を相手」にする、というような共通点がある。HONZでもレビューしたのであるが、あまりに感動したので、研究という側面から、いまいちど紹介したい。

村上隆は、その工房『カイカイキキ』に加わる人に、まず「ぼくはある日ある瞬間に、怒髪天を衝いたように怒り出すことがある。それはこれまであなたたちが生きてきた世界の常識では理解不能なことかもしれないけれど、それが芸能の世界です。誰かが怒られたときには、それがなぜなのかを理解しなさい」と厳しく話すそうだ。

当然至極のことなのである。わたしも、プログレスレポートなどでいきなり激怒することがある。それは、実験がうまくいかなかった時ではない。ムダな実験をした時である。たとえば、思考実験をすれば行う必要がないことがわかりきった実験、やったところで使い道のないデータがでるに決まっている実験、やるべきでないと再三再四にわたって指導しているにもかかわらず何故かおこなわれた実験、などである。

残念ながら、けっこうな頻度でそういうことがある。まったく同じことを何度も何度も注意しているうちに、こちらは同じ理由で怒っているのに、そうはとらえられていないことに気がついた。誰かが怒られている時に、それがなぜなのかを理解しようとしていないのである。指導されている内容を、各論から総論へと展開して理解するというのは、難しいのかもしれない。かといって、逐一怒っていてはきりがない。どなた理解させるいい方法をご存知ないだろうか。

『カイカイキキ』には、「仁・義・礼」の三文字と、北大路魯山人の言葉「傑作と凡作の間は紙一重の相違である。しかもこの紙一重がなかなか破れない。これを突き破って傑作の域に入るためには、精神の不断の緊張を必要とする」が掲げられている。すこし口幅ったい言い方になるが、一流の研究―ある領域の進展に寄与する研究―と、それ以外の研究の差にも、これはしっかりとあてはまる。

あるレベルに達している若手を見ていると、それほど能力の差があるようにはないのに、その業績に大きく差がついてしまうことがしばしばある。それは、精神の不断の緊張、とでもいうものによるとしか思えない。誰と争っているのか、何を争っているのか、は、わからないのであるが、好みと好まざるにかかわらず、研究というのはある種の競争である。見えざる敵を相手に勝ち抜いていくためには、どこまで真剣か、が問われるのである。

「絵を描き続けるということは、ものすごい忍耐力と体力を要する作業です。こういう作品をつくりたいというインスピレーションが湧いたあと、それを形にしていく作業は膨大な単純労働です。」クリエイティブな仕事をなしとげるためには、忍耐力と体力が必要であり、少し逆説的であるけれど、そのためには、ルーチンに耐え、その上、理不尽にも耐えよと説く。生命科学だけかもしれないが、研究というのは極めて労働集約的なものであり、この意見にもまったく同意である。

「本人は何の自覚もなく、自由に絵を描いているつもりであっても、その作品には師匠譲りの血脈が受け継がれています。」研究にも目に見えない流儀がある。わたしは、幸運にも、三人の、まったく違うパターンの、それも超一流の先生に指導をうけることができた。流儀というほどのことではないかもしれないが、研究に対する考え方や進め方は、本には書かれておらず、研究室で師匠から教えを請うしかない。そのとき、どれだけ総論的にとらえて学んでいけるかが肝要なのだ。

以前「つぶやき」に「留学のすすめ」を書いたが、この「流儀」の点からも、外国の研究室での経験を強くすすめるたい。日本と欧米では、やはり「サイエンス」というものに対する考え方が違う。それを肌で感じるのは貴重なことだ。留学に限らず、いくつかの研究室を渡り歩くことも重要である。どれが良いとか悪いとかではない。それぞれの「血脈」を感じた上で取捨選択し、自分自身の血肉としていかなければならないのである。

「そんな世界の中で成功するには、そのための方法があります。その第一歩が覚悟を持ち、ちゃんとした挨拶のできる人間になることです。それはただの道徳教育などではなく“成功するための道筋”です。」念のために言うが、居酒屋チェーンの店長の訓示ではない。アート業界で成功するために、その一、が挨拶だというのだ。これにはさすがに驚いたが、研究にも十分にあてはまることだ。

巷間、誤解されているかもしれないが、今や孤高の研究者などありえない。必ずチームを組み、同業者やライバルと適切なコミュニケーションをとっていかなければ生きていけない。もちろん、挨拶だけができたとしても、いい研究者にはなれない。しかし、挨拶くらいきちんとできなければ、どうしようもない、というのは厳然たる事実なのである。

この本、他にも学ぶところがたくさんあった。というよりは、もやもやと感じていたことを、芸術という違う畑で、すっきりまとめてもらったというところだろうか。「アート業界も芸能界もインダストリーです。その中で階段を上がっていく方法論は、一般のビジネス世界と変わりがありません。」資本金がゼロの小企業ではあるが、もちろん研究だって「インダストリー」である。少なくとも、階段の下の方を上がって行く時の方法論は似たようなものに違いない。

研究者の諸君、特に、研究を始めようと思っている諸君には、ぜひ読んでもらいたい。もちろん、違うところもいくつかあるだろうけれど、それこそ、総論としてはどんな職業にもけっこうあてはまるはずだ。みんながこういう考えをもって仕事に取り組みはじめれば、世の中がすこしよくなっていくんじゃぁないだろうか。

2012年 11月

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