大阪大学大学院 医学系研究科 病理学 幹細胞病理学/大阪大学大学院 生命機能研究科 時空生物学 病因解析学
Department of Pathology, Medical School and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

なかのとおるのつぶやき

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ものの仕組みがわからない

子供のころ、歳をとるにつれてだんだんといろんなことがわかっていくのだろうと、漠然と期待していた。しかし、50も半ばを超えたいま、悲しいことに、どうやらそんなことはなさそうだとわかってきた。昔は、世の中の進むペースと自分が歳をとるペースとのバランスがとれていて、歳をとりながら物事を理解していくスピードが世の中の進みよりもちょっと早くて、だんだんと蓄積していたのだろう。ものごとのスピードが速くなりすぎて、そのバランスが崩れてしまったようだ。

政治とか社会とか、そんなたいそうなことだけではない、ふと気がつくと身の回りの物の仕組みがわからないのである。子供の頃は、電球、ストーブ、トースター、扇風機などなど、見ただけでどう働いているかがわかるものが多かった。高校生くらいになると、真空管やトランジスタラジオくらいまではなんとか原理がわかったし、もはやめったに見ることがなくなったブラウン管テレビも、その延長として、かろうじてわかるような気がした。

電球が減って、蛍光灯が増え、最近ではLEDになってきた。蛍光灯までは原理が簡単にわかるけれど、恥ずかしながら、LEDになるとようわからん。スイッチだって、シーソーみたいになってるぶんには原理が見えるけど、電子スイッチになるとどないなってるのか知らん。電子レンジも、分子がすりあわされて熱がと言われたら、そんなもんかとは思うがイメージがわかん。トランジスタがIC(集積回路)になった時点で、ぜんぜんわけがわからんようになったし、コンピューターになると、わかろうとする気すらせんし。

ものの仕組みがわかってないという思いが決定的になったのは、携帯電話についての本を読んだ時だ。有線電話というのは、電気的なメカニズムを使っているとはいえ、基本原理は向こうとこちらがつながった「糸電話」と同じである。なんとなく、携帯電話も同じような原理であると思い込んでいた。そんなにたくさんの波長の電波が混信もせずに飛んでいるというのは不思議なことじゃわい、と訝っていたのではあるが。

アホであったことがわかった。携帯電話は、糸電話とはまったく違う原理によるのである、というのは正確ではない。原理によるものであるらしい、ということが理解できたのである。携帯電話の原理が簡単にわかる、と、いう謳い文句の本、とても上手に説明してあって、書いてあることの理解はできるのであるが、わかったとまでは言い難い。まぁ、基本的にはコンピューターなのであるから、それもしゃぁないのではあるが、あんな小さいマシンがむちゃくちゃに複雑なことを瞬時におこなっているとは、まるで魔法である。

よくできた技術は魔法のようなものだ。いまの子供たちは、物心つく前から、携帯電話をはじめいろいろな「魔法」の道具に取り囲まれている。それらの道具はあまりに複雑すぎる。たとえ興味を持って、どうなっているのかと周りの大人に尋ねてみたところで、説明しきれる大人もいないだろう。そうなってくると、次第に、ものの仕組みを理解したいと思わなくなってしまってもしかたなかろう。

理科に興味を持つ子供が減っている、というのは、前回の『モンゴルで考えたこと』で書いたような、自然から学ぶ機会が減ったということだけでなく、魔法的道具たにの動作原理のわかりにくさも関係しているのではないかと思う。科学というものが、進歩した形でいきなり身の回りにあふれかえることによって、科学的な興味が失われてしまうというのは皮肉なことだ。

こんな状況であるから、理科教育では、あれもこれもと教えるのはやめて、テーマをしぼりこみ、それについての論理的な思考法を鍛える、というのがいちばんいいのではないだろうか。個別な仕組みをあれもこれも覚えるのは不可能だけれども、しっかり身についた論理的な考え方というのは、いろいろなことを理解するために使いまわすことができる最善の道具になるのだから。

毎年、講義の最初に、「専門のことであろうが、専門外のことであろうが、要するにものごとを自分の頭で考え、自分の言葉で自分の意見を表明できるようになるため。たったそれだけのことです。そのために勉強するのです。」という山本義隆氏の言葉を紹介することにしている。たとえ仕組みを知らなくとも、知るつもりになれば仕組みを理解できる能力を身につけること、それが真の勉強というものだ。と慰めながら、わけがわからないままに、動作原理のわからないものどもに囲まれて生きていくことにする。

2012年 10月

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