大阪大学大学院 医学系研究科 病理学 幹細胞病理学/大阪大学大学院 生命機能研究科 時空生物学 病因解析学
Department of Pathology, Medical School and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

なかのとおるのつぶやき

HOMEなかのとおるのつぶやき(目次) > No.012 Contents

モンゴルで考えたこと

イランへ行ったのは4年前だったろうか。その文化、そして、そこに住む人たちを目の当たりにして、つくづく世界は広いと思った。日本、欧米、中国などとはまったく違う世界がそこにはあった。以来、機会を見つけてはいろいろなところへと旅行するようにしている。歳をとってきて、「世界」というのはどういうものか、自分なりに知りたくなった。

この夏、モンゴルへ行った。どうして選んだか、いまひとつ記憶に定かではないけれど、「海原に出て行くように自転車をこぎ出そう」というフレーズにひかれたのは間違いない。道のない緑の草原に走り出でる、そのためだけにモンゴルへ行った。現地では正味三日間、半日マウンテンバイクに乗って、半日乗馬。それだけのツアーである。

2年前、ブータンへ行った時、その素朴な人たちやタイムスリップしたような街にたいそう驚き、ブータンフリークになった。しかし、ブータンの姿は、我々の社会と大きく違っているとはいえ、高野秀行が好著『未来国家ブータン』で看破したように、我々もとりえた社会の一変異型にすぎない。しかし、モンゴルの遊牧民の生活は、日本人が、そして、ほとんどの非遊牧民が「とらなかった」ではなく「とりえなかった」ものである。

数百頭のヤギと羊からなる群、その群が混じりあわないように放牧させるには、少なくとも数キロは離しておかなければならない。そのために、遊牧民は、家族単位でゲルに住み、相当な距離をおいて生きることになる。見渡す限りの緑の草地、平坦ではなくて小高い丘や山が延々とつらなる緑の大地。そこに白いゲルが点在する。そして、その景色は、まるごとハーブが放つ芳香につつまれている。

夢でないことはよくわかっているけれど、この世の景色とは思えなかった。ふわふわとした気持ちで、現実感を持つことができなかった。ゲルは遠くに見えるけれど、建物はないし、道も満足にない。人も動物もいない砂漠なら、むしろ非現実としてとらえることがたやすかっただろう。想像力が欠如しているのかもしれないが、ともかく、たった三日では、現実と非現実のはざまのような風景を現実として受け入れることができなかったのだ。

二千年以上前から基本的なところはかわっていないと言われる遊牧民の暮らし。誰かが立ち寄れば無条件にもてなすし、ゲル主が留守であっても勝手に泊まっていい、などというのは、おそらく命を守るために必要なルールだったのだろう。その習慣は旅行者にも適応される。自転車で適当に訪れた家庭では、バケツ一杯のつくりたてヨーグルトが供された。なんとも素朴でおいしかった。

父親はいばっていた。ゲルの中に座ったままで、馬をつなげだの、ヨーグルトをかき混ぜろだの、息子に命令していた。そうして子供はたくさんの生きる術を学ぶのであろう。「教育」というのは本来こういうものなのだろうとあらためて思った

夜になれば満天の星、雨があがれば大量の虫、羊や山羊は生まれ屠られ食べ物になる。日本では、科学に興味を持たない子供が増えているという。モンゴルの草原で育てば、科学という言葉や概念とは関係なく、生物や天文などに自然と興味をいだくようにならざるをえまい。外から「教えられる」のではなくて、「知りたい」が湧いてくるに違いない。大阪あたりの都会で子供にそのようなことを望むのは、単なる無理強いなのかもしれない。

鉱物資源に恵まれていることがわかり、バブル的な好景気に沸くモンゴル。ウランバートルは車にあふれ、なぜか街の真ん中に火力発電所があったりして、空気が悪い。それでも、その首都に人口が集中してきているという。遊牧民も、最近は、携帯の電波が届くところにゲルをたてることが多くなっているそうだ。遊牧という生き方はこれからどうなっていくのだろう。自立していながら互助的な社会、文明をうまく取り入れつつ、しぶとく残ってもらいたい。我々、非遊牧民たちの学ぶべきことがたくさんあるに違いないのだから。

2012年 9月

ページの先頭へ