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神経細胞の移動する様子を生きたマウス胎仔で観察することに成功
- 胎生期における脳形成の理解に貢献 -

論文誌情報 Proc Natl Acad Sci USA 109, 16737-16742 (2012)
著者 柳田光俊,三好良太,豊國龍平,Yan Zhu,村上富士夫
論文タイトル Dynamics of the leading process, nucleus, and Golgi apparatus of migrating cortical interneurons in living mouse embryos (生きているマウス胎仔における、移動中の大脳皮質介在神経細胞の動態とその先導突起や細胞核やゴルジ体の動態観察)
PubMed 23010922

 脳の神経ネットワークは神経細胞同士が繋がることで形成されますが、脳の発生期ではまだネットワークは形成されていません。発生期において神経細胞は誕生してから移動を始めます。最終的に神経細胞として機能する場所まで移動した後に成熟し、神経細胞のネットワークが形成されます。従って神経細胞の移動は、脳の機能形成にとって重要ですが、これまでの研究では胎仔の脳から神経細胞を取り出し、培養した状態で観察することでしか調べることが出来ませんでした。本研究グループは実際に生きているマウス胎仔の脳の神経細胞の移動を世界で初めて13時間に亘って安定に記録することに成功し、その移動を解析することで、神経細胞がとのように前進し、どのように方向を変えているのかを明らかにしました。

解説

研究の背景

 哺乳類の脳が形成する過程では、まず神経細胞が生まれた後、そこから移動を始め最終的な場所まで移動します。やがて樹状突起や軸索といった神経細胞に特徴的な形態が出来上がって成熟した神経細胞に変化していき、互いに接続して神経ネットワークを構築します。このように神経細胞の移動は、脳の形成においてネットワーク構築の前におこなわれる重要な過程であると考えられます。神経細胞の移動については、これまで脳から神経細胞を取り出し培養した状態で、細胞が動く様子を観察するという方法で多く研究されてきました。しかし、哺乳類の神経細胞が実際の生体内でどのように移動するのか明らかではなく、これまで2時間弱観察した報告が有るのみで、移動の詳細な様子については未解明なままでした。



研究の内容


 研究グループは、生きたままのマウス胎仔で大脳皮質を構成する神経細胞の一つである介在神経細胞(注1の移動を観察しました。この介在神経細胞は発生期では大脳皮質(注2の表層を表面に沿って移動することが知られており、移動中は一本の長い突起を進行方向に伸ばした形態をしています。観察するために母親マウスを麻酔で眠らせた状態で、横腹から一部の胎仔を、へその緒がつながったままで取り出し、アガロースゲル(注3で包み込みました。そして胎仔にダメージを極力与えないようにして頭部を一部露出し、頭頂部付近から大脳皮質の表層を観察しました(図1)

 従来、神経細胞は、「少し進んでは休み、また少し進んでは休み」、という断続的な進み方をすると報告されていましたが、今回の実験の結果、介在神経細胞が様々な方向に移動している様子が観察され、それだけではなく連続的に進む細胞もあることが分かりました。

 細胞の進む方向は、伸ばした突起から更に枝分かれをしてその枝の方に進むことで変えていくことが確認されました。このときもう一方の枝は引っ込めてしまいます(図2)

 更に移動中の細胞内の細胞小器官であるゴルジ体、細胞核(注4を観察すると、互いが一緒になって進んでいく細胞も見られる事が分かりました。これは今まで言われていたように、ゴルジ体が先に進み、細胞核が後からついて行くという動きとは異なるものです(図3)。核が引っ張られるというモデルでは説明ができません。新たなモデルを考える必要があり、より真実に迫れると考えます。




今後の展開


 今回の研究では、これまで研究されてきた細胞培養下での実験結果と同様の結果が得られたとともに、今まで報告されていなかった結果も得られました。このことから、神経細胞の移動のメカニズムについてこれまでの知見だけでは説明できない可能性があり、細胞培養下だけでなく生体のままでの観察が重要になると考えられます。また本研究で用いられた方法で更に研究を進めることで、脳の形成過程についてより時空間的に理解が深まると考えられます。

 また、本研究で開発された技術は母体への外界からの影響が胎仔の脳の発達に及ぼす影響を調べるのに役立つものと思われます。



用語解説



注1)介在神経細胞

大脳皮質を構成する神経細胞の一つ。ここでは神経ネットワーク内で抑制的に情報伝達を制御する細胞を指す。



注2)大脳皮質

記憶、知覚、思考などの脳の高次機能を司ると考えられている大脳内の領域。



注3)アガロースゲル

アガロースは多糖類の一つで寒天の成分。水と混ぜてゼリー状にしたもの。濃度を変えることで硬さを調節できる。



注4)ゴルジ体、細胞核

ゴルジ体、細胞核は細胞内にある小器官の一つ。ゴルジ体はタンパク質の修飾や輸送などを担う器官。細胞核はDNAがあり遺伝情報を保持している器官。

図1.マウス胎仔の経時観察
左図のように麻酔下の母親マウスの横腹から子宮を一部露出し、胎仔を取り出します。右図のように胎仔をアガロースゲルで包み込みました。周りの温度をコントロールした上で頭頂部付近から顕微鏡で観察しました。



図2.介在神経細胞の方向転換
介在神経細胞が方向を変える時は、(1)のように突起を枝分かれさせて、そのどちらかに細胞体が進んでいきます(4)。この時選ばれなかった方の突起は引っ込めてしまいます(2,3)。 矢印は細胞の進行方向を示します。



図3.介在神経細胞の前進の仕方
大脳皮質の表層を移動する介在神経細胞は左図1-2-3のように進むか、右図1-2-3のように進みます。左図はこれまでに培養下で報告されていた進み方で、右図は今回の研究で観察された進み方です。細胞体から突起を進行方向に伸ばしています。黄色はゴルジ体を表し、赤丸は中心体を表します。