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脳の発生におけるゲノム安定維持の仕組みを解明
- 精神神経疾患の発症原理の理解につながる成果 -

論文誌情報 J Neurosci (2017)
著者 大西公平(1),植田尭子(1),至田充宏(1),平山晃斉(1,2),八木健(1,2),山本亘彦(1),菅生紀之(1)
  1. 大阪大学大学院生命機能研究科
  2. 科学技術振興機構 CREST
論文タイトル Genome Stability by DNA polymerase β in Neural Progenitors Contributes to Neuronal Differentiation in Cortical Development
PubMed 28765330
研究室HP 細胞分子神経生物学研究室〈山本教授〉

本研究成果のポイント

  • 神経細胞産生時のDNA修復酵素(DNAポリメラーゼβ、Polβ)が発達期における神経細胞の生存や回路形成に重要な役割を果たすことを発見。
  • PolβはDNA損傷の修復のみならずDNA脱メチル化による遺伝発現調節にも寄与。
  • 精神神経疾患の原因となる突然変異の発生メカニズムの理解に繋がることが期待される。

要旨

大阪大学大学院生命機能研究科細胞分子神経生物学研究室(山本亘彦教授)の大西公平特任研究員、菅生紀之助教は、同研究科心生物学研究室(八木健教授)の研究グループと共に、DNA修復酵素の一つであるPolβが神経細胞産生時の神経前駆細胞※1におけるDNA合成期に作用し、神経細胞の生存や突起伸長(回路形成)を担うことを明らかにしました。さらに、DNA修復という本来の役割に加えて、エピジェネティクス※2による遺伝子発現制御の1つであるDNA脱メチル化制御※3においても重要な役割を担うことも明らかになりました。これまで、Polβ欠損により神経細胞死が誘導されることは知られていましたが、「いつ・ どこで」という時空間的な問題、そしてそのメカニズムについては全く明らかになっていませんでした。本研究により、脳の発生における神経細胞産生時のゲノム安定維持が、その後の神経細胞の生存や回路形成に寄与することが明らかになりました。精神神経疾患の原因となりうる体細胞突然変異※4の発生メカニズムの理解に繋がることが期待されます。

解説

研究の背景

遺伝情報の源であるゲノムDNAは、核内で常に損傷の危険を受けていますが、それに対してDNA修復のメカニズムが備わっています。その破綻は、細胞死のみならず突然変異が蓄積されることで癌や免疫不全といった疾患に繋がることが明らかにされてきました。一方、ゲノムの塩基配列解析技術の進展によって、脳の病気である発達障害や統合失調症といった精神神経疾患も遺伝子の突然変異に起因することが明らかとなってきました。しかし、どのようにその変異が生じるかに関してはほとんど明らかになっていません。DNA修復は、損傷の構造に対応して数多くの酵素が役割分担をすることで強固なシステムを構成しています。DNAポリメラーゼβ(Polβ)もその一つに含まれ、DNAの塩基損傷を修復する塩基除去修復※5経路の一端を担っています。また、この酵素を完全に欠損したマウスは、出生直後に呼吸不全により致死となり、その原因として胎生期の未熟な神経細胞で顕著に観察される細胞死が考えられてきました。しかし、複雑な神経系の発生・分化において、Polβが具体的にどの細胞種のどのような過程で重要な役割を担っているのかに関しては全く不明でした。


研究の内容

この問題を明らかにするために、大阪大学大学院生命機能研究科・細胞分子神経生物学研究室(山本亘彦教授)の大西公平特任研究員、菅生紀之助教を中心としたグループは、同研究科・心生物学研究室(八木健教授)のグループと協力し、脳におけるPolβの時空間的な役割を明らかにする研究を行いました。大脳皮質の神経前駆細胞でPolβを欠失する変異マウスと、そこから生み出される娘細胞である神経細胞へと分化した後にPolβを欠失する変異マウスをそれぞれ作製し、その表現型の違いを観察しました。

その結果、前者の変異マウスでは神経細胞死が観察されましたが、後者のマウスでは観察されませんでした。具体的には、神経細胞を生み出す神経前駆細胞の段階で多数のDNA2本鎖切断が引き起こされ(図1)、それが修復されぬまま分裂し娘細胞である神経細胞へと受け継がれた結果として細胞死へと誘導されることが初めて明らかとなりました(図2)。また、生き残った細胞で構築された大脳皮質構造や神経回路形成に異常が観察されました。DNA2本鎖切断は、神経前駆細胞のDNA合成期に数多く観察されたことから、もともとPolβの鋳型となる DNAギャップが残されたことで、DNA複製フォーク※6と衝突することにより引き起こされると考えられます(図3)。

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図1.神経前駆細胞に観察されるDNA2本鎖切断
神経前駆細胞でPolβを欠失するとDNA2本鎖切断の蓄積が観察される。矢印は、核内のDNA2本鎖切断部位を表す輝点を示す。

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図2.神経前駆細胞におけるPolβ欠失が神経細胞に与える影響
神経前駆細胞でPolβを欠失すると神経細胞の生存や回路形成に異常が生じる。

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図3.塩基除去修復とDNA脱メチル化におけるPolβの役割
神経前駆細胞でPolβを欠失するとDNA2本鎖切断を生じる。


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究によって、Polβが神経細胞産生時の塩基除去修復やDNA脱メチル化経路に作用することが、発達期の神経細胞の生存や分化に不可欠であることが明らかになりました。このことは、ゲノムの安定性を維持するDNA修復酵素システムが、脳の正常な発生・発達を支えることを示唆しています。今後、脳発生の理解のみならず『精神神経疾患の発症原理を理解する』ことへの進展が期待されます。


用語説明
  1. 神経前駆細胞
    細胞分裂によって神経細胞を生み出す幹細胞。
  2. エピジェネティクス
    DNAの塩基配列の変化を伴わずに遺伝子発現を調節するメカニズム。
  3. DNA脱メチル化制御
    ゲノムでメチル化されたシトシンは遺伝子発現に抑制的に働くことが知られている。これまでに、シトシンを直接的にメチル化する酵素が知られているが、脱メチル化に際しては複数の酵素によってメチル化されたシトシンを除去して再合成する反応経路が明らかになっている。この反応経路にPolβ依存的な塩基除去修復が組み込まれている。
  4. 体細胞突然変異
    個体を構成する生殖細胞以外の体細胞のゲノムに生じた突然変異。個体においては突然変異を持った細胞がモザイク状に存在することになる。
  5. 塩基除去修復
    DNA修復経路の1つで、DNAの塩基に受けた損傷を修復する反応経路。損傷を受けたヌクレオチドは除去され、DNA ポリメラーゼによって再合成されることで修復される。
  6. DNA複製フォーク
    DNA複製に際して形成されるDNA2本鎖が解離した状態のY字型の構造。

特記事項

本研究成果は、2017年8月1日に米国科学誌「Journal of Neuroscience」(オンライン)に掲載されました。

なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金と日本医療研究開発機構研究費の一環として行われました。

本件に関する問い合わせ先

  • 菅生 紀之(すごう のりゆき)
    大阪大学 大学院生命機能研究科 助教
    TEL:06-6879-4637
    FAX:06-6879-4637
    E-mail:sugo@fbs.osaka-u.ac.jp