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赤痢菌毒素分泌装置ニードルの高分解能構造解析

論文誌情報 Proc Natl Acad Sci USA 109, 4461-4466 (2012)
著者 Takashi Fujii (1), Martin Cheung (2), Amandine Blanco (2), Takayuki Kato (1), Ariel J. Blocker (2), Keiichi Namba (1, 3)
  1. Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University, 1-3 Yamadaoka, Suita, Osaka 565-0871, Japan
  2. Schools of Cellular and Molecular Medicine and Biochemistry, Medical Sciences Building, University of Bristol, University Walk, Bristol BS8 1TD, United Kingdom
  3. Riken Quantitative Biology Center, 1-3 Yamadaoka, Suita, Osaka 565-0871, Japan
論文タイトル “The structure of a type III secretion needle at 7-Å resolution provides insights into its assembly and signaling mechanisms”
(赤痢菌毒素分泌装置ニードルの立体構造からその形成と信号伝達の仕組みを解明)
PubMed 22388746
研究室HP 日本電子YOKOGUSHI恊働研究所〈難波特任教授〉

図1.感染の初期過程でニードル(毒針)を宿主細胞に接着した赤痢菌の模式図。ニード...

解説

研究の背景

 赤痢菌など病原性細菌による感染症は発展途上国で毎年300万人以上の死者をだすなど、人類にとって未だに深刻な問題です。最近は抗生物質の効かない耐性菌も大きな問題になっており、耐性菌のできない新薬の開発が極めて重要になってきています。赤痢菌は注射針のような構造のニードル複合体と呼ばれる蛋白質分泌装置を持ち、それを用いて宿主細胞に病原性因子を注入します。すなわち、ニードル複合体の立体構造を解明すれば感染の初期過程のしくみが理解でき、それを基にした新薬の開発にも大きな期待がかかっています。

研究内容と成果

 本研究ではこのニードル複合体の毒針部分(図-1)であるニードルについて、低温電子顕微鏡法の最新技術を用い、高分解能で立体構造を解明しました。ニードルはMxiHと呼ばれる小さなタンパク質がらせん状に積み重なった、太さわずか7 nmという極細のチューブ構造です。そのため電子顕微鏡像のコントラストは極めて低く、これまで立体構造解析はきわめて困難でしたが、電子顕微鏡の工夫や試料作成法の最適化等により、世界で初めてその微細構造の解明に成功しました(図-2)。そして立体構造からは、MxiHタンパク質がどのようにしてこの極細のチューブ構造を固く安定に形成しているのかがわかりました。病原性因子はこの毒針の中央を貫通する細い穴を通して運ばれますが、その直径が約1.3 nmと非常に狭いことも明らかになりました(図-3)。病原性因子がこの穴を通して運ばれる際、折りたたまって機能をもった形のままでは大きすぎて通り抜けることができません。つまり、大幅にほどかれて通過していることがわかりました。病原性因子はニードルの先端が宿主細胞に接着してはじめて菌体内から輸送され、宿主の細胞内に分泌されますが、MxiHタンパク質に変異をもつ赤痢菌の変異株の中には、このしくみが壊れて病原性因子を常に漏らしているものもいます。今回明らかになった立体構造ではそういった変異が起こるしくみも明らかになり、逆に病原性因子をまったく分泌しないようにする薬剤を開発することが可能になるかも知れません。こういった薬剤は細菌自体には無毒なので、耐性菌の発生も抑制できると期待されます。

今後の展開

 ニードルをターゲットとする新薬の開発には、さらに高い分解能の立体構造モデルが必要です。現在は分解能を3-Åへ向上させることを目指してさらなる技術開発に取り組んでいるところです。

図1.感染の初期過程でニードル(毒針)を宿主細胞に接着した赤痢菌の模式図。
ニードル複合体はチューブ状のニードル(毒針)と基部体からなる。基部体は菌体の膜に埋め込まれており、ニードルが宿主細胞に接着することで病原性因子の輸送が開始され、ニードルの中央を貫通する穴を通して宿主の細胞内に分泌される。


図2.ニードルとMxiH蛋白質の立体構造。
(a) 長いニードルの低温電子顕微鏡像(スケールバーは20 nm)。(b) ニードルの立体構造(ステレオ像)。上半分は表面構造、下半分は内側の構造。ピンクに塗られた部分がMxiHタンパク質の一分子。ニードルはこのタンパク質がらせん状に積み重なって形成されている。スケールバーは7 nm。(c) ニードルの立体構造から一分子を切り出したもの。長いロッド状の部分はαヘリックス(H1、H2、H3)で、H2とH3の間には結晶構造になかったβヘアピンとが見えた。(d) MxiHタンパク質の原子モデル。N端(青)からC端(赤)までをレインボーカラーで表示。(e) MxiHタンパク質のアミノ酸配列。赤棒は2次構造予測でαヘリックスであると予想された領域。緑矢印はβ構造と予測された領域。


図3.ニードルの中央を貫通する極細の穴。
直径は約1.3 nmで、αヘリックス(黄色の分子モデル)がなんとか通れる大きさ。病原性因子はほどけた構造で通り抜ける。