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Tbx6に依存したSox2遺伝子の制御が、体軸幹細胞の神経系と中胚葉への発生運命を決める

論文誌情報 Nature 470, 394-398 (2011)
著者 竹本龍也(1),内川昌則(1),吉田恵美(1),Bell, DM.(2),Lovell-Badge, R.(2),Papaioannou, V.E.(3),近藤寿人(1)
  1. 大阪大学大学院生命機能研究科
  2. MRC, UK
  3. Columbia University, USA
論文タイトル Tbx6-dependent Sox2 regulation determines neural or mesodermal fate in axial stem cells
PubMed 21331042
研究室HP

図1. ①正常な胚、②Tbx6遺伝子が働かない胚、③中間層でTbx6遺伝子とSo...

要旨

研究の背景

動物の体はどのようにしてつくられるのだろうか。これまで長い間信じられてきた説では、動物の体を形づくる様々な組織や器官はいずれも、まず発生プロセスの初期に外胚葉・中胚葉・内胚葉という3つの領域がつくられた後で、それらの中から発生してくるという(三胚葉説)。例えば、神経系や表皮は外胚葉に、筋肉や骨は中胚葉に、消化管は内胚葉に由来するという具合である。したがって、神経系は外胚葉ができた後に表皮から分離してできるものであり、中胚葉に由来する筋肉や骨とは別のプロセスを経てつくられると信じられてきた。しかしながら、近年はこの従来の定説に合わない研究結果が増えるにつれ、長い間信じられてきた説が疑われるようになっていた。

私たちは16年前に水晶体をつくるために必要な調節遺伝子としてSox2遺伝子を見つけて以来、この遺伝子に関わる研究を続けてきたが、10年前からは神経系をつくるために必要な調節遺伝子だと広く捉えて研究を進めてきた。Sox2遺伝子は、着床前の胚発生や、その発生時期に対応するES細胞やiPS細胞で重要な調節機能を担っており、そのためにSox2遺伝子はiPS細胞を作製するために必要な4つの遺伝子の一つとなっている。しかし着床後の発生時期では、神経系を作るための主要因子として機能する。

私たちはゲノム上の配列でSox2遺伝子の配列を挟み込むように両隣に位置する配列のエンハンサーN1とエンハンサーN2が各々、胴部と頭部において別々に神経系でのSox2の発現を調節するスイッチとして働いていることがわかり、胴部と頭部において神経系(この時期には神経板というもの)をつくる仕組みが異なることを示した(2003年、2011年)。

私たちが明らかにしてきたところでは、発生途中の胚において、頭部では胚盤葉の上層がそのまま神経板になり、胴部では胚盤葉が原条という部分を通って上層から陥入をはじめる時期に、上層にとどまる部分が神経板をつくる。細胞に注目すると、上層にとどまる細胞ではSox2遺伝子のエンハンサーN1がONになったままであり、陥入して中間層に入り込んだ細胞ではひとたびONであったエンハンサーN1がふたたびOFFになる(2006年)。

以上のような研究結果にもとづいて、私たちは次のことを予想していた。
・中胚葉をつくるためにはSox2遺伝子の発現をOFFにする必要があるだろう。
・中胚葉ができるはずの中間層でSox2遺伝子が働くと、神経系ができてしまうだろう。

今回の研究でも共同研究者であるパパイオアヌーらは、1998年に次のような不思議な現象を報告していた。Tbx6遺伝子が働かないマウスの胚は、本来は筋肉や骨のもとである体節(中胚葉組織)ができる場所に、神経系に属する脊髄ができてしまうのである。この現象は、私達の予想を裏付けるものだろう。



研究の成果

私たちは、神経系と中胚葉との両方に分化しうる前駆体である「体軸幹細胞」に注目して、Tbx6遺伝子が働かないマウスの胚(Tbx6ノックアウト胚)を解析した。胚盤葉の上層に集団として存在する「体軸幹細胞」は、胚盤葉の上層が落ち込んでできる中間層でSox2遺伝子がOFFになって中胚葉の組織をつくるように調節されている。ところが、Tbx6ノックアウト胚では、Sox2遺伝子がOFFにならないために、中胚葉の組織ではなく、神経系の一部である脊髄ができてしまうことが確認された。

中間層に移動した細胞でSox2遺伝子をOFFにするために、Sox2遺伝子そのものではなく、エンハンサーN1だけを失ったノックアウトマウスを用いることによって、明快な結論を得ることができた。

また、Tbx6遺伝子とSox2遺伝子の発現を調節するスイッチが両方ともONになっているところではSox2が優先的に働いてしまい、中胚葉をつくるはずが神経系をつくってしまう。したがって、中胚葉がつくられるためにはTbx6がSox2遺伝子の発現をOFFにすることが必要である。中胚葉は中間層につくられるが、細胞が中間層へと移動すること自体が中胚葉の組織を作ることを決めるわけではない。



今後の展開

今回の研究の結果は、〈神経系と中胚葉組織とが、共通の前駆体である「体軸幹細胞」から発生することを示したこと〉、そして〈三胚葉への組織の配置が、組織の将来の発生を決めるわけではないこと〉をしめしたわけで、高等学校の教科書にも書かれ、信じられてきた三胚葉説をくつがえすものである。発生学の研究基盤を見直す機会となり、生物の発生プロセスに対する見方に影響を与えると思われる。このように、生物の発生プロセスの地図を正しくつくりなおしたことは、発生学の諸々の研究の見直しを促し、今後の発生生物学の進展に寄与すると考えている。

いっぽう、現代の幹細胞科学の将来には大きな期待が寄せられているが、ES細胞やiPS細胞などから特定の体の組織をつくるためにも、生物の発生プロセスの正しい地図を持って研究を進める必要がある。本研究は、幹細胞研究に、新しくそして正しい地図を与えたことになる。

図1.

①正常な胚、②Tbx6遺伝子が働かない胚、③中間層でTbx6遺伝子とSox2遺伝子の両方が働かない胚

Tbx6遺伝子が働かないとSox2遺伝子の発現が抑えられないため、中胚葉が作られるはずの部位が神経管に分化してしまう。エンハンサーN1の働きを妨げると、余分な神経管はできなくなる。

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図2.

これまで正しいと信じられてきた三胚葉説を塗り替える、胚の細胞系譜に関する新しいモデル。神経系の形成について、胴部と頭部では各々別々のメカニズムにより神経系がつくられ、胴部において神経系は中胚葉と共通の前駆体である「体軸幹細胞」から分化する。

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