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距離が変わっても物体の大きさが一定に見える謎「大きさ恒常性」の神経メカニズムを解明
- 3D画像認識技術の改良や視覚変容症例の原因理解に道 -

論文誌情報 J Neurosci. 35, 12033-12046 (2015)
著者 田中慎吾(1),藤田一郎(1,2)

  1. 大阪大学大学院生命機能研究科
  2. 脳情報通信融合研究センター(CiNet)
論文タイトル Computation of object size in visual cortical area V4 as a neural basis for size constancy
PubMed 26311782
研究室HP 認知脳科学研究室〈藤田教授〉

本研究成果のポイント

  • 大脳皮質視覚野の一つ、V4野の神経細胞が「物体の大きさ」を算出していることを発見
  • 物体までの距離変化に関わらず大きさが一定に見える知覚現象(大きさ恒常性)神経メカニズムを解明するもの
  • コンピュータビジョンによる画像認識技術の改良や、大きさ知覚に変容を示す病気の原因理解に役立つと期待

解説

 大阪大学大学院生命機能研究科・脳情報通信融合研究センターの藤田一郎教授と田中慎吾博士課程学生(当時)は、サルの大脳皮質視覚野の一つ、V4野※1の神経細胞が、物体の網膜投影像の大きさと物体までの距離の情報に基づいて「物体の大きさ」を算出していることを発見しました。
 これまで、物体までの距離が変わっても大きさが変わらずに見える知覚現象(大きさ恒常性※2)に関する神経メカニズムは不明でした。
 本研究成果は、「大きさ恒常性」を実現する基盤を明らかにしたものであり、3D画像などのコンピュータビジョンによる画像認識技術の改良や、大きさ知覚に変容を示す病気の原因理解に役立つと期待されます。


研究の背景

 私たちが物を見てその大きさを知る際、目に映る像の大きさだけを判断材料にしているわけではありません。たとえば遠ざかっていく車を見ている時、目に映る車の像は徐々に小さくなっていきますが、車がどんどん小さくなっていくとは感じず、車の大きさは一定であると感じます(図1)。知覚が持つこの性質は「大きさの恒常性」と呼ばれます。
 この現象は、物体の大きさを知覚する際に、脳が、目に映る像の大きさだけではなく物体までの距離に関する情報も利用していることを意味しています。驚くべきことにエジプトの科学者プトレマイオスはこのことを2000年も昔に指摘しましたが、今日に至るまでその神経メカニズムは不明でした。


今回の研究の成果

 本研究では、サルの大脳皮質V4野と呼ばれる領域(図2)の神経細胞の活動を解析しました。その結果、この領域の細胞が、物体網膜像の大きさと物体までの距離の情報を統合し、物体の大きさを計算していることを明らかにしました。
 大脳皮質視覚野の多くの神経細胞が、視覚刺激の大きさに応じて活動を変化させますが、これは目に映る像(網膜像)の大きさに対して反応しているのだと考えられてきました。しかし、このような細胞だけでは、「大きさ恒常性」を実現することはできません。本研究においては、網膜像の大きさではなく物体そのものの大きさを表現する細胞があるかどうかを検討しました。
 同じ物体であっても遠くにある時はその網膜像は小さくなり、近くにある時にはその網膜像は大きくなります(図3左)。もし神経細胞が網膜像の大きさに対して活動を変化させているのであれば、物体までの距離が変化しても同じ網膜像サイズに反応するはずです(図3中)。しかし、もし神経細胞が物体の大きさの情報を伝えているのであれば、遠くに物体があるときには小さな網膜像に反応し、知覚に物体があるときには大きな網膜像に反応するはずです(図3右)。
 サルのV4野の神経細胞は、刺激が遠くにある時には小さな刺激によく反応し、刺激が近くにあるときには大きな刺激に反応しました。この性質は図3右で予想した「物体の大きさを表現する細胞」が持つべき性質です。この実験により、V4野細胞は網膜像の大きさに反応するのではなく、物体の大きさに対して反応することが判明しました。これらの細胞は、距離の変化によらず、ある特定の物体サイズに関する情報を伝えることで、「大きさの恒常性」の実現に寄与すると考えられます。


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 大脳皮質視覚野の一部が損傷した患者さんの中には、物の大きさが小さく見えたり(小視症)、逆に大きく見えたり(大視症)する方々がいます。これらの症状の責任部位がどこであるかの詳細は不明ですが、本研究によりV4野である可能性がでてきました。今後の研究により、これら症例の原因の解明が進むことが期待されます。
 また、コンピュータビジョンにおける物体認識機構を3D画像や3D映像に適用する際に、大きさの検出と奥行きの検出の機能を相互に作用させることで、像の大きさが変化しても同じ物体は同じ物体であると認識するメカニズムを作りだせることを今回の発見は示しています。このことから、本研究成果はコンピュータビジョンによる画像認識技術の改良に役立つことが期待されます。


用語解説

  1. 大脳皮質V4野

    ヒトやサルの大脳皮質視覚野の中には、異なった機能を果たす領野が30以上含まれています。V4野は、その中の一つで物体認識に役立つ視覚情報(形、色、模様、両眼視差、大きさ)を取り扱っています。

  2. 大きさ恒常性

    私たちは、多くの視覚手がかりを用いて物体までの距離を推定します。視覚的距離手がかりは以下の5つのカテゴリーに分けることができます:(i)両眼視差、(ii)筋肉の収縮状態(輻輳と焦点距離調節)、(iii)運動視差、(iv)大気遠近法、(v)単眼投影像(線遠近、きめの勾配、陰影)。

    たとえば、図4左の写真は何の変哲もない状景ですが、写真中央の人物の像をコピーして、奥に貼り付けると(図4中央)、この人物は巨人のように見えます。一方、手前に貼り付けると(図4右)、この人物は小人のように見えます。これは、この写真に含まれる線遠近やきめの勾配、陰影といった手がかりを使って私たちの脳が距離を推定し、その情報を加味して大きさを知覚しているからです。物体までの距離が変わった時に起きるはずの網膜像の大きさ変化を無視して画像を作ったため、「大きさ恒常性」が起きず、異常な大きさに感じるのです。

図1.大きさ恒常性:物体への距離が変わり網膜像の大きさが変化しても、物体の大きさは変わらずに知覚される。例えば、自動車からの距離が変わってもミニカーには見えない。

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図2.ヒト(左)およびサル(右)における大脳皮質

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図3.網膜像の大きさ、もしくは物体の大きさに対して活動を変化させる神経細胞

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図4.単眼奥行き手がかりが大きさの知覚に与える影響

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