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原子の集団振動で電子が散乱する現象の直接観察に成功

論文誌情報 Sci Rep 3, 3031 (2013)
著者 田中 慎一郎(1),松波 雅治(2),木村 真一(2,3)

  1. 大阪大学産業科学研究所
  2. 自然科学研究機構分子科学研究所
  3. 大阪大学大学院生命機能研究科
論文タイトル An investigation of electron-phonon coupling via phonon dispersion measurements in graphite using angle-resolved photoelectron spectroscopy
PubMed 24149916
研究室HP 光物性研究室〈木村教授〉

解説

 大阪大学産業科学研究所の田中慎一郎准教授と大阪大学生命機能研究科の木村真一教授、自然科学研究機構分子科学研究所の松波雅治助教の研究グループは、鉛筆の材料で知られる黒鉛(グラファイト)1)の中を運動する電子が、原子の特定の集団振動(フォノン)2)によって散乱される現象を角度分解光電子分光3)を用いて観測することに世界で初めて成功しました。今回の発見は、超伝導や電気抵抗などの固体の性質を支配する要因の一つとして知られる伝導電子と原子の集団振動の相互作用による散乱(電子格子相互作用)4)を散乱される方向(運動量)まで分解して観測できる道を開いたものであり、将来的には超伝導物質・超高速デバイスなどの新機能材料の開発に役立つと考えられます。詳細は10月23日(英国現地時間10:00)に英国ネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)の「Scientific Reports」(オンライン版)で公開されました。



研究の背景

 量子力学によれば、固体内の電子は同時に波であり粒子です。そして原子の集団振動(フォノン)もまた、波であるとともに粒子であり、両者は互いに衝突し(散乱)、運動量とエネルギーを交換します(図1)。この散乱過程は電子格子相互作用と呼ばれ、固体の性質を決定する最も重要な要因の一つです。長い間多くの研究がなされてきましたが、これまでの実験手法では電子がさまざまな運動量とエネルギーを持った多くのフォノンによって散乱された最終的な状態を観測することしかできず、相互作用の本質であるフォノンや電子がどのように運動量を交換するかといった素過程の詳細は未解明のままでした。今回の研究では、黒鉛の性質をうまく用いて固体内での伝導電子の運動量を特定し、さらに電子を励起する光の波長を選ぶことによって特定のフォノンによって散乱された電子のみを固体の外に取り出して観測することに成功しました。これによって、特定の電子の散乱に寄与したフォノンの運動量とエネルギーを決定することができました。

 図2(a)は黒鉛に光を照射して叩き出された電子(光電子)の束縛エネルギーを調べたものです。特定の光エネルギーで光電子が検出されています。しかし、黒鉛の電子構造はよく分かっており、それによれば、この条件では光電子は本来観測されるはずがないのです。図2(b,c)に拡大した結果を示しますが、これらの電子では、通常の光電子(金の結果で示しています)とは異なった束縛エネルギーで階段型の構造が見られます。詳しい研究によって、この現象は伝導電子がフォノンによって散乱されエネルギーと運動量(角度)が変化したことに起因し、さらにこの階段構造の束縛エネルギーはフォノンのエネルギーに対応することが分かりました。そして、この電子の運動量を測定することで、散乱に関与したフォノンのみを特定して運動量とエネルギーを分解して観測できることが確かめられました(図2d,e)。



本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 この手法を用いてさらに詳細な測定を行い、理論計算との比較を進めることで、電子格子相互作用による散乱についての理解が深まります。この手法は黒鉛を初めとするカーボンナノマテリアル5)に特に有効ですが、それに止まらず、超電導体や有機LED材料といった新機能物質における電子格子相互作用の研究にも役に立つと考えられます。この手法による研究を進めることで、様々な物質における新機能探求のための基本的指針が明らかになると期待できます。



用語解説


  1. 黒鉛(グラファイト):炭素原子によって刑された六角形の2次元構造が積み重なって出来ています。最もありふれた物質の一つですが、新機能材料を造るための土台として、また物性物理の基礎研究の舞台として近年着目を浴びています。

  2. 原子の集団振動(フォノン):固体中で原子はお互いに結合して格子を形成します。この結合は硬いバネのようなもので、実は原子の位置は固定せず常に振動しています。量子力学によれば、原子の集団振動が作る波は、同時に粒子でもあります。固体物理学においては、粒子的な性質に着目してこの格子振動をフォノンと呼びます。

  3. 角度分解光電子分光:固体に光を当て、叩き出される電子の角度とエネルギーを測定することにより固体内電子の運動量とエネルギーを決定する手法です。固体における電子の状態を調べるための手法として最近盛んに用いられ、分解能や感度などの性能が著しく向上しています。

  4. 電子格子相互作用:固体中の電子は、原子(核)からの力を感じながら運動しています。原子が集団振動するとき、電子はその振動によって擾乱され、エネルギーや運動量が変化します。この電子と原子の集団振動の相互作用は、物質の電気抵抗・熱伝導・光学的性質などに強く影響し、超伝導の原因になるなど非常に重要であり、固体物理学の大きな研究テーマの一つとなっています。

  5. カーボンナノマテリアル:グラフェン、カーボンナノチューブなど、炭素の2次元構造が様々な形態をとっている物質群です。新機能材料としての将来性を嘱望され多くの研究者による精力的な研究が続いています。

図1.グラファイト中の電子と原子の集団振動(フォノン)の相互作用(散乱)。赤丸は炭素原子であり、黒鉛中では六角形の2次元的な構造を作っている。

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図2.グラファイトからの角度分解光電子分光
(a):光電子強度の励起光および電子のエネルギー依存性
(b):スペクトルの拡大図
(c):(b)の微分スペクトル。(b)の階段型構造がピーク構造になり分かりやすい。
(d,e):微分スペクトルの運動量依存性

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