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リン脂質のメチル化
- 選択的ミトコンドリア分解を制御する新たな細胞内経路の発見 -

論文誌情報 EMBO J, e201591440 (2015)
著者 榊原佳織(1),英山明慶(1),鈴木翔(1,2),中戸川(酒向)万智子(2),奥村宣明(3),谷元洋(4),橋本絢子(1),南雲吉代(1),岡本(近藤)徳子(1),角田(近藤)千香(2),浅井絵里(2),桐浴裕巳(2),中戸川仁(2),久下理(4),高尾敏文(3),大隅良典(2),岡本浩二(1)

  1. 大阪大学大学院生命機能研究科
  2. 東京工業大学フロンティア研究センター
  3. 大阪大学蛋白質研究所
  4. 九州大学大学院理学研究院
論文タイトル Phospholipid methylation controls Atg32-mediated mitophagy and Atg8 recycling
PubMed 26438722
研究室HP ミトコンドリア動態学研究室〈岡本准教授〉

図1.Atg32が司るミトコンドリア隔離のモデル 図2.Opi3欠損変異から...

解説

 選択的ミトコンドリア分解(マイトファジー)の制御に関与する新たな細胞内経路が、当研究科ミトコンドリア動態学研究室(岡本研究室)の榊原特任研究員らによって明らかになりました。この成果は、The EMBO Journal(10月5日付けオンライン版)に掲載されました。


背景

 ミトコンドリアはほとんど全ての真核生物に必須なATP産生の主要な場であり、細胞のエネルギー需要に応じてその量が変動します。例えば、環境の変化によって細胞の活動が上昇するとミトコンドリアは増加し、逆に低下するとミトコンドリアの量は減少します。一方、ミトコンドリアは酸化的リン酸化の過程で活性酸素種(ROS)も産生するため、ROSによる酸化障害を直接被ることで品質が低下してしまうことがあります。これを防ぐため、機能不全のミトコンドリアを除去することで、ミトコンドリアの品質が維持されていると考えられています。近年、ミトコンドリアの量や品質を管理する仕組みとして、ミトコンドリアを選択的に丸ごと隔離・除去する機構が注目を集めています。この仕組みは細胞の自食作用(オートファジー)を利用していることから「マイトファジー」と呼ばれ、酵母からヒトまで保存された基本的な機構です。マイトファジーの破綻は、ミトコンドリアDNAの不安定化・細胞分化の異常・神経変性など、様々な病態を引き起こすことからも、その生理機能の重要性は明らかであり、現在世界中で研究が爆発的に進展しています。
 2009年、研究グループは世界に先駆けて、酵母のマイトファジーに特異的かつ必須な役割を果たすミトコンドリア外膜タンパク質Atg32を発見し、その機能の一端を解明しました(図1)。酵母のマイトファジーは、ミトコンドリアでのATP合成が細胞の増殖に必須な非発酵性の培地において、細胞が増殖を止める時期に誘導されます。この時期、ROSによる酸化ストレスの増加が起こる一方でATP需要は次第に減少するため、ミトコンドリアの量を減らすシグナルがオンになると考えられます。その際、酸化ストレスの増加に応答してAtg32の発現が上昇し、ミトコンドリア外膜に局在するとともに、Atg8およびAtg11をミトコンドリア表層にリクルートします。Atg8は、リン脂質の一種ホスファチジルエタノールアミン(PE)と共有結合するユビキチン様タンパク質であり、オートファゴソームと呼ばれる膜でできた「ゴミ袋」の形成に必要です。一方Atg11は、オートファゴソーム形成に必要な他のAtgタンパク質群が分子集合する際の足場として機能します。このAtg32-Atg8-Atg11複合体が起点となってミトコンドリアがオートファゴソーム内に隔離され、最終的には液胞(酵母のリソソーム)に運ばれて分解されるのです。
 Atg32は、オートファゴソーム形成に必須なAtg8とAtg11の受容体として働くことから、「マイトファジー・レセプター」と呼ばれます。Atg32とアミノ酸配列の相同性があるホモログは哺乳類などには見つかっていませんが、①ミトコンドリア外膜にアンカーされる、②Atg8と相互作用する、といった特徴をもち、哺乳類マイトファジーに働く「機能性ホモログ」が多数報告されています。すなわち、Atg32が駆動する選択的ミトコンドリア分解の基本原理は、生物種を越えて保存されているといえます。


本研究の概要

 これまでの研究から、Atg32がオートファゴソーム形成を駆動する仕組みについては、大筋は明らかになっています。しかし、未だに多くの本質的問題が残されています。例えば、Atg32の発現はどのように制御されているのか、PEに共有結合していない遊離型Atg8は何かに機能しているのかなど、不明なままでした。今回の研究では、①リン脂質メチル化の抑制を介してAtg32が誘導されること、②脱脂質化によって再利用される遊離型Atg8がマイトファジーに重要であり、リン脂質メチル化の異常はAtg8の再利用を破綻させることが明らかとなりました(図2)。


得られた知見の詳細

 リン脂質メチル化は、PEに3つのメチル基を付加してホスファチジルコリン(PC)を合成する反応であり、様々な生物に共通して見られる細胞内経路です。酵母においては、メチルトランスフェラーゼのCho2がPEにメチル基1個を付加してホスファチジルモノメチルエタノールアミン(PMME、あるいはPME)を合成し、別のメチルトランスフェラーゼのOpi3がPMMEにメチル基2個を付加してPCを合成します。Cho2, Opi3ともに小胞体に局在する膜タンパク質です。これらの遺伝子欠損によりPCの量は低下しますが、エタノールアミンやコリンからPCを作るケネディ経路が補償的に働いて、細胞の生存は維持されます。まず、Opi3欠損でマイトファジーが強く抑制される一方、Cho2欠損ではほとんど影響がないことから、PC量の減少ではなく、別の何かがマイトファジーに障害を及ぼしていることが示唆されました。次に、マイトファジー誘導時におけるCho2の発現を調べたところ、野生型細胞ではCho2のレベルが顕著に低下していたのに対し、Opi3欠損細胞ではCho2の発現抑制が遅延していることがわかりました。この際、抗酸化物質である還元型グルタチオン(GSH)の量がOpi3欠損細胞で増加していること、同時にAtg32の発現は抑制されていることが判明しました。リン脂質メチル化が促進するとGSHの合成は上昇することが過去の研究で報告されており、増加したGSHが引き金となって、Atg32の発現が抑制されるものと考えられます。
 興味深いことに、Opi3欠損細胞ではPMMEが蓄積していること、マイトファジー誘導時にAtg8の脂質化が劇的に亢進していることがわかりました。これらの結果から、Atg8がPEだけでなくPMMEにも共有結合している可能性が提起されます。そこで、試験管内再構成系によりAtg8の脂質化を検討したところ、実際にAtg8-PMMEが生成されることが明らかとなりました。さらに、マイトファジー誘導条件下のOpi3欠損細胞からAtg8を精製し質量分析を行った結果、PMME化が確認されました。なお、Atg8-PEはシステインプロテアーゼAtg4によって切断され、遊離型Atg8に変換されます。驚いたことに、Atg8-PMMEはAtg4による切断を受けにくく、そのため細胞内に蓄積してしまうことがわかりました。すなわち、マイトファジー誘導時のOpi3欠損細胞ではAtg8の再利用が損なわれており、遊離型Atg8が不足してしまうことで、ミトコンドリアを隔離するためのオートファゴソームの形成が強く抑制されることが示唆されました。
 今回の研究から、生体膜の構成分子であるリン脂質のメチル化とマイトファジー制御の深い関連性、またその破綻によってオートファゴソーム形成が損なわれてしまう危険性が初めて示されました。実際に、試験管内再構成系を用いた実験から、哺乳類Atg8ホモログがPMME化されること、一方でAtg4による脱PMME化は受けにくいことが示唆されています。これらの結果は、リン脂質メチル化の適切な制御が、ヒトのマイトファジーやオートファジーにも重要である可能性を提起しています。

図1.Atg32が司るミトコンドリア隔離のモデル

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図2.Opi3欠損変異から垣間見えてきたマイトファジーの仕組み

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