おもろい研究!君ならできる、ここでできる|新しい生物学・生命科学を拓く大学院|大阪大学大学院生命機能研究科

English

べん毛III型タンパク質輸送におけるエネルギー変換機構

論文誌情報
Nat Commun 2, 475 (2011)
著者 南野徹,森本雄祐,原典孝,難波啓一
論文タイトル “An energy transduction mechanism used in bacterial flagellar type III protein export”
(べん毛III型タンパク質輸送におけるエネルギー変換機構)
PubMed 21934659
研究室HP 日本電子YOKOGUSHI恊働研究所〈難波特任教授〉

図1.べん毛で泳ぐサルモネラ菌の模式図と細菌べん毛の模式図。サルモネラ菌は数本の...

解説

研究の背景

プロトン駆動力は、細胞膜を隔てた電位差(Δψ)と細胞膜内外のプロトン濃度差(ΔpH)の和として定義される生体エネルギーです。生体膜に存在する膜超分子ナノマシンはこのプロトン駆動力を使ってATPを合成し、また生体膜を越えたタンパク質などの物質輸送を行います。これまでに研究されたプロトン駆動型の膜超分子ナノマシンでは、ΔpH成分が存在しない場合でもΔψによって、あるいはΔψが消失した場合でもΔpHによってプロトンは細胞内へ流れ、エネルギー源として利用されることが示されています。すなわち、物理学的に定義されるとおり、ΔψとΔpHは区別なく等価なエネルギー源として利用されるというのが長い間の通説でした。
 多くの細菌は、べん毛と呼ばれる、細胞外に長く伸びるらせん繊維状の運動器官を持っています。べん毛は約30種類のタンパク質から構成される極めて複雑な超分子ナノマシンで、細胞膜を貫通して回転モーターとして働く基部体、ユニバーサルジョイントであるフック、細胞の外側に伸びてらせん型プロペラとして働く繊維から構成されます(図1)。べん毛が構築され細胞外に長く伸びる際には、べん毛を構成するタンパク質が次々にべん毛先端のキャップ直下へ運ばれて結合します。そのため、べん毛独自のタンパク質輸送装置がべん毛基部に存在します。べん毛タンパク質は基部体中央の基底部にある輸送ゲートによって、べん毛の中心軸に沿って先端まで貫通する直径2nmの細長いチャネルの中へ選択的に送り込まれます(図2)。
 輸送装置は6種類の膜タンパク質からなる輸送ゲート複合体と3種類の可溶性タンパク質で構成されます。輸送エンジンとして働く輸送ゲート複合体は、細胞膜内外に形成されるプロトン駆動力をエネルギー源としてべん毛タンパク質を細胞内から細胞外へと運び出します。これは、この研究グループが2008年に発見した成果ですが、どのようにしてプロトン駆動力をべん毛タンパク質輸送という力学的仕事に変換するのかは不明なままでした。

研究内容と成果

今回、本研究グループは、野生株のサルモネラ菌と、輸送ゲート複合体のみでも効率よくべん毛を形成できる変異株を用い、①輸送装置がΔpHを使わずΔψだけで働くこと、②輸送ゲート複合体に結合するFliH、FliI、およびFliJという可溶性タンパク質が欠損すると、プロトン駆動力が一定に保たれていて、ΔψとΔpHのどちらかを消失させるとべん毛タンパク質が輸送されないこと、③FliHおよびFliIの助けにより、FliJが輸送ゲート構成タンパク質であるFlhAと相互作用すると、輸送ゲートが膜電位のみに依存した高効率な輸送エンジンに変化することなどを新たに発見しました。つまり、輸送ゲート複合体自体はΔψ成分とΔpH成分を明確に区別して利用していることが明らかになりました。生体超分子の構造が、ΔψとΔpHが等価であるという単純な物理学の方程式では説明できない、複雑なしくみで働いていることを明確に示すものです。

今後の展開


ぺスト菌、赤痢菌、病原性大腸菌O157などの病原性細菌は、細胞表層に存在するIII型と呼ばれるタンパク質分泌装置を用い、エフェクターと呼ばれるタンパク質群を宿主細胞内に直接輸送します。送り込まれたエフェクターは宿主細胞の細胞骨格や膜輸送系に作用して細胞表面に形態変化を引き起こし、宿主細胞への細菌の侵入を助け、感染が成立します。細菌の運動器官であるべん毛を作り出すために必須なべん毛タンパク質輸送装置は、この病原性III型分泌装置と遺伝的にも機能的にも高い相関関係があるため、べん毛タンパク質輸送装置の研究によりIII型分泌系のみを不活性化する方法が見つかれば、病原性細菌の病原性のみを破壊することも可能になります。抗生物質のように細菌を死滅させることがないため耐性菌が発生しづらく、感染症の予防を含めた、これまでにない新しい治療法の開発につながると期待されます。

図1.
べん毛で泳ぐサルモネラ菌の模式図と細菌べん毛の模式図。サルモネラ菌は数本のべん毛を細胞周辺から延ばし、束にして回転させて泳ぎます。べん毛は大まかに分けて、回転モーターである基部体、ユニバーサルジョイントであるフック、プロペラのように動くべん毛繊維で構成されています。(CM:細胞膜; PG:ペプチドグリカン層; OM:外膜)

minamino-namba-2011-1.jpg
(図をクリックすると拡大します)

図2.
べん毛タンパク質輸送装置の模式図。タンパク質輸送装置は、6種類の膜貫通型タンパク質(FlhA、FlhB、FliO、FliP、FliQ、FliR)と3種類の可溶性タンパク質(FliH、FliI、FliJ)から成り、基部体の細胞内側の中心部に存在すると考えられています。膜貫通型のタンパク質は複合体を形成し、輸送ゲートとして機能します。輸送ゲート複合体はプロトン駆動力エネルギー源にしてべん毛タンパク質を細胞外へ輸送します。野生型輸送装置では、可溶性の構成タンパク質であるFliHおよびFliIの助けにより、FliJが輸送ゲート構成タンパク質FlhAの細胞質ドメイン(FlhAC)に結合し、その結果、輸送ゲートは膜電位のみに依存してべん毛タンパク質を効率よく輸送します。FliHおよびFliIが存在しない場合は、膜電位に加えて、細胞内外のpH差によりプロトン(水素イオン)が細胞外から細胞内へ流れることで、べん毛タンパク質は輸送されます。(Peri:ペリプラズミック空間; CM:細胞膜; Cyto:細胞質; H+:プロトン; N:N末端;C:C末端)

minamino-namba-2011-2.jpg
(図をクリックすると拡大します)