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ホスファチジルイノシトールリン脂質シグナルの自己組織化が細胞の自発運動を引き起こす仕組みを解明

論文誌情報 Proc Natl Acad Sci USA 107, 12399-404 (2010)
著者 新井由之(1),柴田達夫(2),松岡里実(1),佐藤雅之(1),柳田敏雄(1),上田昌宏(1)
  1. 大阪大学大学院生命機能研究科(ソフトバイオシステム研究室  柳田研究室 上田グループ)
  2. 広島大学大学院理学研究科
論文タイトル Self-organization of the phosphatidylinositol lipids signaling system for random cell migration.
PubMed 20562345
研究室HP

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背景

細胞は外部からの刺激がない均一な環境下でも、不規則に方向転換しながら自発的に移動運動を行います。この自発的な細胞運動は、外部環境からのシグナルに依存せずに、細胞内部で生成されるシグナルによって制御されると考えられます。これまで、アメーバ様細胞の運動は、イノシトールリン脂質の一種であるホスファチジルイノシトール,,-三リン酸[PI(3,4,5)P]が細胞膜上の特定の方向に偏って集積し、細胞の運動を司るアクチン骨格系を制御することによって引き起こされることが知られていました。しかし、PI(3,,5)Pが偏る仕組み、特にイノシトールリン脂質代謝系がPI(3,,5)Pの合成と分解を空間的に調節する仕組みは未解明でした。

 

研究成果

本研究は、イノシトールリン脂質代謝系の自己組織化によってPI(3,,5)Pの偏り(極性)が形成されることを発見し、この自己組織化が細胞の自発運動に重要であることを明らかにしました。この自己組織化はPI(3,,5)Pの代謝を制御するPI3キナーゼやPTENなどの酵素分子の反応ネットワークによって形成され、緩和振動と呼ばれる特徴的な時間変化を示すことが分かりました。この反応ネットワークを数理モデル化することにより、実験的に観察された緩和振動をシミュレーションによって再現することに成功しました。数理モデルの解析から、PI3キナーゼやPTENなどの酵素分子の反応が不規則に変動することにより、自己組織化パターンが多様になり、それに伴ってランダムな細胞運動が引き起こされることが示唆されました。

 

今後の展開

本研究により、細胞システムにおける分子数や酵素反応の確率性に起因するゆらぎが自己組織化のメカニズムにより制御・利用されている可能性が明らかになってきました。同様の動作メカニズムが、白血球や神経細胞などの生体内の細胞にも利用されている可能性があります。これらの細胞は、生体内の複雑な空間構造において微弱な化学物質の濃度勾配の情報をたよりに目的地にまで移動する必要があります。ここでも、自己組織化によって自発的に細胞極性を形成しておき、外部刺激に応じて適宜細胞極性の方向性に対しバイアスをかけることで、細胞の移動方向を制御する仕組みが働いている可能性があります。このように、本研究において提案した自己組織化に基づく細胞内分子反応ネットワークの制御機構は、より複雑な生体内でおこる細胞の運動や応答、疾患の解明につながることが期待されます。

 

<以下の図はクリックすると拡大されます>

 

図1 細胞は自己組織化反応により自発的にPI(3,,5)P極性を形成する イノシトールリン脂質代謝系分子の細胞内局在(緑:PI(3,,5)P結合たんぱく質であるPHドメインたんぱく質、赤:PTEN)。アクチン重合を阻害した細胞の水平断面を可視化した。(単位、分:秒。スケールバーは5μm

Fig.1.jpg

 

図2 細胞ごとにPI(3,,5)P局在の時空間パターンは異なる

それぞれにおいて、左図は細胞膜上での各たんぱく質の濃度を示している(赤:PTEN、緑:PI(3,,5)Pに結合するPHドメインたんぱく質)。横軸は細胞膜上での位置、縦軸は時間を示したキモグラフである。右図は相互相関関数を示しており、キモグラフにおいて、時間・空間的にどの程度の周期で似た構造が出現しやすいかを示している。相関の度合いは赤から青の色相で表示した(右下参照)。は進行波の特徴を示し、は振動と呼ばれる特徴を示す。

Fig.2(日本語).jpg

 

図3 イノシトールリン脂質代謝系の緩和振動ダイナミクス

:細胞膜上のPI(3,,5)PとPTEN濃度の時間変化の平均的挙動。PTEN濃度が高くPI(3,,5)P濃度は低い、あるいは、PTEN濃度が低くPI(3,,5)P濃度が高いという2種類の状態が比較的安定であり、細胞膜上の各点はその状態間を矢印の向きで行き来していることが明らかになった。

:進行波の起こる仕組み。細胞膜上の各点での緩和振動ダイナミクスは共通

であるが、その振動の位相が各点で少しずつずれているために、全体では進行

波として見える。緩和振動ダイナミクスの形成にはたらくPTENは、細胞膜

から離れると細胞質に移行し、また細胞膜の別の場所に結合する。このため、

細胞膜上の各点は、PTENを介して細胞全体と相互作用することになる(グ

ローバルカップリング)。この相互作用を通して、細胞膜上の各点の位相に差が

生まれ、進行波や振動が形成される。細胞によってイノシトールリン脂質代謝

系の分子の量が異なるために、細胞膜上の各点での位相のずれ具合が異なり、

進行波と振動の違いや周期の違いが生じると考えられる。


Fig.3(日本語).jpg



図4 イノシトールリン脂質代謝系の反応拡散方程式に基づいた数理モデルによる再構築

:数理モデルに含まれるPI(3,,5)P代謝反応とPTENの細胞質-

胞膜間移行。PTENは細胞質と細胞膜の間を行き来しているが、PI(3,,

5)Pが多くあるとPTENを細胞質へ移行させる。このため、PI(3,,5)

が多い細胞膜では、PTENの濃度がさがり、PI(3,,5)Pの脱リン酸

化が減るため、ますますPI(3,,5)Pが増えることになる。逆に、一旦PI

(3,,5)Pが減少し始めると、PTEN濃度が増加し、ますますPI(3,,

5)Pが減少する。こうした正のフィードバックによりPI(3,,5)PとP

TENが逆位相になる振動が形成される。

:再構築された緩和振動ダイナミクス。

:分子反応ゆらぎを含めないシミュレーションによって再現された時空間パターン。

:分子反応ゆらぎを含めたシミュレーションによって再現された時空間パタ

ーン。実際の細胞のキモグラフ(図2)と類似した、パターンが途中で消失し

たり、進行波が逆転したりする様子が再現された。

:分子反応ゆらぎを含めたシミュレーションによって進行波(左)と振動(右)が再現された。この場合、PI(4,5)P2の供給速度を変えることによって二つのパターンが生じた。

Fig.4(日本語).jpg