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マウスの前後方向の新たな形成メカニズムを発見
- 体の非対称性の起源に迫る大きな一歩 -

論文誌情報 Nat cell biol 13, 743-52 (2011)
著者 高岡勝吉(1), 山本正道(1,2),濱田博司(1)
  1. 大阪大学 大学院生命機能研究科
  2. 群馬大学 大学院医学系研究科


濱田研究室(発生遺伝学グループ)
論文タイトル “Origin and role of distal visceral endoderm, a group of cells that determines anterior-posterior polarity of the mouse embryo”
(マウス胚において前後軸方向を決めるDVE細胞の起源と役割)
PubMed 21623358

図1.従来の前後(頭尾)軸形成モデルと本研究から明らかになった新モデル 従来のモ...

解説

研究の背景

 ショウジョウバエを含む多くの生物は、すでに受精前の卵子の段階で前後方向が決定しています。対して、私たち人やマウスといった哺乳類は、受精卵を2つに分けてもそれぞれが正常な胎児へと発生するという高い適応能力を持っていることから、卵子や受精卵の時期においては非対称性を獲得しておらず、その後の発生過程で「非対称性の起源」というイベントを経て、非対称性を獲得すると考えられています。哺乳類胚がどのようなメカニズムで非対称性のある体を獲得しているかを知ることは、再生医療や先天性奇形の早期治療の実現のために大変重要です。

 マウス胚において前後の方向性が決められる仕組みについては、これまで、受精後5日胚で胎盤に対して遠位側にDVEと呼ばれる胚の前側(頭側)を決める特殊な細胞群が現れ、その後、DVE細胞が前側へ移動し、AVEと名前を変えて頭部誘導シグナルを分泌することにより、AVEから近い位置にある胚体部分(将来体になる部分)は前(頭)側に、遠い位置にある胚体部分は後(尾)側になると考えられてきました(図1・上段)。このとき、多くのDVE発現遺伝子が(図2・上段)のような発現パターンを示すため、DVEは受精後5日目に形成され、DVEとAVEは全く同じ由来の細胞だとされてきました。

研究の成果

 私達は今回、遺伝学的な手法を用いて細胞の運命・由来を調べた結果、DVEの由来と役割に関して従来の考えを覆す新たな発見をしました。まず、CreERという標識たんぱく質を用いた細胞標識技術を開発し、母胎中のマウス胚でLefty1を発現する細胞を標識することに成功しました。さまざまな発生段階のLefty1陽性細胞をday単位で標識・追跡した結果、①DVEになるべき細胞は、遅くとも受精後4日目にすでに決定されていること、②同じ細胞と考えられてきたDVEとAVEは、実は異なる由来の細胞であること、③DVEの役割は、自らが頭側へ移動することにより、遅れて生じるAVEを頭側へガイドすることなどを明らかにしました(図1・下段)。これらの結果から将来の頭尾方向を決める細胞は、従来の考えよりも早い時期に決められていることが分かりました。

 さらに生きたマウス胚において、蛍光たんぱく質で標識した細胞の挙動をリアルタイムで観察する技術を開発しました(図2・中段)。この技術を用いて、Lefty1を発現する細胞を5日胚から6日胚にかけて時間(h)単位で観察したところ、従来の考えのようにDVEの細胞のみが動くのではなく、DVEを含む組織であるVE(Visceral Endoderm、胚の外側一層の組織)全体が、胚の左側から見た場合、時計回りに動いていることが明らかになりました。DVEは将来の頭側へ移動することによりVE全体の細胞の動きを引き起こし、自らは胚の近位側(胎盤に対して)に近づくにつれてLefty1の発現を消失し、一方遠位側へ移動して来たVE細胞はLefty1の発現を開始し、AVEへと変化しました(図2・下段)。

 このようにマウス胚の前後の非対称性は、従来考えられていたよりも早期から決められていることが分かりました。これまで常識化されていた考えにとらわれずに、細胞の由来・挙動という新たな観点から観察することが、今回の発見につながりました。

今後の展開

今後は、さらに「体の非対称性の起源」へ迫るために、受精後4日目よりも遡って研究を行います。特に、DVEという前後方向を決める特別な細胞がどのようにして、均一な極性のない細胞から選択されるのかという疑問を明らかにしたいと考えています。

 ES細胞やiPS細胞から複雑な構造を持つ臓器を作るためには、目的の臓器の細胞を誘導するだけではなく、細胞集団へ正確な位置情報を与え、高度な構造を持たせることも重要です。本研究から得られた知見は、体の非対称性の起源という発生生物学の命題に迫るとともに、将来の再生医療の基盤になるものと期待されます。

図1.
従来の前後(頭尾)軸形成モデルと本研究から明らかになった新モデル

従来のモデル(上段):
 DVEは受精後5日で形成され(緑)、将来の頭側へ移動し、AVEと名前を変え、6日胚では頭を誘導します。 新モデル(下段):
 頭側を誘導するDVEは少なくとも4日胚で形成される(緑)。
 DVE/AVE発現遺伝子(例:Lefty1)は、DVEが将来の頭側へ移動すると共に発現が消失し
 (緑白抜き)、遠位側では新たに発現を開始します(ピンク)。takaoka-hamada-20110603-1.jpg
(図をクリックすると拡大します)

図2.
蛍光たんぱく質を用いて明らかになった細胞分布図

●上段: Lefty1は5日胚ではDVEで、6日胚ではAVEに発現している。
●中段: VEの細胞膜を赤色蛍光たんぱく質、DVE/AVEの細胞膜を緑色蛍光たんぱく質で標識しました。
    経時的に観察することで、1細胞レベルの挙動を知ることができます。
●下段: 5日から6日胚の細胞分布図。DVE(緑)の細胞とAVE(赤、水、灰色)の細胞は異なる細胞でした。takaoka-hamada-20110603-2.jpg
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