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記憶はゆらぎでつくられる

論文誌情報 Sci Rep 3, 1957 (2013)

この論文は同誌の「注目の論文」に選ばれて紹介されました。
著者 大江 祐樹(1,2),冨永(吉野)恵子(1),長谷川 翔(1),小倉 明彦(1)

  1. 大阪大学・生命機能研究科
  2. 現・理化学研究所・脳科学総合研究センター
論文タイトル Dendritic spine dynamics in synaptogenesis after repeated LTP inductions: Dependence on pre-existing spine density.
PubMed 23739837
研究室HP 神経可塑性生理学研究室〈冨永(吉野)准教授〉

図(論文図4).培養海馬切片中のニューロン(CA1錐体細胞) aは全体像。bはa...

解説

生命機能研究科の冨永(吉野)恵子准教授・小倉明彦教授のグループは、記憶の基礎となるシナプスの新規形成がゆらぎの原理にもとづくことを発見しました。



概要

記憶の「固定」過程を細胞レベルで解析するため、そのガラス器内再現とみなされる「繰り返し刺激後のシナプス新生」について、蛍光タンパク質で標識したマウス海馬ニューロンを経時的に追跡観察したところ、1)シナプスは通常時から形成と廃止を繰り返している(つまり、ゆらいでいる)、2)繰り返し刺激が加わると、まず形成率と廃止率がともに増す(ゆらぎが増す)、3)やがて、廃止率が形成率より先に通常水準に戻るため、結果として増加する(ゆらぎにバイアスがかかる)、という段階を経ることがわかった。これまで、「刺激によって何らかのスイッチが入り、シナプス形成機構が起動する」という決定論的な機構が漠然と想像されていたが、実際は確率論的な過程によっているらしい。また、同じ刺激を受けても、シナプスが増加する樹状突起としない樹状突起とがあった。既存シナプス密度の高い樹状突起はそれ以上増える率が低く、シナプス密度の低い樹状突起は大きく増加した。なお、この論文は同誌の「注目の論文」に選ばれて紹介された。



研究の背景

記憶には「獲得」の相と「固定」の相がある。「獲得」のしくみは、海馬LTPという優れたモデル系を利用して、細胞・分子のレベルまで詳細な解明が進んでいるが、「固定」のしくみには未解明な点が多い。冨永ら(2002)は、げっ歯類海馬の切片培養にLTPを3回以上繰り返し誘発すると、シナプス結合が新しく作られ、その後数週間以上高伝達効率状態が維持されるという現象を発見し(RISEと命名)、これを「固定」過程のガラス器内再現と想定して解析を行っている。この論文では、蛍光標識した海馬ニューロンを、同一細胞について長期間追跡し、RISE生起刺激後のシナプスのダイナミクスを観測した。その結果、意外なことに、従来想定されていたような「刺激によってシナプスが肥大→分裂→増数する」という決定論的な過程ではなく、「常時ゆらぎ→刺激でゆらぎ増大→バイアス変化→ネットとして増数」という確率論的な過程を経ることがわかった。しかも、このゆらぎ変化には、既存シナプス密度、つまり履歴が反映している。



今後の展開

RISE生起刺激後には多くの遺伝子の発現が変化するが、その中にはいくつもの細胞骨格制御因子が含まれている。そのいずれがゆらぎの増大に、いずれがゆらぎのバイアスに関連するのか、対応づけたい。また、当研究室ではRISEと対称的な「繰り返し刺激によってシナプスが廃止される」現象も発見している(LOSSと命名)。この現象も同様なゆらぎ過程を経るのか、興味深い。さらに、いくつかの証拠から、今回のシナプス新生過程は発達期脳のシナプス新生と類似しており、「おとなの記憶は赤ちゃん脳の再現?」という仮説が立てられるので、検証を進めたい。



用語解説

シナプス=ニューロンとニューロンとが接して情報を伝達する構造。海馬=大脳皮質の一部で、記憶形成に不可欠とされる部位。LTP=強い刺激を経験するとシナプス伝達効率が増大する現象。「長期増強」の略称だが、1回きりのLTPは24時間以内に消失してしまう。樹状突起=ニューロンから伸び出ている枝状の突起で、この枝上に葉のようにシナプスが作られる。切片培養=脳を0.5mm以下の厚さに薄切して長期間培養する方法。脳内での回路が保たれる。

図(論文図4).培養海馬切片中のニューロン(CA1錐体細胞)
aは全体像。bはaの赤枠部の拡大で、刺激前の様子。cはbと同じ部分の刺激10日後の様子。黄点が個々のシナプス部位。d, eは同様な計測を多数行ってえた集 計結果。dは既存シナプス密度が低い部分の集計。eは既存シナプス密度が高い部分の集計。それぞれのグラフで、1FKはLTPを1回だけ行った場合で、シナプスは増えない。それに対して、3FKはLTPを3回繰り返した場合で、既存シナプス密度が低い部分でだけシナプスが増加する。

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