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ノルアドレナリンにより視機能が向上する
- 適度な緊張がスポーツパフォーマンスを向上させる仕組みの解明に向けて -

論文誌情報 PLoS One (2016)
著者 水山遼(1),相馬祥吾(2),末松尚史(2),七五三木聡(1,2)
  1. 大阪大学大学院生命機能研究科
  2. 大阪大学大学院医学系研究科
論文タイトル Noradrenaline Improves Behavioral Contrast Sensitivity via the β-Adrenergic Receptor.
PubMed 27992510

本研究成果のポイント

  • 緊張状態や集中を要する行動時に脳内に分泌されるノルアドレナリンが、明暗のわずかな差からモノを見分ける視機能(コントラスト感度)を向上させる働きを担っていることを発見した。
  • これまでノルアドレナリンは、緊張時の行動選択の際に最適な脳状態になるよう分泌されることが分かっていたが、それ以外の脳機能への役割は不明だった。
  • 今後、スポーツの場面などにおいて、視機能を最適化するための方法論構築に役立つことが期待される。

要旨

大阪大学の水山 遼 大学院生(大学院生命機能研究科)と七五三木 聡 准教授(医学系研究科/生命機能研究科)らの研究チームは、自然な条件下での認知行動時に、脳内に分泌されるノルアドレナリン※1が、β受容体の活性化を介して明暗のわずかな差からモノを見分ける視機能(コントラスト感度)を高めていること(図1)を世界で初めて動物実験により実証しました。

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図1.ノルアドレナリンはβ受容体を介して見えにくいものを見えやすくしている。

私たちの脳には置かれた状況に応じて脳状態を調節して、生存に有利な行動を発現させる役割を担う神経修飾物質として、ノルアドレナリンがあります。これまで、ノルアドレナリンによって、緊急時の“闘争か逃走か”※2の行動選択に適した脳状態に調節されることが知られていますが、それ以外の脳機能への役割は良く分かっていませんでした。

本研究では、ラットに3種類のノルアドレナリン受容体※3(α1、α2、β受容体)の阻害薬を投与し、視機能への影響を検討したところ、明暗のわずかな差からモノを見分ける視機能がβ阻害剤によってのみ低下することを明らかにしました。

これによりノルアドレナリンが、感覚情報処理の最適化にも関与し、生存あるいはスポーツパフォーマンスなどに有利な働き方をしている可能性を強く示唆され、そのメカニズムの解明につながることが期待できます。

解説

研究の経緯

スポーツなどにおいて、適度な緊張はパフォーマンスを向上させることが知られています。これは、脳がその振る舞いを生理状態や行動文脈(背景)に応じて変化させることで、状況に適した情報処理を行っていることを示唆しています。しかし、具体的にどのような脳機能が変化しているのか、どのようにして脳情報処理が最適化されているのかなどは分かっていませんでした。

本研究では、覚醒水準(脳の活動状態)の上昇や身体活動時に脳全体に分泌され、脳機能を修飾する神経修飾物質であるノルアドレナリンの働きに着目しました。これまでの研究では、麻酔下の動物の特定の脳領域にノルアドレナリンを投与し、神経活動を修飾する効果を調べるに留まっていたため、神経活動の結果として生じる知覚や行動への影響、特に視機能に果たす生理的役割はまったく分かっていませんでした。


本研究の成果

本研究グループは、ノルアドレナリンの実際の視機能への影響を明らかにするため、自由に活動するラットに白黒模様の縞刺激を検出する認知行動課題を学習させ、刺激の明暗差(コントラスト)を段階的に小さくすることで検出限界を計測してコントラスト感度(明暗のわずかな差からモノを検出する視機能)を決定し、これに対するノルアドレナリン受容体阻害薬の効果を検討しました。すると、α1やα2ノルアドレナリン受容体阻害は効果が無かったものの、βノルアドレナリン受容体の阻害時にはコントラスト感度を大幅に低下させることを発見しました。

本研究により、ノルアドレナリンが、スポーツ場面や予期せぬ状況での視覚情報処理に貢献していることが示唆され、脳が複雑な状況に依存して情報処理を最適化する神経機構の一端が解明されました。


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究によって、ノルアドレナリンが視機能を向上させていることが明らかになりました。しかし、ノルアドレナリンの調節は、ときに生存に不利な調節、例えば過度な覚醒状態(緊張)からくる“あがり”の状態を生み出すなど、諸刃の剣としての側面も持ちあわせています。このように、ノルアドレナリンは放出量が低すぎても高すぎても脳機能を低下させる、逆U字※4(図2)的な脳機能修飾を行うと考えられてきました。

そのため、今回明らかになった、ノルアドレナリンが視機能を向上させているという現象をモデル実験系として、その放出量依存的な作用の神経機構を解明することは、脳の機能を最大限に発現する方法論を構築していくことに繋がります。

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図2.ノルアドレナリン放出量は逆U字的に脳機能を調節する。
脳機能を最大限引き出すには放出量を至適範囲に保つ必要がある。


用語解説
  1. ノルアドレナリン
    ノルアドレナリンは神経修飾物質の一種で、アドレナリン受容体を介して神経細胞に作用し、神経活動を促進あるいは抑制する。特に、脳の橋(きょう)あるいは青斑核にあるノルアドレナリン作動性神経は大脳皮質の広範な領域に投射し、覚醒-睡眠やストレス反応、注意、記憶・学習など様々な脳機能に関与すると考えられている。
  2. 闘争か逃走か
    動物が外敵などの危険に脅かされ、ストレス刺激を受けたときに、生存のため闘争か逃走に適した状態になるストレス反応である。恐怖などのストレス刺激はアドレナリン・ノルアドレナリンの分泌を促し、交感神経を興奮させることで、心拍数・血圧・呼吸数を上昇させ、活動量を高める準備をさせる。
  3. ノルアドレナリン受容体
    ノルアドレナリン受容体は大きく3種類(α1、α2、β)の受容体が区別されている。それらはいずれもGTP結合タンパク質に共役した代謝型受容体であるが、GTP結合タンパク質の種類の違いによって、その作用が異なっている。α1受容体はGqタンパク質を介し細胞内カルシウム濃度を上昇させ、α2受容体はGiタンパク質を介し細胞内cAMP濃度を低下させる。β受容体はGsタンパク質を介し、cAMP濃度を上昇させる。
  4. 逆U字曲線
    覚醒水準が低すぎても逆に高すぎても脳機能が低下するという、逆U字の関数を表している。罰として与えるストレス刺激の強度に応じて学習効率(パフォーマンス)は上昇するが、しかしある一定以上の刺激強度を超えるとむしろ学習効率は低下していくというヤーキーズとドットソンの実験結果(1908)に基づいている。

特記事項

本研究成果は2016年12月16日(金)(英国時間)にオンライン科学雑誌「PLOS ONE」で公開されました。

本件に関する問い合わせ先

  • 研究に関すること
    七五三木 聡(しめぎ さとし)
    大阪大学 大学院医学系研究科 健康スポーツ科学講座(認知行動科学) 准教授
    TEL:06-6850-6022
  • 報道に関すること
    大阪大学 大学院医学系研究科 広報室
    TEL:06-6879-3388
    FAX:06-6879-3399
    E-mail:kouhousitsu@office.med.osaka-u.ac.jp