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眼球運動のわずかな異常から発達障害を早期に診断できる手法を開発
- 子供の発達障害に対する適切なケアの実現へ -

論文誌情報 PLoS One (2015)
著者 松尾有華(1),渡邊雅之(2),谷池雅子(3),毛利育子(3),小橋昌司(4),橘雅弥(3),小林康(5),喜多村祐里(1)

  1. 大阪大学大学院医学系研究科・社会医学講座(環境医学)
  2. カナダクイーンズ大学
  3. 大阪大学大学院医学系研究科・連合小児発達学研究科
    附属子どものこころの分子統御機構研究センター
  4. 兵庫県立大学大学院工学研究科
  5. 大阪大学大学院生命機能研究科
論文タイトル Gap Effect Abnormalities during a Visually Guided Pro-Saccade Task in Children with Attention Deficit Hyperactivity Disorder
PubMed 26018057
研究室HP 視覚神経科学研究室〈大澤教授〉

図1.眼球運動測定の様子。子どもの負担を軽減した診断ツールを使用。 ...

解説

 当研究科脳神経工学講座・視覚神経科学研究室の小林康准教授らの研究グループは、大阪大学大学院医学系研究科社会医学講座(環境医学)の喜多村祐里准教授らの研究グループと共同で、被験者の負担を軽減し、子どもでの精密な眼球運動計測を実現する、低侵襲でかつ操作性に優れた測定システムを開発しました。そして、これを用いて注意欠陥多動性障害(ADHD: Attention Deficit Hyperactivity Disorder)の子どもと定型発達児との比較対照実験を行い、ADHD の子どもは目の速い動き(サッカード眼球運動)を制御する脳機能に異常があることを発見しました。この結果は、A D H D の子どもが、集中して1点を凝視することが苦手である理由として、随意性に注視活動を保持する経路に何らかの異常が生じていることを示唆しています。
 今後、対象年齢を広げることにより、成人や乳幼児にも適用できる診断ツールへの応用や、薬物・行動療法の有効性判定に利用可能な生体指標の確立に繋がると期待されます。さらに、こうした生体計測による客観的かつ定量的な診断・評価手法の開発は、外見的には判断されにくい疾病に対して周囲の理解を促すという観点からも、社会に与える影響が大きく、今後さらに重要になると思われます。
 本研究成果は、2015 年5 月27 日(水)14 時(米国東部時間)に、米国科学誌「PLOS ONE」で公開されました。


研究の背景

 注意欠陥多動性障害(ADHD)は不注意、衝動性および多動性などの症状を特徴とする発達障害の一つとされます。近年、診断基準の変更や成人ADHD 治療薬の承認などの影響で有病率は急増していますが、学習障害など他の発達障害との鑑別が難しいことやいわゆる自閉症スペクトラムと呼ばれる疾患群との合併もあるため、客観的でかつ定量的な診断ツールの開発が求められてきました。一方、脳科学研究のめざましい進展によりヒトの目の様々な動きに関連する脳内の神経基盤もかなり解明されつつあります。
 本研究では、サッカード眼球運動潜時の再現性が測定バイアスを最少限に抑え、被験者の負担も軽減される点に着目し、子どもでの精密な眼球運動計測を実現するための、非侵襲でかつ操作性に優れた測定システムを開発しました。
 さらに、この測定システムを用いて、ADHD と診断された5 歳から11 歳までの患者37 名で、注視点移動に伴う順行性サッカード運動とよばれる速い眼球運動の計測・解析を行い、ギャップ効果と言われ、固視点が一瞬消失することによって反応潜時が短くなる(即ち速くなる)現象を誘発する課題を行わせました。その結果、対照群の定型発達児(88 名)に比べ統計学的に有意(p<0.01)なギャップ効果の減弱を認めました。つまり、強引にサッカード運動を速くしようとしても速くなりませんでした。さらに反応潜時を年齢別に比較してみると、ギャップあり/なしのいずれの課題においても、ADHD の子どもで有意な反応遅延がみられました。その結果、ADHDの子どもでは、脳内の眼球運動制御機構のうちで随意性に注視活動を保持したり、サッカード運動を起こしたりする経路または機能に何らかの異常があることが示唆されました。


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 これまでに注意欠陥多動性障害(ADHD)においてギャップ効果の異常を明らかに示した研究は無く、臨床応用への期待とともに脳内の神経基盤における病態解明にも役立つものと思われます。
 またADHD をはじめとする多くの発達障害では、その治療法が未だ確立しておらず、適切なケアもなされないままストレスを抱えて生活を続けることにより二次障害を併発するといったケースも少なくありません。外見的にはなかなか判断されにくい疾病に対して、周囲の理解を促す意味においても、こういった生体計測による客観的かつ定量的な診断・評価手法の開発が社会に与える影響は大きく、今後さらに重要性が高まるものと思われます。
 今後対象年齢をさらに広げ、成人や乳幼児にも適用できる診断ツールへの応用や、薬物・行動療法の有効性判定に利用可能な生体指標の確立に繋げることが期待されます。

図1.眼球運動測定の様子。子どもの負担を軽減した診断ツールを使用。

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